REVIEW
ドラマ『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』
『glee/グリー』で世界を席巻したライアン・マーフィが、ゲイのファッション・デザイナー、ジャンニ・ヴェルサーチが白昼堂々殺されるという衝撃の事件をドラマ化。第一級のクライム・サスペンスであり、ゲイ的にも非常に重要な意味を持つ傑作です。
![ドラマ『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』 ドラマ『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』](assets/images/review/TV/Versace/agv_top.jpg)
『glee/グリー』で世界を席巻したライアン・マーフィが、『アメリカン・ホラー・ストーリー』シリーズの大成功を経て、ゲイのファッション・デザイナーであるジャンニ・ヴェルサーチが自宅前で射殺されるという衝撃の事件をドラマ化した、第一級のクライム・サスペンスであり、ゲイ的にも非常に重要な意味を持つ傑作です。
ダレン・クリス、エドガー・ラミレス、ペネロペ・クルス、リッキー・マーティンといった豪華ハリウッドスターが熱演。第70回エミー賞で作品賞・主演男優賞・監督賞の3部門を受賞するという快挙を成し遂げています。
<あらすじ>
世界的有名ブランド「ヴェルサーチ」の創業者でありデザイナーのジャンニ・ヴェルサーチが自宅前で射殺された。犯人は、すでに4人の殺害の容疑で指名手配中であった男娼のアンドリュー・クナナン。IQ147の頭脳と美貌を兼ね備え、将来を有望視されていた彼はなぜ、全米を巻き込んだ逃亡劇を繰り広げたのか。そして、なぜヴェルサーチを暗殺したのか…。
冒頭の数分は、凄まじい美しさです。物悲しい「アルビノーニのアダージョ」が流れるなか(ヴェルサーチがイタリア人なので、イタリアのクラシックがチョイスされているのでしょう)、ここは宮殿か美術館かと思わせるような瀟洒なお屋敷(実際のヴェルサーチのお屋敷だった場所で撮影されているそう)に住まうジャンニ・ヴェルサーチが、何の前触れもなく、白昼堂々、自宅前で射殺される悲劇。めくるめく世界。目が離せません。高度な美意識に裏打ちされた映像美は、トム・フォードの『シングルマン』やトッド・ヘインズの『キャロル』を彷彿させます。失われたのは一人の男の命だけではない、ヨーロッパの歴史をその中に受け継ぐ美の殿堂、そして偉大なファッションの才能が崩れ去ったのだ…とさえ感じさせます。
『リプリー』という映画を憶えている方もいらっしゃるかもしれません。元ネタはアラン・ドロン主演の『太陽がいっぱい』で、貧しく孤独なトム・リプリーが、大富豪の息子ディッキーと間違われたことをきっかけに、ディッキーに近づき、恋心を抱くも、疎まれるようになり、発作的にディッキーを殺してしまい、そして、ディッキーになりすまし…。リプリーが次々に人を殺していく、淀川さんが生きていたらきっと「こわーいこわーい映画です」と言っただろう、サスペンス感満載な映画です。アンドリュー・クナナンは、このトム・リプリーを彷彿させます。
しかし、このドラマは、次々に人が殺されていくこと自体の怖さを見せる作品ではありません。多くのクライム・サスペンス・ドラマと異なり、殺人の場面が終わると、今度は、その少し前のストーリーが語られ、だんだん過去へと遡っていくのです。ヴェルサーチのケースだけでなく、友人だった2人のゲイや、顧客だった初老のゲイの殺人のことにも触れられつつ、アンドリュー・クナナンがどういう生い立ちで、どういう人物かということが、少しずつ紐解かれ、最終的に、なぜヴェルサーチを殺したのか、その「核心」へと向かっていくのです。
例えばこれが昔の(ノンケが監督した)ドラマだったら、きっと、男娼をしていたアンドリュー・クナナンというゲイの「異常性」や、そもそもゲイという異常な「性癖」のせいで犯罪者になったのだと言わんばかりの描かれ方をしただろうな、と思います。世の中を大騒ぎさせたこの事件について世の人々が抱いているイメージ(偏見)は、大方そんな感じだろうと思います。しかし、もちろん、ライアン・マーフィはそうではありません。むしろ、いかにその偏見を覆すかというところに心血を注ぎ、この傑作を作り上げました。このドラマに込められたメッセージは、『glee/グリー』や『POSE』のそれと同じものです。
ライアン・マーフィは、アンドリュー・クナナンとジャンニ・ヴェルサーチ、加害者と被害者である二人のゲイの人物を、おそらく意図的に、対照的に描いています。
アンドリューは一見、ハンサムで知的でセクシーな好青年に見えます。しかし、人との接し方におかしいところがあって、その場でとっさに、口から出まかせで、ストーリーをでっち上げ、人々を納得させてしまう、極めて頭がいい人物なのですが、やがて、その嘘が見抜かれ、この男は胡散臭いと、人々が離れていってしまいます。彼はなぜ人を殺すようになってしまったのか? なぜヴェルサーチを殺したのか? その「核心」に向かって、ドラマは少しずつアンドリュー・クナナンという虚構まみれの人物のベールをはいでいきます。
一方、ジャンニ・ヴェルサーチという人物は、本当にピュアで、気高くて、愛にあふれた、奇跡の人として描かれていきます。子どもの頃の記憶を大切にし、家族を愛し、その作品にも愛情を込めています。苦しいとき、つらいとき、そんなときこそ服作りに打ち込んできました。素晴らしい人です。1995年、ジャンニは『Advocate』誌でカムアウトすることを決意します。妹のドナテラは「顧客が減ったらどうするのか」と大反対し、半ば喧嘩のようになりますが、それでもジャンニは、ひるみませんでした。そのとき語った彼の言葉(なぜカムアウトするのか)には、深く胸を打たれました。パートナーのアントニオの手を握って、自らを鼓舞して、編集者の元へと向かう姿には、涙がこぼれました。
対照的なのですが、実は、共通点もあり(ゲイの子どもは多かれ少なかれ、似たような境遇にあると思いますが)、この二人の分かれ道はどこだったんだろう…と考えさせます。
二人のほかにも、ゲイの人物のことがいろいろ描かれます。同性婚など認められていなかった時代、遺されたヴェルサーチのパートナーはどんな扱いを受けるのか。海軍の士官をしていたジェフという人物が、軍の「Don't Ask, Don't Tell」(ゲイだとバレたら除隊される)という差別的な方針と闘っていく姿。既婚で、カミングアウトしていないものの、実に立派な人物であったゲイの老人など。
随所に散りばめられたライアン・マーフィのメッセージは、ゲイによるゲイの殺人という悲劇を生んだ背景には世の中のホモフォビアが関係しているし、もし社会に蔓延するホモフォビアがなければヴェルサーチは殺されずに済んだのではなかったか?という告発であるように感じられます。
『glee/グリー』では天使のようだったダレン・クリスが、エミー賞受賞も納得の鬼気迫る演技で、アンドリュー・クナナンを演じています。
ぜひご覧ください。
ドラマ『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』(NETFLIX)
https://www.netflix.com/watch/80231544
INDEX
- スピルバーグ監督が世紀の名作をリメイク、新たにトランスジェンダーのキャラクターも加わったミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』
- 同性愛者を含む4人の女性たちの恋愛やセックスを描いたドラマ『30までにとうるさくて』
- イケメンアメフト選手のゲイライフを応援する番組『コルトン・アンダーウッドのカミングアウト』
- 結婚もできない、子どももできないなかで、それでも愛を貫こうとする二人の姿を描いたクィアムービー『フタリノセカイ』
- 家族のあたたかさのおかげで過去に引き裂かれた二人が国境を越えて再会し、再生する様を描いた叙情的な作品――映画『ユンヒへ』
- 70年代のゲイクラブ放火事件に基づき、イマの若いゲイと過去のゲイたちとの愛や友情を描いた名作ミュージカル『The View Upstairs-君が見た、あの日-』
- 何食べにオマージュを捧げつつ、よりゲイのリアルを追求した素敵な漫画『ふたりでおかしな休日を』
- ゲイの青年がベトナムに帰郷し、多様な人々と出会いながら自身のルーツを探るロードムービー『MONSOON モンスーン』
- アウティングのすべてがわかる本『あいつゲイだって ――アウティングはなぜ問題なのか?』
- ホモソーシャルとホモセクシュアル、同性愛嫌悪、女性嫌悪が複雑に絡み合った衝撃的な映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
- 世紀の傑作『RENT』を生んだジョナサン・ラーソンへの愛と喝采――映画『tick, tick… BOOM!:チック、チック…ブーン!』
- 空を虹色に塗ろう――トランスジェンダーの監督が世界に贈ったメッセージとは? 映画『マトリックス レザレクションズ』
- 人種や性の多様性への配慮が際立つSATC続編『AND JUST LIKE THAT... セックス・アンド・ザ・シティ新章』
- M検のエロティシズムや切ない男の恋心を描いたヒューマニズムあふれる傑作短編映画『帰り道』
- 『グリーンブック』でゲイを守る用心棒を演じたヴィゴ・モーテンセンが、自らゲイの役を演じた映画『フォーリング 50年間の想い出』
- ショーや遊興の旅一座として暮らすクィアの生き様を描ききったベトナム映画『フウン姉さんの最後の旅路』
- 鬼才ライナー・ベルナー・ファスビンダー監督の愛と性をリアルに描いた映画『異端児ファスビンダー』
- ぜひ映画館で「歴史」を目撃してください――マーベル映画初のゲイのスーパーヒーローが登場する『エターナルズ』
- 等身大のゲイの恋愛を魅力的なキャストで描いたラブリーな映画『クロスローズ』
- リアルなゲイたちの愛や喜び、苦悩、希望、PRIDEに寄り添う、心揺さぶる舞台『すこたん!』
SCHEDULE
- 06.27Bling Bling Night
- 06.28GRAMMY TOKYO –緊縛ナイト-
- 06.29山口レインボープライド2024
- 06.29CLUB SKIN – Pride Month Special –
- 06.29BUFF 現場監督 III