REVIEW
海外ドラマ『宇宙探査艦オーヴィル』
パパ2人と息子という家族が食卓を囲むシーンや、同性愛しか認められてない星の人が「実は異性が好きなんだ…」とカムアウトするシーンがあったりという、実にクィアで面白いエピソードが放送されていました。
セス・マクファーレンの名前にピンと来ない方も、映画『テッド』はご存じなのではないでしょうか。テディベアが動いたりしゃべったりするのはいいのですが、見た目のかわいらしさとは裏腹に中味はおっさんで、めっちゃ下品で悪さしまくるところが斬新な面白さで、映画館でご覧になった方、ハマった方も少なくなかったと思われます。その『テッド』を監督したセス・マクファーレンが手がけ、主演も務めるドラマ『宇宙探査艦オーヴィル』は、ガチの『スタートレック』ファンであるセスが、スタトレへのオマージュを捧げる作品です。SFコメディと言われたりしますが、セス自身は「思慮に富んだサイエンス・フィクション」として脚本を書いています。宇宙探査艦「オーヴィル」の乗組員たちの日常を、基本1話完結で描いています。男しかいない星から来た岩のような顔の人だったり、機械だったり、実に多様な乗組員たちが、様々なドラマを繰り広げます。
ケーブルテレビのFOXスポーツ&エンターテイメントチャンネルで『モダン・ファミリー』シーズン10を毎週録画して観ていたのですが(ゲイカップルが登場。すごく面白いですよ)、最終話まで放送が終わり、いつの間にか同じ時間帯の『宇宙探査艦オーヴィル』シーズン2が録画されていたのでした。で、せっかくだから、ちょっと観てみようかな、となにげなく観はじめたところ、実にクィアな展開で、すぐに引き込まれ、最後まで一気に観てしまいました。結末には触れないように気をつけながら、ご紹介します(現状、DVDでも動画配信でも視聴できないようですが、本国では人気作で、シーズン3の更新も決定してますし、今後、観れるようになる機会もあると思います)
「オーヴィル」には、モクラン人のボータスという岩のような顔の人が乗っています(重要な登場人物の一人です)が、シーズン2第7話「許されざる罪」では、艦のシールドを強化する作業を手伝うため、モクラン人の故郷であるモクラス星から超優秀な技術者のローカーが派遣されてきます。実はローカーはボータスの元彼で、二人の間には微妙な空気が流れます。部屋にやってきたローカーに冷淡な態度をとるボータスとは対照的に、パートナーのクライデンは、ローカーを食事に誘い(パパ2人と息子という食卓です)、優しく接します。そんななか、ローカーは、しばらく一緒に仕事をしていた警備主任の女性・タラと二人きりになったとき、「モクラス星では違法で死刑に処されるかもしれないが」と前置きし、意を決したように「実は…私は異性愛者なんです」とカムアウトし、そして、タラのことが好きになってしまったと告白します。タラは驚きますが、真面目なローカーの働きぶりも知っていましたし、命がけで告白してくれた真摯さに胸を打たれ、OKします。二人は、誰にも見られないよう、ロマンチックな1945年のNYを再現したシミュレーション(という装置があるのです)の街に出かけ、ロマンチックな時間を過ごします。しかし……
あらすじはこんな感じで、これで1/3くらいです。このあと、驚きの展開が待っています。
「男だからこう、女だからこう、ということなんてない」「恋愛するのに男女でなければいけないとか同性でなければいけないとかいうことなんてない」ということが、実に雄弁に描かれます。もう1つ、並行して描かれる物語があるのですが、そちらも「男だからこう、女だからこう、ということなんてない」というテーマに沿っています。
NYらしい、ジャズのスタンダードが効果的に用いられ、切なくも美しいエピソードになっています。
ボータスとクライデン、そして息子のトパ(あとで知ったのですが、このトパもクライデンも、女児として生まれ、強制的に性転換されたのでした)という家族が食卓を囲むシーン。そこに、一方のパパの元彼が現れ、別れたボータスは嫌な顔をするのですが、今のパートナーのクライデンは優しく接するという、リアルなゲイドラマでもなかなか観ることがない展開に、いい意味で衝撃を受けました。そして、もし国でこのことがバレたら死刑にされるかもしれない、と言って、実は異性が好きなんだ…というカミングアウトです。まるで厳格に異性愛しか認めないどこかの国の状況を逆転させたパロディのような、素晴らしくクィアでひねりの効いた、面白いエピソードでした。
ちょっと調べてみると、ほかにもそういうエピソードがあり、意図的にセクシュアルマイノリティのことをフィーチャーし、視聴者に考えさせるようなつくりにしているのだな、と感じました。ので、(まだ実際には観れていないのですが)その辺りのエピソードもご紹介してみます。
シーズン1 第3話「ある少女について」
第2話で、ボータスが卵を産むのですが(男どうしでどうやって繁殖するのか、謎ですが)、基本的に男しかいないモクラン人としては極めて希少な女の子が生まれ、ボータスとクライデンが驚くというシーンが描かれます。
第3話でボータスとクライデンは、モクラン人の習慣に従って娘を息子に性転換しようとしますが、「オーヴィル」の医療主任のクレアは非人道的だとして手術を拒否します。クライデンは、自分もかつて女性から性転換したことをカムアウトし、手術の必要性を主張します。モクラス星で調停委員会が開かれ、「オーヴィル」艦長のエドは、性転換手術を受けず男性と偽って著名な小説家となったモクラン人の女性を証人に立てて、手術は不要だと主張します。が、努力も虚しく、無情にも性転換手術が遂行されるのでした…(モクラス人の性に対する旧態依然とした頑迷さ。シーズン2第7話「許されざる罪」でも、タラが「なぜそんなに狭量なの?」とモクラス人に詰め寄るシーンがあります)
シーズン2 第2話「原始の衝動」
ボータスは伴侶のクライデンを避けてポルノのシミュレーションの中毒となります。離婚を求めるモクランの習慣に従ってクライデンはボータスを刺し殺そうとします。処罰を避けるためにボータスとクライデンはクレアのカウンセリングを受け、ボータスは「息子」のトパの性転換からクライデンにわだかまりを持ち始めたと告白します。
決して全編がクィアというわけではないのですが、セクシュアリティの根源を問うようなエピソードは多いようです(例えば、第7話「許されざる罪」の次の回では、機械と人間の恋が描かれます)
アメリカでは(評論家の事前の予想に反して)ものすごく視聴者の評価が高い作品です。『宇宙探査艦オーヴィル』、もしどこかで目にする機会があれば、ぜひご覧になってみてください。
【追記】
その後、シーズン2 第12話「歴史の一歩(Sanctuary)』が放送されましたが、またもやモクラン人のジェンダーをめぐる興味深いエピソードとなっていました。
トパは学校で女の子を見下すような態度をとります。父親のボータスが問い詰めると、それは、もう一人の父親のクライデンにそのように教育されていたからでした(ホモソーシャル(男社会)に典型的なミソジニー(女性蔑視)が描かれていたのです)
オーヴィルは、本部から他国の客を別の船に送り届ける役目を言いつけられ、モクラン人のカップルを乗船させます。その2人が客室で大量の動力を使っていることを不審に思った副長のケリーが、ボータスに確認させると、モクラン人の女の子の赤ちゃんでした。放っておくと強制手術を受けさせられる運命にある女の子を、ボータスは逃がすことにしします。そして、艦長の命令で、この2人が乗った船を追い、暗黒星雲の中の小さな惑星に、女性のモクラン人のコロニーがあることを発見するのでした。トランスジェンダー…というよりはインターセックスのような存在である、モクラン人の女性たち。彼女たちには、生まれたままの性を尊重される権利があるはずですが、モクラン人の男たちはそれを認めようとしません。
コロニーの首長であるモクラン人の女性が、独立を求め、宇宙連合の議会で立派な演説を行います(その時に詠む詩が、ドリー・パートンの『9時から5時まで』(同名のコメディ映画の主題歌)で、思わず笑ってしまいます)。しかし、モクラン人の男たちは激怒し、連合を抜けると脅します(モクラス星は宇宙最大の武器提供国なので、同盟を解消されると、連合は終わりです)。現実の国連における、同性愛者の人権を認める国と、そうでない国の対立のようです。果たして、連合は、人権を守るのか、武力を取るのか…。
実に興味深く、唸らされるようなエピソードでした。
『宇宙探査艦オーヴィル』シーズン2
FOXスポーツ&エンターテイメントチャンネルで放送中
INDEX
- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』