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シディ・ラルビ・シェルカウイ『アポクリフ』レビュー

予想以上にゲイ的な、そして、まさかの感涙を誘う、素晴らしい舞台でした。世界が賞賛するだけあって、シディ・ラルビ・シェルカウイはスゴいダンサーでしたが、それだけでなく、ゲイにとってまちがいなく重要な意味を持つ表現者だと確信しました。可能な方はぜひ、観てください。

シディ・ラルビ・シェルカウイ『アポクリフ』レビュー

 本日、ゲイの振付家シディ・ラルビ・シェルカウイの来日公演『アポクリフ』の初日でした。
 公演日程が2日間しかないため、初めはレビュー記事を書く予定がなかったのですが、あまりにも素晴らしく、深く感動し、たとえあと1日だとしても、1人でも多くの方に観てほしいと思ったため、レビュー記事をお届けすることにしました。(後藤純一)
 
 『アポクリフ』の紹介記事はこちら


 難解そうな舞台であるにも関わらず、土曜日のオーチャードホールはほぼ満席でした。
 おもむろに7人の男性のコーラスが歌いはじめます。ア・フィレッタというアカペラのグループで、楽譜に書かれない口承による歌…聖歌のようでもあり、古代の民謡のようでもあり、イスラムの歌のようにも聞こえます…を鳥肌モノの清澄なハーモニーで奏でます。ちょっと聞いたことがないような音楽で、いきなり観客を異世界へと引きずりこみました。
 そして、3人の男性のダンサーが登場します。ご存じ首藤康之、振付家でもあるシディ・ラルビ・シェルカウイ、そして、ディミトリ・ジュルド(フランスの国立サーカス学校出身のアクロバティックな動きを得意とするコンテンポラリー・ダンサー)です。

 『アポクリフ=アポカリプス(黙示録)』というタイトルが示す通り、表向きは宗教的な物語です。
 本(聖書をはじめとする、私たちの人生を規定するもの。宗教、社会、文化の象徴)にまみれ、本にとらわれて生きる男たち。
 聖書とコーランには共通点が多いが、「カインとアベル」の物語が両者では異なって記述されていること、時代とともに記述が変わっていることが例証され、聖書(宗教の教え)は神の言葉ではなく、人為的に作られたものだ、と言います。
 イスラム文化で育ったシディ・ラルビ・シェルカウイと、おそらくキリスト教徒であるディミトリ・ジュルド、そして日本人(基本は仏教)の首藤康之という3人が、一直線に並んでまるで千手観音のように複雑なエチュードを披露したかと思うと、「文楽」をイメージしたという人形を3人でいっしょに動かしたり、それぞれが得意なダンスを披露したり、2人ずつでからんだりというバリエーションを展開していきます。
 それから、剣が登場し、本のときと同じダンスで、男たちが剣にまみれ、剣にとらわれて生きる様が描かれます。そして、剣を本に突き立てるのです。
 ラストシーンのシディの姿は、まるでイエス・キリストのようでした。

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 しかし、ディミトリ・ジュルド(フランスの国立サーカス学校出身のアクロバティックな動きを得意とするコンテンポラリー・ダンサー)のシャツがはぎとられ、まるで映画『ピーター・グリーナウェイの枕草子』のように体に墨で文字を書かれ(読み取れませんでした…書くふりだったかも)、ディミトリとシディが兄弟のように恋人のようにからみあいながらエロティックなダンスを繰り広げた後でおもむろに男同士のキスを交わしたとき、突如として「もう1つの物語」が、まるで雷のように降ってきました。
 聖書やコーランの教え(実は人為的に作られたもの)によって、男たちは互いに愛し合うことを禁じられています。しかし、その禁を破り、愛し合ってしまった男たちは、死を選ばなくてはならない。
 そう考えはじめると、いろんな要素がそうした物語を語らせるための布石に思えてきます。初め足につけられていた鈴(中東のベリーダンサーのような)をもどかしそうに取るシーンでは、それがまさに男たちの人生を縛る「足枷」だと感じました。コーラスを歌う黒いスーツに身を包んだいかつい男たちは、まるで悪魔か死神のようにも見えました。黒いスーツの男たちに取り囲まれる中、3人の男たちは剣を取り、死へのダンスを踊ります。それは、表向きは三島由紀夫のモチーフと言われていますが、同性愛を嫌悪するホモソーシャルな社会の中でもがき苦しむゲイたちの姿に見えました。
 黒いスーツの男たちの哀しくも美しい歌に見送られながら、天国への階段を昇っていく3人。ラストシーン、シディルは人形(表向きは「文楽」ですが、もっとこう…3人が幸せそうに遊んでいた子どものようなイメージです)を背負い、1段1段力強く、階段を昇っていきます…その姿は、宗教の誕生以来(キリスト教以前、古代ギリシアでは同性愛は罪でもなんでもありませんでした)、同性愛者であるがゆえに命を落とさなければならなかった数多の人々の「殉死」を体現しているかのようでした。
 正直、涙がこぼれました。(ダンス公演で泣いたのは初めてかもしれません…)
 
 客席からは大きな拍手と「ブラボー」の声、そしてスタンディング・オベーションが起こりました(帰りのパンフレット売り場にも観客が殺到していました)
 決して陽気なエンターテイメントではない、日本人には理解しがたい「宗教の起源」「宗教に起因する民族の対立」といったテーマを扱った舞台でしたが、それでも大絶賛を受けたのは、ダンサーたちの類い稀な運動能力と表現力、そして歌の素晴らしさもあるでしょうが、この舞台で表現されていたものが「世界の成り立ち」に触れるものだったから(ダンサーたちの卓越した肉体が、それを表現することを可能にしていたから)、そして、観客は、僕のように、いくつもの物語をそこに読み取ることができたから、ではないかと思います。

 20世紀前半にはニジンスキーが、20世紀後半にはベジャールとジョルジュ・ドンが、21世紀にはマシュー・ボーンやアダム・クーパー(あるいは首藤康之)が活躍しました。いつの時代にも天才と呼ぶほかない舞台芸術家(振付家や舞踏家)が現れ、世界を熱狂させてきましたが、彼らは同時に、ゲイにとっても重要な意味を持つアーティストでした。僕ら(日本のゲイ)の前には遅れて到着しましたが、シディ・ラルビ・シェルカウイはまちがいなく、そうした歴史の新たな1ページに記述されるべき人だと思います。
 まだ体験していない方はぜひ、この機会に。当日券があるはずです。

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シディ・ラルビ・シェルカウイ×首藤康之『アポクリフ』

日時:9月4日(土)18:30/5日(日)14:00 

会場:Bunkamuraオーチャードホール

料金:S席11,500円、A席9,500円、B席7,500円(税込)

演出・振付:シディ・ラルビ・シェルカウイ

出演:シディ・ラルビ・シェルカウイ、首藤康之、ディミトリ・ジュルド

コーラス:ア・フィレッタ

衣装:ドリス・ヴァン・ノッテン 


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