g-lad xx

REVIEW

ブロードウェイ・ミュージカル『キンキーブーツ』

イギリスの老舗紳士靴メーカーがドラァグクィーン用のブーツを製作して経営を立ち直らせたという実話に基づく映画『キンキーブーツ』をベースとして、より派手に、より感動的に生まれ変わったブロードウェイ・ミュージカル。来日公演を観るなら今です!

ブロードウェイ・ミュージカル『キンキーブーツ』

イギリスの老舗紳士靴メーカー・ブルックス社が、倒産の危機に瀕していながら、ドラァグクィーン用のブーツを製作するようになって工場を立ち直らせたという実話に基づく映画『キンキーブーツ』(2005)。この映画をベースとして、より派手に、より感動的に生まれ変わったブロードウェイ・ミュージカルが2013年に大ヒットし、トニー賞6部門を受賞(作品賞、楽曲賞など)。そんな『キンキーブーツ』がブロードウェイから来日しています。観るなら今です! レビューをお届けします。


(画像はオリジナル版など。今回のキャストとは異なっていたりします)


 2006年に日本でも公開された映画『キンキーブーツ』をご覧になった方もいらっしゃるかと思います(DVDもレンタルされています)。この映画を観て感銘を受けたプロデューサーがミュージカル化を企画、ジェリー・ミッチェル(『フル・モンティ』『ロッキー・ホラー・ショー』『ヘアスプレー』『ラ・カージュ・オ・フォール』)を演出に、ハーヴェイ・ファイアスタイン(『トーチソング・トリロジー』『ラ・カージュ・オ・フォール』。出演としては『ヘアスプレー』や『インディペンデンス・デイ』も)を脚本に、シンディ・ローパーを作曲・作詞に迎え、2013年、ブロードウェイで上演されて大ヒットを記録、同年のトニー章では13部門にノミネートされ、うちオリジナル楽曲賞(ローパー、単独女性初の受賞者)、ミュージカル主演男優賞(ビリー・ポーター)、ミュージカル作品賞を含む6部門を受賞しました。以後、全米ツアーやカナダ、イギリス、オーストラリア、韓国などのツアーを経て、来日公演が実現したものです。




<ストーリー>
イギリスの田舎町ノーサンプトンの老舗靴工場「プライス&サン」の4代目として生まれたチャーリー・プライス。父親の意向に反してフィアンセと共にロンドンで生活する道を選んだ矢先、父親が急死し、工場を継ぐことになってしまう。工場を継いだチャーリーは、父の工場が実は経営難に陥って倒産寸前であることを知り、幼い頃から知っている従業員たちを解雇しなければならず、思い悩む…。工場の若手従業員のローレンに「倒産を待つだけでなく、新しくニッチな市場を開発するべきだ」とハッパをかけられたチャーリーは、ロンドンで偶然出会ったドラァグクイーンのローラとの会話にヒントを得て、ドラァグクイーンのための“キンキーブーツ”を作ることにする。チャーリーはローラを説得して靴工場の専属デザイナーに迎え、試作を重ねる。ドンをはじめとする保守的な田舎の靴工場の従業員たちは、なかなかローラを受け入れられず、軋轢が生まれる。チャーリーはファッションの街・ミラノで行われる靴の見本市に“キンキーブーツ”を出展し、工場の命運を賭ける決心をするが…。

 映画も観ていて、ストーリーも結末も知っていて、でもドラァグクィーンが活躍するブロードウェイミュージカルの来日公演なら、観ておくべきかなと思い(NYで観た方が「よかったよ!」と言っていたのもあって)、観に行くことにしたのですが、正直、あんなに感情を揺さぶられるとは…ヤバいです。涙腺が崩壊しました…。今までいろんなミュージカルを(たぶん100本近く)観てきて、感動したり、スタンディングオベーションしたりしてきましたが、『キンキーブーツ』はその中でも最高級に素晴らしい作品の一つだと思います。ローラ&エンジェルスというドラァグクィーンたちが歌い踊るシーンはもちろん楽しいし、『キンキーブーツ』の名場面として有名になった工場のベルトコンベアを使ったダンスシークエンスも本当に拍手モノでした。でもそういうショーの要素だけではおそらく泣ける名作とは呼べなかったと思います。
 なるべくネタバレにならないようにしつつ、ミュージカル『キンキーブーツ』の素晴らしさ、感動のポイントをお伝えしたいと思います。

 キンキーとは(字幕では「女装の」と穏便に言い換えられていましたが)「変態」「性的に倒錯した」という意味です(クィアと言い換えてもいい気がします)
 ノーサンプトンの人たちはなかなかドラァグクィーンのローラのことを理解できません。チャーリーですら、初めてローラと話をした時にトランスヴェスタイトとかクロスドレッサー(ともに異性装者という意味)と呼んでいて、ローラは「違う、私はドラァグクィーン!」と言います。その後チャーリーは、ローラを専属デザイナーとして迎え入れ、靴工場の起死回生を図るわけですが、それでも(詳しくは書きませんが)心からドラァグクィーンのことを認めているわけではないのです(「プライド」に関わることです)
 工場で働く人たちはもっと露骨で、ずんぐりむっくりしてむさ苦しい、保守的な田舎の男を絵に描いたようなドンなどは、ホモフォビア・トランスフォビア(以下「フォビア」と言います)をむき出しにして、ローラにいやがらせをします。ローラは真っ向からドンに向き合い(文字通り、戦い)、ドンも少しずつフォビアを払拭し、変わっていきます。ドンというあからさまにフォビアを抱えているノンケ男が、ローラとの衝突を通じて自身の生き方を見直し、成長し、あっと驚く行動に出るのです…思わず胸が熱くなります。
 田舎の靴工場のノンケの人々はどこかでドラァグクィーンのことを変態だとみなしていて、ローラもそれを逆手に取るかのように自ら「ローラの“キンキーブーツ”」と名付けるわけですが、ローラを受け入れるようになったノンケの人たちは、安全地帯にいてローラを遠巻きに見ながら口先だけフレンドリーなことを言ったりするのではなく、正面からぶつかっていきながら、持ち前のあたたかさを発揮し、寄り添い、強力な味方になっていきます。たとえ周囲から変態だとバカにされても構わないという気持ちで同じ場所まで降りていく(しかも最高にキャンプな、ゲイゲイしいやり方で)というところが素晴らしい。「現代の寅さん」ではないですが、人情モノに弱い方は間違いなく泣けると思います。
 キャンプといえば、工場で最初に製作された小豆色のブーツに対して、ローラが「全然違う、そんなおばさんくさい色じゃない!」と歌うシーンはとってもキャンプで、痛快で、面白かったです。ゲラゲラ笑いました。
 
 ドンが抱えていたのはゲイや女装者に対するフォビアだけではありません。ブクブクと太って、おしゃれもせず、ただむさ苦しいだけのドンに対して、あんたは女にモテない、女が男に何を求めるのかわかってない、とローラが諌めるシーンがあります。ドンは、俺には「男らしさ」がある、女はそんな男についてくるんだ、と言い返します。それに対して、ローラは体を張って真の「男らしさ」を体現してみせるのです。あのシーンに共感しない女性はいないのではないでしょうか。世界的大ヒットの秘密はそこにある気がします。
 
 もう1つの感動ポイントが、チャーリーとローラの友情、そして二人の強い絆を生むきっかけとなった、父子関係です。ある意味、長い長い伏線なのですが、冒頭で靴工場の社長とその(靴作りには興味がない)息子、典型的な労働者階級の父親とその(隠れてヒールを履く)息子の関係が描かれ、やがて二人とも、自分は父親に近づけなかった(自分は失敗作だ)というコンプレックスを吐露するようになり、似た者どうしとして友情を深めていくのです。そして最後には…
 ミュージカル化にあたって、脚本を書いたハーヴェイは「相反する二人の若者が、実は多くの共通点があり、それぞれが父親の呪縛から解き放たれる必要があると気づく」として、父と子の関係性という普遍的なテーマを入れ込んだのだそうです。それが見事に成功していると思います。
 演出のジェリー・ミッチェルは、このミュージカルのベスト・ナンバーとして、ローラとチャーリーが父親への気持ちを初めて語り合う「Not My Father’s Son(息子じゃないの)」を挙げています。


左がドン役のAaron Walpole
 それから、これは、おそらく多くの観客にはピンとこないところ(気づいてても特に賞賛とかはせず、そういえばそうだね、くらいに流してしまうようなこと)だと思うのですが、美女やイケメンが極端に少なく、ほぼドラァグクィーンと太めの男女のキャストしかいない、というところに感銘を受けました。
 世の映画やドラマ、演劇は、ほとんどすべてと言っていいくらい、美男美女を登場させ、そうした美男美女が恋に落ちたり、失恋したり、どちらかが死んだり、ということがドラマの中心になっています。たとえ恋愛が物語の中心にないとしても(ミステリーとかアクションとか)、登場人物はできるだけ美男美女で揃える、少なくともスレンダーな人(男性だったら細マッチョな人)をキャスティングするのがセオリーです。しかし、『キンキーブーツ』の場合、チャーリーがまあまあイケメン、そのフィアンセが美女ではあるのですが、それ以外は大量のドラァグクィーンと、大量の靴工場労働者(男性も女性も太めの人がほとんど)しかいないのです。リアルでもあり、ある意味での多様性の実現にもなっていると思います(もちろん、セクシュアリティ的にも人種的にも多様な構成になっています)
 しかも、チャーリーとフィアンセのロマンスの部分はバッサリ切り捨てられ、現実的な「お金の話」に終始しています(男女の結婚って結局「お金」なんでしょ?と言わんばかりです。世の異性愛主義への痛烈な皮肉、なのかもしれません)。その代わり、これが真実の愛だと言わんばかりの新しい(典型的ではないタイプの)恋模様が描かれます。
 太めキャストについてさらに情報を付け加えると、日本にはちょっといないような超ド級にデカイ男性が2人くらい出演しているのですが、まず、ドンを演じているのはAaron Walpoleという「カナディアン・アイドル」出身の方。『レ・ミゼラブル』とかにも出ているようなミュージカル俳優です(オリジナルキャストはまた別の方なのですが、そういう俳優が何人もいるところがアメリカのいいところじゃないでしょうか。日本だと勝矢さんくらいですよね…)。それからもう1人、アンサンブルキャストの中にスーパーガチムチな人がいます(名前はSam Zeller。おそらくゲイの方だと思われます)。アメリカン・ベアーが好きな方にはたまらないと思います。ぜひ間近で観てみてください。
 
 繰り返しになりますが、ローラ&エンジェルスというドラァグクィーンたち(本当のドラァグクィーンかどうかはわかりませんが、少なくとも男性が女装して演じています)が15cmのピンヒールを履いて歌い、踊るシーンはとてもエキサイティングです(ダンスでは、金髪のクイーンの方に注目。ひゃー!ってなる技を入れてきます)。特に『キンキーブーツ』を代表する名場面として有名になった工場のベルトコンベアを使ったダンス・シークエンスは拍手モノでした(ベルトコンベアは乗った時に動いてしまうのでバランスを取りづらく、ピンヒールで乗って踊れるようにするために、装置自体を改良していき…そのシーンを完成させるのに半年かかったそうです)。ブーツがよく見えるように工夫されつつ、ドラァグクィーンらしさと舞台映えと品の良さとハデさが見事に調和した衣装にも拍手!です。
 そして、ローラ役のJ.HARRISON.GHEEの歌が素晴らしかったです。深みのある体全体で響かせるような低音は、まるでサラ・ヴォーンかジェシー・ノーマン(ほめすぎでしょうか…)。あの細い体のどこからあんなにソウルフルな歌が生まれるのか…と、ちょっと驚きました。
 
 HIVチャリティのためにミュージカルのスターが文字通り一肌脱ぐ「Broadway Bares」を製作しているジェリー・ミッチェル(ゲイの方です)、『トーチソング・トリロジー』で主人公のドラァグクィーン、アーノルドを演じていたハーヴェイ・ファイアスタイン(ゲイでドラァグクィーンの方です)、長年にわたってゲイコミュニティを支援してきたシンディ・ローパーが、それぞれに魂を込めて、最高の仕事をして、『キンキーブーツ』という奇跡を生み出しました。

 ブロードウェイキャストがまた日本に来るということはそうそうないと思います。ぜひこの機会に、リアルに観て堪能してください。


ブロードウェイ・ミュージカル『キンキーブーツ』<来日版>
日程:10月5日(水)~10月30日(日)
会場:東急シアターオーブ
チケット:8000円〜
生演奏/英語上演/日本語字幕あり

大阪公演 
日程:11月2日(水)~11月6日(日)
会場:オリックス劇場
料金:4800円〜

INDEX

SCHEDULE

    記事はありません。