REVIEW
映画『しあわせの雨傘』
ゲイの映画監督フランソワ・オゾンの最新作『しあわせの雨傘』のレビューをお届けします。『8人の女たち』以来の女性礼賛(ゲイテイスト)作品で、思わず「素敵!」と拍手したくなるような痛快コメディでした。
真っ赤なジャージを着たピュジョル夫人(カトリーヌ・ドヌーヴ)が森の中を走っていきます。BGMは軽快な70年代フレンチ・ポップ。「あら」スザンヌが仔鹿に気づきます。上を見上げると小鳥が枝でさえずっています。「まあ」足下では、うさぎたちが交尾をしていました。そして、木の幹を駆け上がるリス。「ジャージを着た白雪姫」は、メモ帳を取り出し、詩を書きはじめます…。冒頭から笑わせてくれますが、このテイストの絶妙さは、フランソワ・オゾンならではです。
1970年代、フランスの小さな町。ピュジョル夫人の父親が創業した雨傘工場は、婿に入った夫・ロベールが経営し、彼女はただ家の中で刺繍をしたり、詩を書いたり…娘ジョエルには「飾り壷」「ママみたいに生きたくない」と言われる始末。息子ローランは経営には全く興味がなく、専ら芸術を愛する大学生(ゲイではありませんが、限りなくゲイに近いキャラクターです)。そんなとき、独裁者として横暴を振るっていた社長・ロベールへの抗議が工場で沸き起こり、怒り狂った「ヒトラー」は工場長を殴り、監禁されます。思案に暮れる家族たち。夫人は一計を案じ、市長で国会議員のババンの元を訪ねます(ここで夫人が「スザンヌ」という名前であることが初めてわかります)。説得されたババン市長は、仲裁を買って出て、ロベールは救出されます。しかし、プライドを傷つけられたロベールは激怒し、心臓発作で倒れ…。代わりに工場の労働者たちとの交渉の席に着いたのは、スザンヌでした。彼女は工場の荒くれ男たちに「親愛なる友人たち」と優しく呼びかけ、「ロベールの横暴には共感します。ただ私にはストライキの権利がないだけ」と笑わせて、交渉を成立させます。労働者たちの心をつかみ、療養中の夫に代わって経営を見事に立て直したスザンヌ。工場は順風満帆に見えましたが、病院から帰還した夫が社長の椅子をむざむざ手放すはずがありませんでした…
あの古典的名作『シェルブールの雨傘』へのオマージュでもあるこの映画(雨傘屋の娘ジュヌヴィエーヴを演じていたのが、他ならぬカトリーヌ・ドヌーヴでした)。『シェルブールの雨傘』では悲しい恋に涙していたカトリーヌ・ドヌーヴが、この『しあわせの雨傘』では雨傘工場を建て直す生き生きした女性を演じている、数十年の時を経て、しあわせな人生を生き直しているのです。
それでいて心地よく予想を裏切り、テンポよく展開していくストーリーに心躍らせ、映画を彩る懐かしさとオシャレさ満点のフレンチ・ポップスや、カトリーヌ・ドヌーヴがディスコで踊るシーンなどに酔いしれること請け合いの、素敵コメディです。
そんな『しあわせの雨傘』は、間違いなくコメディではあるのですが、もともとブラックユーモアで有名になったオゾン監督だけに、抜け目なく、サルコジ大統領はじめ今のフランスの政治家の発言を劇中に盛り込み、皮肉って楽しんでいるようです(詳しくはこちら)
映画評を読むと、フェミニズムとかウーマンリブという言葉で語られることが多いようです。確かにそうなのですが、ここに描かれている男と女の関係性は、もう少し奥が深くてイマドキで、現代に重要な一石を投じるものなのでは?という気がします。
ある場面で、秘書の女性が「股を開かなくても、女性は成功できるのね」と目をキラキラさせて語るシーンが、この映画を象徴しているように思います。権力や既得権益に固執する男たちと、そんな男たちに媚びることでしか生きられなかった女たち。その結託によって牛耳られている社会に「ノン」を突きつけたのが、スマートでエレガントで美しい女性(とゲイ的な男性)でした。「男の沽券」を捨てられない男たちの卑小さ・醜さが徹底的に暴きだされるのと対照的に、女性的な愛(共感)と対話(コミュニケーション)によって人々の心をつかんでいくスザンヌは、暴力やイデオロギーではなく、創造性と優雅さと礼儀正しさによる「革命」を実現します。オゾン監督は、これからの世界に必要なのはスザンヌのような指導者なのではないか?と提言しているのです。
そして、この物語は、たとえばスザンヌがレズビアンだったり、息子のローランがゲイだったとしても、十分スジが通るのです(ローランは最後まで「ゲイなのでは?」と思わせるキャラクターでしたが、もっとスゴいオチが用意されていました)
『しあわせの雨傘』は、フランソワ・オゾンの代表作である『8人の女たち』と同様、女性礼賛(あるいはゲイ礼賛)的な作品であり、また、『8人の女たち』とはまた違ったスタイル・ジャンルで生み出された傑作ではないかと思います。
本当に気分がスカっとするような、痛快なカタルシスが得られる素晴らしい作品です。ぜひ、ご覧ください。
『しあわせの雨傘』POTICHE
2010年/フランス/配給:ギャガ/監督:フランソワ・オゾン/出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジェラール・ドパルデュー、ファブリス・ルキーニ、カリン・ヴィアール、ジュディット・ゴドレーシュ、ジェレミー・レニエほか/TOHOシネマズ シャンテ、新宿ピカデリーほか全国順次公開
INDEX
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』
- ホモフォビアゆえの悲劇的な実話にもとづく、重くてしんどい…けど、素晴らしく美しい映画『蟻の王』
SCHEDULE
- 03.19XO7
- 03.20RADWIMPSナイト3 〜無人島に持っていき忘れた一曲〜