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REVIEW

古橋悌二さんがゲイであること、HIV+であることをOUTしながら全世界に届けた壮大な「LOVE SONG」のような作品:ダムタイプ『S/N』

ダムタイプ『S/N』が初めて全世界にオンライン配信されています。90年代にゲイであること、HIV+であることをOUTした衝撃作であり、世界や人生や愛についての壮大な問いであり、全人類に贈る新たな「LOVE SONG」のような作品です。ぜひご覧ください。

古橋悌二さんが最期に遺した伝説的な作品:ダムタイプ『S/N』

ダムタイプ『S/N』が初めて全世界にオンライン配信されています。私の人生を変えた作品です。久々に「S/N」を観て(もう何度も観ていますが)やっぱり胸がいっぱいになり、泣けてきて仕方ありませんでした…。一人でも多くの方に観てほしいと心から思います。(後藤純一)


 ノーマルスクリーンが古橋さんの調査を行なっている関係で、それをサポートする(古橋さんとも交流があった)ニューヨークのアート団体「Visual AIDS」が主催し、ダムタイプ『S/N』記録映像の世界初配信が実現しました。5月9日まで無料でご視聴いただけます。またとない機会です。
 
 今回の配信に際して、作品解説を提供してくださった溝口彰子さん(『BL進化論』の著者としても知られるレズビアンの研究者の方)の日本語原稿がこちらに公開されました。溝口さんは当時、表参道のスパイラルで働いていて(東京国際レズビアン&ゲイ映画祭がスパイラルホールで開催できるようになったのは溝口さんのおかげ)、カミングアウトなんて考えていなかったのに、『S/N』を観たことがきっかけで…と語っています。溝口さんは「『S/N』との出会いで大きな決断をして行動をした人は、ほかにもたくさんいた」と述べていますが、私もその一人です。
 私は金融系の会社に勤めるクローゼットなリーマンでしたが、96年初めに『S/N』を観て、言いようのない衝撃を受け、胸を打たれました(その時はもう、古橋悌二さんは亡くなっていて※、映像での出演でした)。公演期間中に開催されたトークショーにも足を運び、恵比寿の「みるく」で行なわれた打ち上げのクラブパーティにも行き、そこでドラァグクイーンのショーを初めて観て、再び雷に打たれたような衝撃を受け、あれよあれよと言う間に、自分でもドラァグクイーンになり、親にカミングアウトし、縁あって『バディ』編集部に入れていただき、ゲイ全開の人生を送るようになったのです。『S/N』と出会っていなければ、今の自分はないだろうと思います。

※古橋悌二さんは1995年、「S/N」のブラジル公演が行なわれていた最中、エイズによる敗血症で亡くなりました。まだ35歳という若さでした。ちなみに古橋悌二さん(ミス・グローリアス)は80年代、NYから日本にドラァグクイーンのカルチャーを持ち込んだ方、日本で最初の正統的なドラァグクイーンです。
 
 この先行きが見えない、ともすると希望を見失ってしまいそうな状況のなか、ひさしぶりに『S/N』を観て、その素晴らしさは十分わかっていたはずなのに、涙が止まりませんでした…。


 
 ダムタイプは1984年に京都市立芸術大学の学生を中心に結成されたアーティストグループで、ビデオ・アートやコンテンポラリー・ダンスを組み合わせた「マルチメディア・アート・パフォーマンス・グループ」と呼ばれることが多く、海外公演も多数行い、芸術的に高い評価を得ています。
 1994年に初演された『S/N』は、ハイパーメディアなダムタイプの作品の中でも異彩を放っており、故・古橋悌二さんの思いが強く反映された作品です。浅田彰さんをはじめ、多くの文化人が絶賛し、海外でも高く評価されています。

 『S/N』はまず、パフォーマンス作品の定石に反し、人々の予想を裏切って、ゆるいトークでスタートします。聴覚障害を持つアレックスさん、黒人のピーターさん、古橋悌二さん、それぞれのスーツに「Homosexual」といったラベルが貼られています(悌二さんのスーツには「HIV+」のラベルも)。初演された当時、このカミングアウトは本当に衝撃的だったと思います。
 そこから、爆音のノイズや閃光が炸裂するなか「私は夢見る。私の性別が消えることを」といったテキストがプロジェクターでステージ上の「壁」に映し出されたり、トラメガで叫ばれたりしつつ、男女のパフォーマーたちがステージを駆け、衣服を脱ぎ捨てながら壁の後ろにダイブする、といったハイパーメディア・パフォーマンスが繰り広げられます(シビれます。本当にカッコいいです)
 再びピーターさんが登場し、「今夜、セックスの話してもいい?」と語りはじめます。そして壇上の古橋悌二さんと「LOVE SONG」について、ゆるい関西弁でトークを始め、セックスワーカーのブブ・ド・ラ・マドレーヌさんも加わります。悌二さんは、「100回のセックスよりも、たった1回の無防備なセックスのほうが、危険なんだ。僕は元パートナーと8年前にしたセックスで感染したけど、その時は、このベッドの上でのこのセックスは世界に一つしかないと、ロマンティックな気持ちだった。僕が感染したのは、”愛があれば感染しない”などという古い考え方のせいだったのかも」といった話を「女装」しながら語り、ドラァグクイーンになって、シャーリー・バッシーの「PEOPLE」(もともと映画『ファニーガール』でバーブラ・ストライザンドが歌った曲)という歌でリップシンク・ショーを披露します(こんなに泣けるドラァグ・ショーってあるでしょうか…)
 ブブさんは、このシーンで「私が初めて体を売ったと思ったのは、夫とセックスをしているときで、涙がパラパラって流れてきて、なぜ泣いてるのか、自分でもわからへんかってんけど、あとでよく考えてみたら、本当はセックスしたくなかったのに断れなかったことと、相手がそれを気づかへんかったからなんやな、と」と語り、離婚して数年後にセックスワーカーになったと語っています。※
 ミス・グローリアスの「PEOPLE」のリップシンク・ショーの横で、いかにも夢見る少女といった趣のダンスを踊っていた女性(砂山典子さん)が、下からジャンプしてきた男たちに「キンチャク」にされ、惨めな呻き声をあげつつ、その格好のままでヘンなダンスを踊りはじめます。空港の税関で英語が下手でなかなか通じない女性(薮内美佐子さん)、彼女のバゲッジの中から首を出し、オペラ歌手のように歌う女性(田中真由美さん)も加わり、世の不条理や、悲しみをコミカルなシーケンスとして展開します(ちなみにこの3人は「OKガールズ」という素晴らしいドラァグクイーンユニットとして活躍しています。大ファンです)
 再びステージ上でのハイパーメディア・パフォーマンス(ミス・グローリアスがCAさんのマネをしたり、ホームレスの方や、いろんな人をフィーチャーしています。男性どうしでダンスしたりするシーンも)。スクリーンには「HOMOSEXUAL/HETEROSEXUAL」「US/THEM」「PERSONAL/POLITICS」といった対立するワードが流れていきます。そして、「われわれは懸命にゲイになろうとすべきであって、自分は同性愛の人間であると執拗に見極めようとすることはないのです。同性愛という問題の数々の展開が向かうのは友情という問題なのです」「個々の人間が愛し合い始めることが問題なのです.制度は虚を突かれてしまいます」というミシェル・フーコーの『同性愛者と生存の美学』の一節が映し出されます。
 アレックスさんが再び登場し、(ろう者の方なのでその言葉はとても聞き取りづらいのですが)「あなたが何を言っているのかわからない。でもあなたが何を言いたいのかはわかる。私はあなたの愛に依存しない。あなたとの愛を発明するのだ」というセリフを、何度も何度も、繰り返し語り、傍らでブブさんが、彼に一生懸命求愛しているのに受け入れられない女性を表現するようなパフォーマンスを、何度も何度も、繰り返します。
 ラストシーンは、『アマポーラ』に乗ってミス・グローリアスが優雅に登場し、そして、ブブさんが、体を張った、人間ばんざい!と思わせるような、美しいパフォーマンスを披露してくれます。涙なしでは観られない、素晴らしいフィナーレです。
 
※ブブさんは悌二さんからHIV感染したことを打ち明けられた翌日、「あなたの子どもを産みたい」と言い、それが叶わないことを知るや、セックスワーカーになった、という感涙のエピソードが伝えられていますが(ゲイ向けのHIV予防啓発イベントでそのようなパネルをご覧になった方もいらっしゃると思います)、「あなたの子どもを産みたい」と口にしたことはないそうです。ブブさんがどのような思いでセックスワーカーになったのか、また、『S/N』のラストシーンがどうやって生まれたのかということについて、こちらのインタビュー記事で語られています。よろしければご覧ください。

 『S/N』は、(今でこそかなり当たり前になっていますが)ゲイやHIV陽性の人、障害を持っている人、セックスワーカーなど、世間で不当に肩身の狭い思いをしている人が「OUT」し、制度や社会システムの「SIGNAL」という暴力に対抗して、生身の「NOISE」に満ちた肉体の愛しさや美しさや豊かさを提示しながら、既存の異性愛規範や様々なコードを問い直し、新しい生や性、愛を「発明」していくような、言い換えると、古橋悌二さんがその全人生を懸けて、全世界の人々に贈った、壮大な、新しい「LOVE SONG」なんだと思います。
 私たちの前に立ちはだかる壁は本当に分厚く、世の中にはますます悪意がはびこり、不条理は熾烈を極め、ともすると絶望に呑み込まれそうになってしまいます…が、『S/N』の素晴らしくクィアなパフォーマンスは、それでも世界を、人間を、愛を信じようと思える力を与えてくれます。そのメッセージは、今でも色褪せることがないばかりか、今この時代だからこそ、ますますアクチュアルに立ち上り、人々に本当の意味での生きる勇気を与えることでしょう。
 

 

ダムタイプ『S/N』記録映像 世界初配信
期間:5月9日まで
視聴方法:こちらのページで緑の「Register(登録)」をクリックし、氏名とメールアドレスを登録すれば、配信URLが送られてきます
主催:Visual AIDS
共催:Normal Screen
協力:Dumb Type、調査に協力してくださった皆さん
助成:Japan Foundation, New York

※5月1日、『S/N』に出演したブブ・ド・ラ・マドレーヌさん、古橋さんと深い関係にあった山中透(DJ LALA)さん、『S/N』と並行して古橋さんが製作した「Lovers」をMOMA(ニューヨーク近代美術館)に入れるなどしてきたキュレーターのBarbara Londonさんらが語り合う「LIFE WITH VIRUS": Teiji Furuhashi in New York」というトークイベントも開催されました。ノーマルスクリーンのショウさんが、悌二さんが『S/N』でHIV陽性であることをOUTしたことについて「ここで私がOUTしなければ、他の陽性者の人に失礼だと思うし、私がOUTすることによって勇気づけられる人がいるはずだと思った」と語っていたことを紹介したり、ブブさんが悌二さんからHIVに感染していることのカミングアウトの手紙をもらってすぐにニューヨークに渡って「ACT UP」のミーティングに参加したことや、1994年の横浜でのエイズ国際会議の会場・パシフィコ横浜の広場で、悌二さんの発案でVISUAL AIDSの「ELECTRIC BLANKET」というHIV/エイズに関する映像を音楽と一緒に上映するイベントを(DJやドラァグクイーンも入れて)開催した時のことを語ってくれたりして、胸が熱くなるような瞬間がいくつもありました。こちらもアーカイブをご覧いただけます(9日までです)


※もし『S/N』をご覧になって、ダムタイプに興味を持たれた方は、よろしければダムタイプの最新作『2020』がこちらで無料配信されていますので、ご覧になってみてください。パフォーマーはDJ LaLaさん以外、全員女性で(OKガールズのお三方も健在です。ちなみに冒頭に登場する平井優子さんは昔、ガーベランズというドラァグユニットで活躍してた方です)、ジェンダー批評的なシーンも、コミカルなシーンもあり、ダムタイプらしさが感じられます。

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