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魂を鷲掴みにされる映画『BPM(Beats Per Minute)』(TOKYO AIDS WEEKS2017)

これまで「心の名作」「ゲイ史に残る傑作」などといった言い方でいろんな映画を紹介してきました。『BPM』を評するにあたり、そんな言葉では足りないと、かつて経験したことのないこの感情にどんな名前をつけたらよいのかと自問自答しました。胸が張り裂けそうになります。魂を鷲づかみにされます。人生観すら変わるかもしれません。 

魂を鷲掴みにされる映画『BPM(Beats Per Minute)』(TOKYO AIDS WEEKS2017)

2017年11月23日(祝)、TOKYO AIDS WEEKSのオープニングイベントして、なかのZERO小ホールで『BPM』のジャパンプレミア上映が行われました。レビューをお届けします。(後藤純一)

 

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 これまでg-lad xxでも50本以上、映画のレビューを書いてきましたし、それ以前にも他媒体で書いてきた分を合わせると100本を超えるかもしれません。世界中でそれだけたくさんのゲイ映画が作られてきて、直球でセクシュアリティや恋愛を描くとなるともはやハードルが高いです(描き尽くされています)し、HIVのことを描いた作品などは最近あまり見なくなっています(治療法が進歩したこともあるでしょうし、もしかしたら関心が薄れているのかもしれません)。そんななか、HIVのことやゲイのLOVE&SEXを真正面から描いた『BPM』という映画が、(正直、フランスで今まで映画化されてこなかった、エイズ禍の時代を描いたから、という点で評価されたのかな、くらいに思っていたのですが)まさか、生涯でもベストかもしれない作品になるとは、予想していませんでした。何かとんでもないことが起こった…これは事件だ、と思いました。

 1990年代のパリでエイズと闘いながら、愛しあい、力強く生きたゲイの若者たちの輝きを描いた映画『BPM』が、カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞というニュースでもお伝えした通り、今年のカンヌ国際映画祭で、フランス映画『BPM(Beats Per Minute)』が、グランプリと国際批評家連盟賞をダブル受賞し、また、クィアパルム賞(カンヌ版のテディ賞。LGBTの映画の中で最も優れている作品に贈られます)にも輝きました。
 
 すでに多くのゲイたちがバタバタと倒れ、次々にエイズで亡くなっていた1990年代初頭のパリ。ミッテラン政権下のフランスでも、レーガン政権下のアメリカと同じように、最も感染が広がっているゲイ層に対して何の手立ても施されていませんでした(見殺しにされていました)。そこで、アメリカに続き、「ACT UP PARIS」(「ACT UP」については、映画『UNITED IN ANGER –ACT UPの歴史-』をご覧になり、ご存じの方もいらっしゃると思います)が立ち上げられ、HIV陽性者への差別や不当な扱いに怒り、政府や製薬会社に派手な抗議を行い、制度変革に挑んでいました。『BPM』は、その活動に参加していた若者たちの群像を、ゲイのセックス、愛、死、そして生の輝きを、に描きます。明日も知れぬ命であるメンバーたちの葛藤、感染者を一人でも減らしたい、命を助けたいという情熱、いずれ死ぬことがわかっていながら愛しあう恋人たち…。生と死、理想と現実の狭間で揺れ動きながらも、仲間と共に強く、前向きに生きる若者たち。その生き様に胸を打たれること必至です。
 
 ストーリーはあまり詳しく書きませんが、劇中、何度も(特に終盤)、目頭が熱くなるシーンがありました(隣りで観ていた『バディ』編集部の方も泣いていました)。スクリーンに映し出されたフィクションだということを忘れ、あの時代、パリの街で確かに生きていたゲイたちの、怒りや、嗚咽や、叫びを、直に聞いたような気がしました。「弔い合戦」という言葉が去来しました。 
 すべてを見届けたあと、名状しがたい、かつて経験したことのないような感情に襲われていました……『ブロークバック・マウンテン』の切なさや『ムーンライト』のカタルシスとも異なる……あえてその感情を名指すなら「胸が張り裂けてしまいそう」「魂を鷲づかみにされた」という言い方になるかもしれません。
  
 この作品は、(なんたって『BPM』なので)ところどころ印象的にクラブのシーンが使用されているほかは、ドキュメンタリーばりに、徹底的にリアリティにこだわり、真実を追求しているように見えました。変に美化しない、変に隠さない。(とあるアライの方が「男どうしのセックスのシーンだけは生々しくて…」とこぼしていたくらい)ゲイのセクシュアリティも正面からリアルに描かれていて素晴らしかった(感動的ですらありました)。そして、ちょっとハスに構えてるようなところもある(でも決して憎めない)主人公のショーンが、16歳という若さでHIVに感染し、どんな思いで「ACT UP」に参加していたか、ナタンという素敵な彼氏ができてようやく幸せを掴んだと思ったら、ウィルスは容赦なく体を蝕み、それでも、どんどん痩せて体に斑点ができたりしていくショーンをナタンが見捨てることなく、本当に親身に世話してくれて、そのことがどんなにうれしかったか…といった気持ちが手に取るように伝わってきました(出演していた方たち、たぶん無名な方ばかりだと思いますが、演技が素晴らしかったです。しかも、本当に美しいのです)。そうした登場人物一人ひとりの生き様や思いが複雑にからみあい、奇跡的な化学反応を起こし、最後には魂を鷲づかみにされたのでした。(同じフランス映画だからということもあるのかもしれませんが)『アデル、ブルーは熱い色』のような、リアルだからこそのエモーショナル。これを成功させるのはおそらく並大抵のことではないと思います。上映後のトークイベントで大塚隆史さんもおっしゃっていましたが、脚本も本当によくできていましたし、監督の技量もスゴいものがあると思います。
 
 『BPM』を監督したロバン・カンピヨは実際に「ACT UP PARIS」のメンバーだった人で、彼は、自身の実体験に基づき、半ばドキュメンタリー、半ばフィクションとして、この映画を製作しました。
 カンピヨ監督はカンヌの受賞スピーチで「この作品はエイズで亡くなられた方へのオマージュであるとともに、頑張って生きている方々を勇気づけるものでもあります。勇気を持って闘い続けている人、当時命を懸けて(ACT UPの)活動を行っていた人を思い、この作品を作りました」と語りました。
「とてもパーソナルな内容である本作を作るにあたり、感情的にならないように必死でした」
「この時代を生きるヒーローを描きたかった。10年間もこの感染症に堪えなければならず、世間に被害者として見られ、急に“病んでいるホモセクシュアル”と見なされながらも、何人もの命を救う行動を起こしたことは、英雄的だったと思う」
 カンヌの審査委員長を務めていたペドロ・アルモドバルは「最初から最後まで心を打たれたよ」と語りました(完全に同意です。特に、終盤からエンドロールへの流れは衝撃的でした)
 
 『BPM』の素晴らしさについて、もう一点、お伝えしたいと思います。「ACT UP PARIS」は決して、HIVに感染したゲイたちが、なんとか自分たちが助かろうとして活動をやっているわけではないということです。彼らはゲイだけではなく、例えば十分に予防啓発が行われていない高校に乗り込んでいって(その多くがストレートであろう)高校生たちにコンドームを配ったり、注射器の使い回しの危険性を訴える活動も行なったり、新薬の臨床試験の被験者にもなり、多くの人々の命を救うことに貢献していました(自分の命すらままならないのに)。そして、そんな彼らの活動を、レズビアンの仲間たちや、薬害エイズの被害者の親子なども支援し、一緒に闘っているのです。そういう意味では、『パレードへようこそ』のような「友情」(あるいは「連帯」)の物語でもあります。だからこそ、涙があふれるのだし、崇高さをも感じさせるのです。

映画『BPM(Beats Per Minute)』
2017年/フランス/監督:ロバン・カンピヨ/出演:ナウエル・ペレ・ビスカヤー、アーノード・バロワ、アデル・エネルほか/2018年3月、一般公開

 

 

 

 

<上映後のトークセッション>

 上映後、ステージでトークセッションが行われました。パネラーは山田創平さん(エイズ・ポスター・プロジェクトやMASH大阪などの活動に参加してきた方でもあります)と、大塚隆史さん。司会はぷれいす東京の生島さんでした。短い時間ながら、本当に充実した、素晴らしいトークセッションでした。抜粋・編集してお送りします。
 

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生島嗣さん:今日の映画の感想をお願いします。
山田創平さん:僕は京都のエイズ・ポスター・プロジェクト(APP)に参加していたんですが、映画を観て、つらい記憶がよみがえる部分もありましたし、社会を考えるためのヒントが詰まった作品だとも感じました。フィクションということになってるけど、かなり事実ですね。昨年ニューヨークでACT UP(まだあるんです)の活動を見てきました。この映画のように、ミーティングがきちんとコントロールされていました。SEXの場面が活動と一緒に描かれていました。これはウーマンリブと関連があると思う。「隠すべきじゃない」という考え方。元を辿るとフランス革命に行き着きますが、1960年代にウーマンリブ運動が起こり、レズビアン・アクティビズムが派生し、69年にストーンウォール暴動があって、78年にハーヴェイ・ミルクが議員になる。実は、ミルク以前にもドラァグクイーンのホセ・サリアという人がサンフランシスコ市議選に挑戦したこともあって、結構いいところまで行った。1980年代のエイズアクティヴィズムでは、女性とゲイがリンクした、ACT UPは「派手にやれ」という意味で、政府や製薬会社などに対して、治療薬や性教育のことを要求したが、方法が洗練されていて、のちの多くの運動に影響を与えた。日本でも影響が強い。映画で印象に残った表現として、使い終わったコンドームをしばるシーンがありますね。あとは、血友病の感染者が「いい患者」みたいに描かれているシーン。
生島:薬害エイズという社会的事件と、マイノリティの感染の間のギャップですね。大塚さん、いかがでしたか?
大塚:僕はこの映画を2度観て、今回が3度目。かなり複雑なつくりになっている。今回も新たな感動がありました。僕は1982年に『タックスノット』というお店をオープンしたんですが、その頃は、アメリカで奇病が流行っているということが新聞で報道されていて、他人事のように感じていたのですが、まさか自分に関わることになるとは…。88年、カズというパートナーが、風邪が治らないと言っていて、89年に悪化しました。12月に感染がわかり、4月に亡くなったんです。
生島:ちょうどこの映画と同じ時代ですね。
大塚:その頃、エイズで亡くなったという女性の顔が週刊誌か何かにバーンと…
生島:神戸事件ですね。亡くなった方の葬儀に潜入して遺影を盗撮して載せるというひどいことをした。
大塚:あの週刊誌の恐怖もあって、本当に怖くて、友達にも言えませんでした。僕は幸い、陰性だったのですが、駒込病院で診てもらって、でも当時はAZTさえなくて、先生が「本当に申し訳ありませんが、何も打つ手がありません」と…。僕は二丁目でゲイバーをやっていて、他の人に知られてしまうと大変なので、口外しないようにしていました。この映画では、登場人物が怒っているのが印象的でしたが、僕はただただ、怖かった。カズが入院して、滅菌室にガウンを着て入る感じで、面会も週に1回に制限されていて、結局、入院している3週間の間に2回しか会えませんでした。僕はナタンのように支えてあげられただろうか…と思いました。当時、HIV/エイズのことを何も知らなくて、一人で抱えていた。映画の彼らは、きっと仲間がいたから怒ることができたんだな、と思いました。
生島:僕は当時、客としてタックさんのお店に通ってて。カズさんが体調不良だとは聞いていたけど、まさかそんなことだったなんて…。1992年にタックさんといっしょに本の編集に関わる機会があって、その時に打ち明けていただきました。
大塚:漢方とか、マクロビオティックとか、いろいろやってみたりもしました。急に痩せたので、その姿を見られると心配されますし、家にいて、閉じ込められてるような感じで。やがて、意識不明になり、病院に呼ばれて。暴れるからなのかどうかわかりませんが、ベッドに縛りつけられていて。1時間後に亡くなりました。九州からご両親も駆けつけて。幸い、ご両親とはいい関係にしていたので、家に呼んで。その時に、心配していた友達がたまたま訪ねてきたんですが、説明して帰ってもらって。火葬してお骨を持って、故郷でお葬式をしました。
生島:この映画では、怒りが新しい流れを生み出したということが描かれていますね。
山田:ACT UPはアメリカで生まれて、ピンクトライアングルを逆さまにしたシンボルマークを使って、強い怒りを表現しました。ニューヨークで見た時は、議題は、注射器の値段でした。フィリピンでドゥテルテ大統領が麻薬の売買を行った者は殺してもいいと言っていて、それに乗じたヘイトクライムが起きているようなんですね、殺した後で、こいつは麻薬に関わっていたと言えば罪にならない。そのことに怒っていました。この映画でも、ミーティングをたくさんやっている。それがあって怒ることができる。
大塚:「沈黙は死」というのは有名なフレーズですが、「知識は武器だ」というコピーもありましたね。政府などと渡り合うような時に、知識がとても力を持つ。
生島:SEXの最中に時計のアラームが鳴って、服薬するシーンがありました。当時は1日に何度も薬を飲まないといけなかったんですね。今は、だいたい6〜7割の方は、1日1回で済んでいます。そして、治療をしている陽性者の9割は、すでにウイルスが検出値以下になっていて、他人にうつす可能性はほとんどない。問題は検査を受けてなくて自覚がないままの人たち。
大塚:日本では、割とすぐに活動が進んで、あまり怒る場面がなかったような気がします。血友病の方のおかげ?
生島:薬害エイズの被害者の川田龍平さんが、人の輪で厚生省を囲んだりという活動をして、社会問題になりました。そして89年に和解が成立し、病院も整備され、薬も安く飲めるような体制ができました。その恩恵をゲイも受けています。
山田:90年代は、怒るまではいかなかったですね。
生島:アカーの方たちが、政策の面での不平等を是正する活動をしていて、エイズについても、ゲイが個別施策層という形で施策が行われるようになったのですが、これはアカーの力のおかげでもある。直接行動ではなく、そういう形で進んでいった。
山田:活動だけじゃなく、恋愛とか、パレードとか、一緒にやっていた。連帯ですね。これからの社会にとっても参考になるお話です。
大塚:本当に面白い。何度も観ましたが、実に深い。運動を描きながら関係性も描いていたのが素敵だなと感じました。
生島:当時の政策は人と人とのつながりを分断するようなものだったけど、愛の方が強かったという。今日はどうもありがとうございました。

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