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REVIEW

映画『彼らが本気で編むときは、』

先月のベルリン国際映画祭で、日本映画として初めてテディ賞審査員特別賞を受賞した『彼らが本気で編むときは、』が公開されています。レビューをお届けします。

映画『彼らが本気で編むときは、』

『かもめ食堂』『めがね』などの作品で知られる荻上直子監督がメガホンを取り(脚本も書き)、生田斗真さんがMtFトランスジェンダーを演じた作品として話題を呼んでいる『彼らが本気で編むときは、』。先月のベルリン国際映画祭で、日本映画として初めてテディ賞(クィアムービーに贈られる賞)の審査員特別賞を受賞したこともニュースになりました。レビューをお届けします。(後藤純一)


『彼らが本気で編む時は、』
2017年/日本/監督・脚本:荻上直子/
出演:生田斗真、桐谷健太、柿原りんか、
ミムラ、小池栄子、門脇麦、りりィほか/
全国でロードショー公開中

(C)2017「彼らが本気で編むときは、」製作委員会
『彼らが本気で編むときは、』は、2017年2月のベルリン国際映画祭で、日本映画として初めてテディ賞審査員特別賞を受賞しました。上映された際は、約800人の観客から8分間にわたるスタンディングオベーションを受けたそうです。テディ賞だけでなく、パノラマ部門の観客賞の第2位にも選ばれました。
 同映画祭唯一の日本人審査員・今井祥子さんは「審査員全員一致での決定でした。審査員の中でも一番絶賛されたのが、『彼らが本気で編むときは、』が、子どもの目を通してセクシュアルマイノリティの家族を描いた点です。日本作品でありながら、世界に十分アピールできる『家族の物語』になっていました。その証拠に、一般の観客の評判が最もよい作品でした」と語っています。
 荻上監督は舞台あいさつで「日本はいまだに保守的な国だが、性同一性障害の人たちをめぐる状況がよくなることを望みます」と語りま、また、取材に対して「LGBTの映画のための賞なので、受賞できてとてもうれしいです。この映画は、社会にいろいろな人がいてもよいということを確認したかった作品で、日本も欧米のように日常生活の中でLGBTの人たちと普通に出会い、友達になれる社会になってほしいです」と語っています。

<あらすじ>
11歳の小学生・トモ(柿原りんか)は、母親のヒロミ(ミムラ)と二人暮らし。だがある日突然ヒロミが家出(オトコができるとこうしてトモを放置していなくなってしまう)、独りきりになってしまったトモは、仕方なく叔父のマキオ(桐谷健太)の家に向かう。母の家出は初めてではなく、過去にも同じ経験をしていたトモだったが、以前と違うのは、今回マキオはリンコ(生田斗真)という恋人と一緒に暮らしていたことだった。リンコは性別適合手術を終えたMtFトランスジェンダー(理由あってまだ戸籍上の性別は変更していない)。最初は戸惑いを隠せなかったトモも、母が決して与えてくれなかった家庭の温もりに触れるうちに、リンコに対して次第に心を開き、安らぎや愛情を感じるようになっていくのだが……。




 トモという女の子は、ちょっと直情的で、感情をダイレクトに表現するタイプです。最初は(他の同級生と同じように)セクシュアルマイノリティへの偏見を持っていて、初めてリンコに会った時も「うわぁ…」という感じでした。でも、リンコが作ってくれたかわいいキャラ弁に感動したり、(育児放棄ぎみな)実の母親よりもきめ細かく、温かな愛情を注いでくれるので、次第に心を開き、「リンコさんは大切な家族だ」という思いを抱くようになります(ついには、リンコを差別する人に対して敢然と立ち向かうまでになります。ちょっとやり過ぎですが…)。トモが、シリアスな現実に直面して右往左往しながら、「幸せ」とは世間の”普通”に合わせることではなく、あたたかく迎えてくれる、愛情を注いでくれる、何があっても守ってくれる、そういう家族との暮らしなのだということを実存としてかみしめながら、セクシュアルマイノリティへの見方や価値観を変化させていく過程が、この作品のど真ん中を貫く一本の太い柱になっています。

 そしてこれは、すでにネット上で広まっていたりしますし、公式サイトで込江海翔くんが「僕も、恋心とは違うけれど、かっこいい男の人に憧れることはあるし」と書いているので、もはやネタバレとは言えないと思うのですが、トモの同級生のカイは男の子が好きになる男の子です(まだゲイと決まったわけではありません)。そのせいで、同級生たちからいじめと言うほかない仕打ちを受け、孤立しています。リンコと違ってお母さんが無理解だったせいもあり、カイはどんどん追い詰められていきます…。このカイのお話は、周囲に味方になってくれる大人が誰もいないセクシュアルマイノリティの子どもたちがどんなつらい思いをするか、その生きづらさを伝えるエピソードになっています。そして、トモとカイとの友情は、この作品の最も感動的な(泣かせる)要素の一つになっていると思います。
 
 主人公のリンコはすでに性別適合手術を終えているMtFトランスジェンダーですが、自分が周囲と違うことに苦悩しながらもジェンダーアイデンティティを受け容れていく、とかではなく、その先の、トランスジェンダーがシスジェンダー(トランスジェンダーではない、性自認におけるマジョリティ)となんら変わらず、働き、恋をして、家族を作り、幸せな日常生活を送っているところからスタートしています。もはやトランスジェンダーは当たり前の生活人なのだと宣言されているところがいいなと思いました。

 リンコを深く愛し、誰に何と言われようとリンコを守っていこうとするマキオの姿にも胸を打たれますし(こういう彼氏がいたらいいなあと思う人、多いはず)、彼女の母親が素晴らしく力強い味方だった、というところもよかったです。そんなに詳しくは描かれていませんが、田中美佐子さん演じるリンコの母親は、どちらかというとサバサバした感じの女性で(今の彼氏さんが、ご飯を作ってくれたり、優しい感じの人なのも素敵でした)、女手一つで我が子を育て、女性を自認する(学校で柔道やらされるとか苦痛でしかない)リンタロウがリンコとして生きられるよう全力で応援してくれました。だからこそリンコも無事に女性へのトランスを果たし、心のきれいな女性として、幸せに暮らせているのだろうと想像できます。
 
 この映画では、もはやトランスジェンダー(やゲイ)自体は当たり前の存在として描かれていて、それを異常だと見なしたりロコツに差別したりする人たちの方こそが問題なのでは…と気づかせるようになっています。ある意味、ホモフォビアやトランスフォビアという言葉の意味を素晴らしく雄弁に描いた作品なのです。それだけでも、今までの日本映画にはなかった、画期的な映画だと言えると思います。
 同時に、ともすると世間の人たちは(よく知りもせずに)トランスジェンダーであるというだけでリンコを母親の資格ナシと決めつけ、血のつながった生みの母親の方がマトモだと言ってしまいがちだけど、それって本当にそうなの?と問いかけるのです(『チョコレートドーナツ』と同様ですね)。日本ではまだ、ゲイやレズビアンのカップルが子どもを引き取って育てたり(里親になったり)することがなかなか認められない現状がありますが、こうした状況に風穴を開ける、道を開く、そういうきっかけにもなりえます。
 
 以上が映画『彼らが本気で編む時は、』の意義、いいところです。

 ネット上でも、映画をご覧になった方たちから「感動した」「号泣した」「生田斗真さんの美しさにウットリ…」といった声がたくさん上がっています。
 一方で、MtFトランスジェンダーの方のなかには、リンコのトランス女性としての描かれ方への疑問、批判の声を上げている方もいらっしゃいました。
 これまで、ゲイを描いた映画もたくさん作られてきて、「こんなのゲイじゃない」というひどい表現もありましたし、『おこげ』のように、シンパシーみたいな気持ちはあるんだろうけど「なんだかなぁ…」という感じだった作品もありました。『メゾン・ド・ヒミコ』のように、一見ゲイフレンドリーな顔をしていながら(ゲイコミュニティに多大な協力を求めて製作していながら)、ふたを開けてみれば、結局はゲイというネタを(リアリティは二の次で)奇異なものとして消費してノンケの観客に媚びるような作品だったという「裏切り」もありました(協力の求め方に関しては『怒り』にもかなり問題があったという声を聞いています)。2017年の今、ステレオタイプまみれな作品だったとしてもとりあえずは「取り上げてくれてありがとう」と言っておきましょうではないだろう、監督(制作サイド)にはやはり、「当事者が観た時どう感じるか」というところでの配慮が求められるのではないだろうか(映画製作にあたってもっといろんな当事者のリアリティや声を掬い上げる努力が必要なのではないか)、そうじゃないと今のLGBTフレンドリーとは程遠い(ほとんど橋口さんが一人で孤軍奮闘している)映画界の体質は変わらないのではないか、と思います。
 ただ、『彼らが本気で編む時は、』はトランスした女性が主人公であり、いくら身近にMtFの友人がいるとはいえ、僕自身が「当事者としてどう感じるか」ということは言えません。そこを保留にしたまま(スルーして)レビューを掲載し、観た方がよいですよとオススメしてしまってよいのだろうか…と悩みました。
 そこで、身近にいた信頼できるMtFトランスジェンダー(ただし性表現はアジェンダー)の近藤雨さんという方に感想を書いていただけるようお願いすることにしました。彼女のレビューも併せて読んで、ご参考にしていただければ幸いです。

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 この作品を観る前、私は典型的なMtFのトランスを生田斗真が演じ、新しい家族のかたちを訴えるといったよくありがちなLGBTs関連の作品であるのだろうと思い、あまり期待はしていませんでした。しかし、実際に観てみると、総合的にはオススメできる作品だなと思いました。

 感想として、シスジェンダーのあまりLGBTsについて知らない人が観る場合の視点とトランスの当事者としての視点との2つに分けられると思いました。

 まず、シスジェンダーで、LGBTsについてもまだよく知らないという人にとっては、当事者がどのようなことに苦しみ、悩み、悔しい思いをして生きているのかということを知ることができる作品なのではないかと思います。例えば小中高大などの教育の場で先生や生徒、学生の教育用として用いられるとよいのではないかなと思います。

 次にトランスの当事者としての感想です。
 私が一番に感じたことは、リンコの「女性らしすぎる」点です。とても違和感を感じました。
 確かにトランスとひとくくりにしても実際はさまざまな人がいます。その中の一つと考えればその「女性らしすぎる」点もおかしくはないですが、MtFのトランスといえばこういう人であるといった偏見を、生田斗真に演じさせているように感じました。

 次にこの作品はトランスを取り巻く環境をあまりに美化して描いているという点が気になりました。
 リンコの母がリンコの中学生の頃の回想シーンでブラジャーを買ってきてあげるシーンがあり、またその他でもとても積極的にトランスであるリンコを支えています。しかし、現実的にはトランスである子どもを、そこまでサポートしてあげられる親はそんなにいません。多くの場合、親が拒絶し、トランスに関しての話に家庭では触れることができないというのが現実です。
 むしろトモの友達で男の子を好きになる男の子カイの母親、ナオミのLGBTsに対する差別的な行動こそとても現実的だと思いました。
 トランスを取り巻く問題はまだまだ多くあります、日常の生活の中でももっと生きづらさを感じることはあります。せっかくであれば、それらについてもさらに知り、もっと触れてほしかったなとも思います。

 また、このブラジャーを買ってきてあげ、「つけてみて!」というシーンがありますが、その際にMtFであるはずのリンコの上半身を裸にするシーンがあります。MtFのトランスの中学生役とはいえ、女性であり、実際のMtFの当事者をあまり深くは理解していないようにも感じました。

 さらに、性別適合手術を「工事」と表現するシーンがあります。私は個人的には望ましくないセリフだと思いました。確かに「性別適合手術」というと難しく、わかりづらいかもしれませんが、メディアが人々に与える影響は非常に大きいわけであり、少し説明を入れてでも正しい言葉を使うべきだったのではないかと思います。

 否定的な感想が多くなりましたが、リンコの母はとてもサポーティブであり、MtFのトランスであるリンコも普通に働き、職場でも理解があり、マキオとも特に不自由なく暮らしています。住んでいるマンションでも近所の人からの冷たい視線なども特に描かれていません。そう考えると、この作品はある意味、未来の日本の理想像を描いているのかなとも思いました。

 トランスについて、LGBTsについてほぼ何も知らないという人もまだまだ多くいるはずであり、それについて知ってもらうにはとてもわかりやすい内容だったのではないかなと思い、結果として、総合的に考えると、オススメできるかなと思います。

<プロフィール> 
近藤雨(こんどうあめ) 
 身体的には女性に移行中。性自認は女性であるが、服装や髪型、話し方や歩き方などについては男女の性別にこだわらない生き方をしている。好きになる相手は好きになった人が好きになった人であり、そこに性別は関係がない。
 1991年大分県生まれ。幼稚園の頃から男性である身体に違和感と嫌悪感を感じ始める。10代後半で英国に留学し、その際にLGBTsについて初めて知る。2012年にAPU立命館アジア太平洋大学へ入学して半年後、Facebook上でカミングアウト。2015年、4回生になり学内にLGBTsサークル「APU Colors」を創設する。同年秋の学祭では、多様なジェンダーやセクシュアリティの存在を周知するため、パネル展示会や映画上映会を行った。また同年12月の人権週間では、Rainbow Weekを企画し、在福岡米国領事館より政治経済担当領事を招き、同国でのLGBTsに関する先進的な取組みなどについてお話をしていただく講演会を行った(学内外から合わせて70名程が参加)。同大を2016年3月に卒業後、都内のLGBTフレンドリー企業にて、望む性別と名前で勤務している。

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