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教えて先生! 実践的SAFER SEX(1)セックスその前に

今月からプライベートケアクリニック東京の小堀先生にお願いし、SAFER SEXについての実践的かつ幅広いお役立ち情報をいろいろ聞いて、コラムとしてお届けしていきたいと思います。1回目は「セックスその前に」です

教えて先生! 実践的SAFER SEX(1)セックスその前に

 

はじめに:SAFER SEXコラムへの思い

 以前からSAFER SEXコラムを書きたいと思っていたのですが、いかんせん医療関係者でも疫学研究者でもないため、自分の持っている知識が正しいのかどうかという不安があり、躊躇していました。が、今回、性感染症の専門医であるプライベートケアクリニック東京の小堀先生と出会い、いろんな質問に答えていただけることになり、このSAFER SEXコラムが実現しました。私の当事者としての長年の経験と専門医とのタッグにより、実践的・具体的かつ確かな情報をお届けできるよう努めます。なお、ここでのセックスは、彼氏・パートナーとのセックスというよりも、ハッテン場だったりセックスフレンドだったり、アプリ等で知り合った方とリアルする場合などを想定しています。
 
 SAFER SEXって、なんで「SAFE」じゃなくて「SAFER」なの?と疑問に思っていた方もいらっしゃるかもしれません。人間と人間が肌を触れ合わせてセックスする以上、100%完全に安全なセックスってなくて(逆に100%完全に安全を求めるならオンラインや非接触な行為に限定することになります)、やっぱりキスしたり抱き合ったりいろんなことをしたくなるのが人間なわけですから、「より安全に」楽しもうということになると思います。もともと80年代にエイズという病気が流行をはじめてから、HIVに感染した方たちが社会からひどい差別を受けたり「感染している奴はセックスなんてするな」と言われたりするなかで、HIV陽性者や支援者が血をにじませながら生み出した考え方がSAFER SEXだったりします。可能性はゼロじゃないけど、できるだけ気をつけていこう、そして(コンドームが破けるなどの事故もあるでしょうし)万が一感染するようなことがあったとしても、HIV陽性者を悪者にして解決、という話にはならないよね、ということです。みんなで「より安全に」を意識し、大事にしていくこと。それがSAFER SEXです。
 HIV予防は、かつて「エイズ撲滅」などという言い方で、ウイルス(とそれを持っている人)をバイキンや悪者のように扱い、恐怖心を煽るような広告や宣伝がなされたりしてきました。すでにHIVと共に生きている人たちがどう感じるかということは度外視されてきたのです。そういう風潮はゲイコミュニティのなかにもあり、どうしたらHIV陽性者に寄り添いながらHIV予防を進めることができるだろうという苦悶のなかから「Living Together」が生まれました。g-lad xxは全面的に「Living Together」を支持しますし、このコラムもそういうスタンスに基づいて書いていくつもりです。
 また、「U=U」と「PrEP」によって、HIV/エイズを取り巻く状況はドラスティックに変わりました。HIVを持っていても検出限界値以下であればうつす可能性はゼロだと言えるようになり、HIV陽性者への偏見・差別やスティグマを払拭することにつながりました。PrEPの利用によって感染の確率が劇的に下がり、HIV流行の終結がいよいよ視野に入ってきたということも希望の持てるお話です。
 
 一方で、梅毒などHIV以外の性感染症(STI)や新種のエムポックスの流行という問題も出てきています。ですから、そうしたさまざまな病気のことを意識しながら「より安全な」セックスを楽しむことが大事になっていますし、さまざまな病気に気をつけようとすると意外と複雑で難しい、たくさんのポイントをクリアしていくゲームのようなことになりそうです。その辺りを、性感染症の専門医の方に教えていただきながら、実際のハッテンの現場でどんなことに気をつけたらよいのか、探っていきたいと思います。
 
 お医者様や保健所等の方のなかには、SAFER SEXについていろいろ相談すると「SEXを控えてください」というお返事をされる方もいらっしゃるのですが、小堀先生はそうではありませんし、私のような性的にアクティブなゲイの質問にも真正面から向き合って答えてくれる方です。SEXフォビアを払拭し、あくまでもハッテンを肯定する立場でこのコラムをお届けしていきたいです。どうぞよろしくお願いいたします。




「教えて先生!実践的SAFER SEX」第1回

 それでは小堀先生にお聞きしていきましょう。第1回のテーマは、「セックスその前に」です。

※今回は特に、なのですが、俗説といいますか、巷で言われている医学的に根拠のないようなことも聞いてみています。「割と本気で信じてたけど、特に根拠はないんだな」とか、「医学的に言えるのはこういうことなんだね。あとはじゃあ自分で判断していこう」というふうに受け止めていただければ幸いです。
  
――私のとある友人が、何かの話の流れで「体調が悪い時に無理してハッテン場に行くのはやめたほうがいい」と真顔で言ってきたことがありました。あまり追及はしなかったのですが、おそらく何かしんどいことがあったのでしょうね…。風邪ぎみだったり、なんとなく体調がすぐれない時というのは、免疫力が下がっている可能性が高いわけですから、そういう時は性感染症がうつりやすいということは言えると思うんです。体調がよくないと思ったら、ハッテン場に行くのは控えたほうがよいと思いますし、それか、軽めにサクッと済ませて(しごきあいとか)あまり本格的な(アナルとかの)プレイはしないようにするとかいう工夫をしたほうがよいですよね?

 そもそも、性感染症の感染をする以前の話として、体調が悪い時は性感染症以外の風邪のウイルス(コロナやインフルエンザなど)の感染を起こしている可能性があると思います。そんな時にセックスをすると、風邪のウイルスをばらまくことになりますので、ハッテン場に行くことをお勧めしません。
 体調がすぐれないということイコール免疫力が低下している状況というわけではありません。例えば、コロナやインフルエンザといったウイルスが感染すると熱が出ます。その理由は、ウイルスが体内に侵入してくると、体内の免疫システムが反応して、熱が出るのです。それは、ウイルスと戦うために免疫力がしっかりと働いているために熱が出ているのだと考えてください。これによってウイルス抗原の増殖を防ぐほか、白血球の機能を活性化させ、免疫力向上につながります。(こちらのページにわかりやすく書かれています)
 というわけで、この質問に対するお答えですが、しごきあいがいいのか、アナルがいいのか、といったことではなく、体調が悪い時はそもそもハッテン場に行くのをやめましょうね、というのが私の考えです。

――なるほど。よくわかりました。免疫力と言えば、ジムで筋トレした直後は一時的に免疫力が下がってるという話を聞いたことがあります。筋トレした直後のパンプアップした「雄っぱい」を見せつけたい、体が仕上がってる状態でハッテンしたいという気持ちはよくわかりますが、ジム後のハッテンは控えたほうがよいのかな、と。その辺り、いかがでしょうか?
 
 そもそも、「筋トレする→免疫力が低下→ハッテン場に行ってはいけない」という考え方があること自体にビックリしました。たしかに、過度な筋トレによって、コルチゾールなどのストレスホルモンが分泌され、一時的に免疫力が低下することはあると考えられます。
 エビデンスがあるかどうかを確認するため、2016年に海外で報告された論文を参考にしました。その論文をみると、適度な運動では免疫力が上昇しましたが、疲労困憊まで追い込むような高強度(高負荷)トレーニングを1時間以上行なうと一時的に免疫力が低下することが認められました。このようなトレーニングによる免疫機能の低下は、トレーニング後30分ほどから始まり、4〜6時間以内にもとの免疫レベルに戻るそうです。しかし、これ以外の研究もあり、研究結果のばらつきもあるため、「ジム後にハッテン場に行かないほうが良い」と決めつけてしまわないほうが良いと思います。
「風が吹けば桶屋が儲かる」ではないですが、風が吹いたら桶屋の利益が何%増えた、ということをデータで実証できなければ、医学的に正しいとは言い難いのです。
 私のお勧めとしては、適度の運動なら体にいいので、アップ程度のほどほどの運動をしてからハッテン場に行ってはいかがでしょうか?

――素晴らしいお答え! 感銘を受けました。この際なので、いろいろお聞きしてしまうのですが、もう少しおつきあいください。これからリアル(自分の部屋か相手の部屋でセックス。それかラブホ)という時には、シャワーを浴びたり歯を磨いたり、コロンをつけたりなんかして、お出かけ前の身づくろいをすると思います。でも、実はセックスの前に歯磨きはしないほうがいいという意見も聞いたことがあって…というのは、歯を磨くと、歯ブラシで歯茎などに細かい傷ができるため、その細かい傷からウイルスが侵入することもあるという意見でした。同様に、口内炎ができている場合なども注意が必要なのかな、と。
 
 セックスをする前に歯磨きをしないほうが良いというのは、明らかに間違った考えだと思います。口腔衛生が悪化すると、歯周病や歯肉炎が進行し、慢性的な炎症や傷が増え、結果としてHIVや他の性感染症(STI)のリスクが高まる可能性があります。 また、口臭や虫歯の増加など、日常生活にも悪影響があります。歯磨きをしないことのほうが、デメリットが大きいのです。
 もしも、歯茎の傷や出血によるHIV感染が心配であるのであれば、オーラルセックスの前には激しく歯を磨かないこと、定期的な歯科検診を受けることをお勧めしたいです。
 また、口内炎があると、口腔粘膜が損傷し、HIVが体内に侵入しやすくなる可能性があります。しかし、そもそもオーラルセックスによるHIV感染率は、一般的に挿入型の性交と比較して非常に低い(0.01~0.04%程度)のです。また、米国CDC(疾病予防管理センター。感染症対策の総合研究所)によると「口内炎や口腔潰瘍がHIV感染リスクに影響する可能性はあるが、科学的根拠は限定的」とされています。
 
――そうなんですね!目からウロコかも。本当にためになります。最後にもう一つだけ。薬物を使用しないほうがいいのはもちろんですが、お酒を飲んで酔っ払ってのセックスも、シラフのときに比べると、気が緩んだり、冷静な判断ができにくくなったりするのではないかと。酔っぱらった勢いでイチャイチャするのは楽しいんですが、あまりガッツリじゃなく「軽め」にしたほうがいいのかな…と思ったりします。難しいかもしれませんが。「今日は酔っ払ってあまりちゃんとできないから今度あらためてヤリましょう」という感じで。連絡先を交換するチャンスにもつながるかも?と思ったり。

 これは、アルコールを飲むと気が緩んでコンドームを使わなくなる可能性が高くなるので、性感染症を起こしやすくなる、という意味ですよね? 私は、アルコールを飲んでセックスしてはいけない、とは考えていません。アルコールを嗜むことは文化でもあり、食事をよりよく楽しむための方法でもあると思います。ほどほどにアルコールを楽しみつつ、しっかり感染予防をしてセックスをすれば、楽しくセックスができるのではないでしょうか?

――そうですね。ありがとうございます。答えにくい質問にも丁寧に答えてくださり、感激です。セックスする前にできることとして、今はPrEPという予防法があります。すでに実践している方もいらっしゃると思います。これは思い立ったらすぐできるというものではなく、段階を踏んで(検査などを受けて)導入するもので、利用に当たってはできるだけクリニックで診てもらったほうがいいということが言えると思いますので、PrEPについて次回また詳しくお聞きしたいと思います。


(聞き手:後藤純一)
(お答え:小堀善友先生)

プライベートケアクリニック東京 東京院 小堀善友院長
 2001年金沢大学医学部卒業、金沢大学医学部泌尿器科入局。2006年金沢大学医学部大学院を経て、2009年獨協医科大学越谷病院(現埼玉医療センター)泌尿器科に勤め、2018年同泌尿器科准教授に就任、2021年よりプライベートケアクリニック東京 東京院院長を務めている。2016年第104回日本泌尿器科学会総会賞、2016年第35回日本アンドロロジー学会学術大会学会賞を受賞。泌尿器科医というだけでなく、日本性感染症学会認定医、日本エイズ学会認定医、日本性機能学会専門医、日本性科学会セックスセラピストなどの肩書きも有する。著書『泌尿器科医が教える – オトコの「性」活習慣病』『泌尿器科医が教える「正しいマスターベーション」』『諦めてはいけない勃起、間違えてはいけない射精「なぜオナニーはうしろめたいのか」』『体のことを知ろう男の子編「ラジオ保健室」』など
 

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