REVIEW
中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
TOKYO AIDS WEEKSにも参加している演劇『閻魔の王宮』。90年代半ばに中国・河南省で実際にあったHIV集団感染事件を題材にした衝撃作であり、涙なしには観ることができない、圧倒的な舞台でした

1990年代半ば、貧困から抜け出すために中国・河南省の農民たちがこぞって売血ビジネスに参加し、人命よりも金儲けを優先したブローカーや腐敗した地方行政のせいで何十万人もがHIV感染したという、実際にあった出来事を舞台にした『The King of Hell’s Palace』を日本語に訳し、劇団俳優座が創立80周年記念事業として上演したのが『閻魔の王宮』です。TOKYO AIDS WEEKSにも参加していますし、12月26日にはぷれいす東京の生島さんらが出演するトークも予定されています。レビューをお届けします。(後藤純一)
<あらすじ>
1990年代。中国は鄧小平による市場経済拡大のもとにビジネスが活況を呈していた。河南省の衛生部職員であるワン・ウェイはアメリカの製薬会社と手を組み、血漿を売るビジネスを起こし農民に対して売血を奨励する。血を売ることで貧困から脱し豊かな生活が送れると農民たちが喜ぶ最中、同じ衛生部職員のチョウ・インインは信じがたい秘密を知る。そして彼女は、彼女の職業、家族、祖国に対する想いの中で激しく葛藤していく——。


ひさしぶりにプロの芝居を観た気がしました。役者さんの演技や熱量がすごいし、舞台美術やなんかもすごいし(回るんです、舞台が)、休憩を含めて3時間近い芝居なのに、全く飽きさせない、息をもつかせぬ展開。圧倒的でした。さすがは俳優座です。特に人間ドラマの部分が素晴らしかったです。
河南省の農村の売血ビジネスによる集団HIV感染の事件というのは、うっすらと記憶はあるものの、あまりはっきりとは憶えておらず、舞台を観て、こういうことだったのか…と知った感じでした。
社会にHIV/エイズに関する知識が全く浸透していないなか(欧米の病気であって中国にはないので、治療薬もないという状況)、感染症の研究者であるインインという女性が警告したにもかかわらず、お金を儲けたい、あるいは、ビジネスを通じて認められたい人たちが、危険を無視して大量の血液を集め、HIVが混じった血を体内に戻したり(遠心分離機にかけた血液のうち、黄色い血漿を集めて利用し、赤い血は体に戻したりしていたそうです)、不衛生な環境や感染対策の知識の無さによって集団感染が起き、しかも集団感染の事実を政府が隠蔽したことによって被害が拡大し、ろくな治療も受けられず、たくさんの農民たちが亡くなり(見殺しにされ)、多くの孤児が生まれ…という、恐ろしい話なのでした。背景には貧しい農村と富める都会の人々との格差や、人命よりも金儲けを優先してしまう資本主義の論理、腐敗した地方政治など、いろんな問題があります。
ただ、この舞台が、ものすごく重苦しい、見るのもつらい作品かというと、決してそうではなく、農民たちの生き生きとした朗らかな姿に心癒され(まさかブレイクダンスのシーンがあるなんて!)、その家族愛の強さや純真さに胸を打たれます。正直、後半は涙を禁じえませんでした。
家族の誰も大学なんて行ったことがないなか、ペイペイという学業優秀な娘のために家族が学費を出し合い、大学に行かせ(受かった時のみんなの喜びようといったら…)、彼女に一家の希望を託すというくだりにも胸が熱くなりました。
ゲイは出てこないのですが、ジェンダーの問題が描かれていたと思います。女は黙って男に従えばいい、仕事で目立ったりせず家庭に入ればいい、男が女にセクハラするのは当たり前、的な風潮を打破するかのように、女性の優秀さが強調されていました(ペイペイもそうです)。このあまりにも愚かで悲劇的な物語のなかで唯一、科学的な知見と理性と正義の心と勇気をもって不正に立ち向かうのがインインという女性だったということは、重要なメッセージだと感じました(インインのモデルになっているのは実在の人物で、王淑平という方です)。対照的に、承認要求や底なしの利己心ゆえに、地獄で閻魔様の裁きを受けろと呪われるような悪魔的な行動をとってしまうのがジャスミンという女性だったこともまた、考えさせるものがありました(『エンジェルス・イン・アメリカ』のロイ・コーンを思い出しました)
エイズというのは、病気に対する無知や貧困、政府の無策、ホモフォビアを媒介として感染拡大してきましたが、今回の物語では、事情が込み入っていて、一言で何とは言えない、複雑なものがありました。だからこそ、演劇にする意味があるのだと思います。そして、受け取り方や解釈が一通りではなく、いろんな見方ができるところが、この作品の優れている点だと思います。
そして、この河南省の事件のことは、日本の薬害エイズのことや、近年のCOVID-9などに対する国の対策の問題(感染の実態を隠蔽したり、行政が感染症の真実を歪め、科学的エビデンスに基づかない誤った対策をとったり)とも共通していると思います。『閻魔の王宮』で描かれた問題の本質は、遠い国の過去のことではなく、今を生きる私たちと地続きなのです。そういう意味でも、この作品を観る価値が大いにあると思います。
26日の14時〜の回には、生島さんらが出演するトークもあります。
ぜひご覧ください。
劇団俳優座『閻魔の王宮』
作:フランシス・ヤーチュー・カウウィグ
翻訳:小田島恒志
ドラマトゥルク:飯塚容
演出:眞鍋卓嗣
出演:河内浩、塩山誠司、清水直子、安藤みどり、志村史人、千賀功嗣、八柳豪、野々山貴之、滝佑里、松本征樹
日時:
12月20日(水)19:00夜割
12月21日(木)14:00★①
12月22日(金)19:00◆夜割
12月23日(土)14:00★②
12月24日(日)14:00★③
12月25日(月)14:00■
12月26日(火)14:00♡★④
12月26日(火)19:00夜割
12月27日(水)14:00
★=アフタートーク ◆=プレトーク ■=バックステージイベント ♡=日本語音声ガイド
会場:俳優座劇場(東京都港区六本木4-9-2)
料金:一般5,500円、シニア(65歳以上)5,000円、学生3,500円、ハンディキャップ3,300円
チケットはこちらから
INDEX
- クィアでメランコリックなスリラー映画『テレビの中に入りたい』
- それはいつかの僕らだったかもしれない――全力で応援し、抱きしめたくなる短編映画『サラバ、さらんへ、サラバ』
- 愛と知恵と勇気があればドラゴンとも共生できる――ゲイが作った名作映画『ヒックとドラゴン』
- アート展レポート:TORAJIRO 個展「NO DEAD END」
- ジャン=ポール・ゴルチエの自伝的ミュージカル『ファッションフリークショー』プレミア公演レポート
- 転落死から10年、あの痛ましい事件を風化させず、悲劇を繰り返さないために――との願いで編まれた本『一橋大学アウティング事件がつむいだ変化と希望 一〇年の軌跡」
- とんでもなくクィアで痛快でマッチョでハードなロマンス・スリラー映画『愛はステロイド』
- 日本で子育てをしていたり、子どもを授かりたいと望む4組の同性カップルのリアリティを映し出した感動のドキュメンタリー映画『ふたりのまま』
- 手に汗握る迫真のドキュメンタリー『ジャシー・スモレットの不可解な真実』
- 休日課長さんがゲイ役をつとめたドラマ『FOGDOG』第4話「泣きっ面に熊」
- 長年のパートナーががんを患っていることがわかり…涙なしに観ることができない、実話に基づくゲイのラブコメ映画『スポイラー・アラート 君と過ごした13年と最後の11か月』
- 驚愕のクオリティ、全編泣ける究極のゲイドラマ『Ours』
- 女子はスラックスOKで男子はスカート禁止の“ジェンダーレス制服”をめぐるすったもんだが興味深いドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』
- 恋愛指向の人がマイノリティである世界を描いた社会実験的ドラマ「もしも世界に 『レンアイ』がなかったら」
- 田亀源五郎さんの新連載『雪はともえに』
- 世界が認めたシスター・バイオレンス・アクション小説:王谷晶『ババヤガの夜』
- 映画『チャクチャク・ベイビー』(レインボー・リール東京2025)
- 映画『嬉しくて死にそう』(レインボー・リール東京2025)
- 映画『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- アート展レポート:TORAJIRO個展「Boys Just Want to Have Fun」








