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【追悼】涙なしには聴けないゲイアンセム「Smalltown Boy」をヒットさせ、世界中のゲイの少年たちを勇気づけたBronski Beatのスティーブ・ブロンスキ

2021年12月09日

 Bronski Beat(ブロンスキ・ビート)の共同創設者、スティーブ・ブロンスキが亡くなりました。61歳でした。

 『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』第1話でもフィーチャーされたゲイアンセム「Smalltown Boy」。田舎のゲイの男の子が、高飛び込みをやってる男の子に恋して、勇気を出して告白するも、ホモフォビックなノンケたちからボコボコに殴られ、理解のない父親にもゲイであることを咎められ、友人たちと一緒に故郷を離れ、都会に旅立つというMVで、世界中の多くのゲイたちの共感を呼びました。数あるゲイアンセムのMVの中でも、涙なしには見ることができない、名作中の名作です。(MVはこちら
 
 スティーブ・ブロンスキはグラスゴーの出身で、若い時はアルバイト生活でしたが、ロンドンに移り住み、ジミー・ソマーヴィル、ラリー・スタインバチェクと出会い、1983年にブロンスキ・ビートを結成しました。音楽的にはシンセ・ポップ/ニューウェーブで、80年代ニューウェーブとHi-NRG(ハイエナジー)の橋渡し的な存在だとも言われています。
 1984年のデビューシングル「Smalltown Boy」は、スティーブ・ブロンスキによる切ないメロディをジミー・ソマーヴィルがファルセットで朗々と歌う、一度聴いたら忘れられない楽曲で、UKではチャート3位を記録しました。MVはブロンスキ・ビートの3人が自ら出演し、半自伝的な趣の作品になりました。続く2ndシングルの「Why?」も、ゲイに対する偏見に焦点を当てた作品です。全員がカミングアウトし、ゲイプライドをもって活動していた彼らは、映画『パレードへようこそ』で描かれたように、LGSM(Lesbians and Gays Support the Miners)が84年に開催した資金集めイベント「Pits and Perverts concert」でオープニングアクトを務めました。当時、プライドイベントに出演するゲイのアーティストはほかにいませんでした。同年に発売したデビューアルバム『The Age of Consent』(性的同意年齢という意味)のレコードジャケットの裏側には欧州各国の性的同意年齢の一覧が記され、英国の男どうしの性的同意年齢が(異性は16歳なのに)21歳であることに抗議していたそうです。
 
 スティーブ・ブロンスキは2018年、『ガーディアン』紙のインタビューで「あの頃は、僕たちはただのバンドを始めた3人のゲイだった。特別なムーブメントに参加してるつもりはなかったんだ。もちろん、何年も経ったら、もっとたくさんのゲイのアーティストが出てくるだろうとは思ってた」と語っています。
 
 ゲイの作家、マシュー・トッドは、「ゲイ・アイコンと呼ばれる人は今やたくさんいるけど、スティーブ・ブロンスキほどの人はそうそういない。カムアウトし、怒り、抗議した。著名人でそんなことを誰もやってなかった時代に」と追悼コメントを寄せました。

 あるファンは、「あなたの音楽は、私の人生を変えた。あなたはどこにでもいるスモールタウン・ボーイに、きっと物事はよくなるし、君は大切な存在なんだと呼びかけた。若いゲイの男の子たちに希望を与えた。それこそが、私たちが必要としていたものだった。本当にありがとう」という感動的な言葉を捧げました。
 
 ブロンスキ・ビートは1995年に解散し、スティーブは音楽プロデューサーの道を歩みました。
 しかし彼は、Ian Donaldsonと2016年にチームを組み、新しいブロンスキ・ビートを立ち上げました。そして、トランスコミュニティをサポートするためにデビューアルバム『The Age of Consent』を再録して『The Age of Reason』(トマス・ペインが制度化された宗教と聖書の正当性に異議を唱えた『理性の時代』を思わせるタイトル)としてリリースしました。
 スティーブは『Penny Black Music』誌のインタビューで「トランスジェンダーは恐怖に苛まれながら暮らすべきではないし、ゲイの子どもたちはいじめを受けるべきではない」と語っています。「僕は長い道のりを歩んできた。でも、まだまだやることがある」
 
 スティーブ・ブロンスキの訃報に接し、ジミー・ソマーヴィルは、「とても気持ちのいいメロディを作る人だった」と語りました。「亡くなったと聞いて、悲しみにくれている」「僕らの人生を変え、多くの人々の命を救うような曲を一緒に作っているときは、本当に楽しかったし、エキサイティングだった。スティーブのメロディに感謝している」

 なお、もう1人のバンドメンバー、ラリー・スタインバチェクは、2017年にがんで亡くなっていました。
 世界でも最も早くカミングアウトし、PRIDEを掲げながらメジャーシーンで活躍したゲイ・アーティストたちに、心から敬意を表します。
 R.I.P.
 

参考記事: 
Steve Bronski, co-founder of pioneering gay band Bronski Beat, dies aged 61(PinkNews)
https://www.pinknews.co.uk/2021/12/09/steve-bronski-beat-dead/

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