REVIEW
80年代UKのゲイたちの光と影:ドラマ『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』
ついに『IT’S A SIN』第1話が公開されました。期待を裏切らない、本当にエキサイティングで「早く次が観たい!」と思わせるドラマです。なんと、公式にHIV検査情報を掲載しています(素晴らしい!)

英国のチャンネル4で今年初め、1980年代のロンドンを舞台にHIV/エイズに翻弄されるゲイたちの姿を描いたドラマ『IT’S A SIN』が放送され、驚異的な大ヒットを記録しました。放送後、HIV検査を受ける人の数が前年度比4倍にも急増したそうです。
制作を手がけたのは、ゲイドラマのさきがけとして異例の大ヒットを記録した金字塔的作品『Queer As Folk』を手がけたラッセル・T・デイヴィス(ゲイの方です)。『IT’S A SIN』はラッセル・T・デイヴィス自身の実体験をベースにしていて、80年代初めのゲイの若者たちの間のエイズへの恐怖や混乱を描き出しています。彼は英『Radio Times』誌に、「私は1981年に(主人公の)リッチーと同じ18歳でした。そのため、私の中には常にこの問題の核となっているものがありました。しかし(物語にするということに)たどり着くまでには長い時間がかかりました」と語っています。
8月17日、待望の『IT’S A SIN』第1話がアマプラで配信されました。レビューをお届けします。(後藤純一)
<あらすじ>
1981年、ロンドン。ゲイのリッチー、コリン、ロスコー、アッシュと彼らの親友ジルの5人は、ピンクパレスと名付けたアパートで共同生活を始める。様々な葛藤を抱えながらも楽しく暮らす5人だったが、HIVの感染が急激に拡大し、仲間が次々とエイズを発症していく…。
「え、これ1時間ドラマだったの? 30分ドラマかと思った」って思うくらいエキサイティングで、あっという間でした。
出だしは、80年代の英国のゲイの若者たちの青春群像劇です。
ワイト島の実家の、人種差別丸出しで、とてもじゃないけど同性愛に理解があるとは思えない父親のもとを離れ、ロンドンの大学で新しい生活を始める主人公のリッチー。演劇科の背が高くてハンサムなアッシュとの仲を、ジルが取り持ってくれて、リッチーは順調なゲイライフのスタートを切ります。
ナイジェリア移民の家族にゲイであることがバレて、悪魔払いのようなことをされたうえ、祖国に連れ戻されそうになり、このままでは殺されると家を出ることにしたロスコー。でも、コソコソ逃げ出すのではなく、最高にキャンプな(ビッチな)宣言をして出ていくところが痛快でした(親戚のおばさんが大笑いしてました)
ウェールズの田舎町の出身で、地味で素朴で口下手なコリンは、職場の先輩であるヘンリーにゲイだと見抜かれて、よくしてもらうのですが、それが縁となって、初めて「幸せなゲイ」の生き様に触れます。落ち着いたベテランのゲイの、知的でユーモアがあって魅力的な姿です(初めて「タックスノット」に行った時のことを思い出して、ちょっとジーンときました)
若いのでヤリまくりだったりするわけですが、そういうところも隠さずに、ポップに描いてますし、オリー・アレクサンダーが全裸でセックスのシーンもやってるところがスゴいと思いました。
そうした若者たちのキラキラした、イケイケでヤリまくりなゲイライフとは対極的な、忍び寄るエイズの陰…そのシリアスな現実が少しずつ描かれていきます。光と影の対比の仕方が本当にドラマチックで、うならせます。早く次が観たいです。
ゲイがたくさん登場するこの作品は(『POSE』がトランス女性を多数起用したのと同様に)リアルなゲイの俳優を起用することにもこだわっています。主演は、イヤーズ・アンド・イヤーズのボーカルでLGBTQアクティビストでもあるオリー・アレクサンダーです。ブロードウェイでヘドウィグも演じているゲイの俳優でアカデミー賞などの司会もつとめたことがあるニール・パトリック・ハリスが、コリンの職場の先輩を演じています。それから、映画『ホビット』シリーズにも出演している英国のベテラン俳優でLGBTQ活動家でもあるスティーヴン・フライがコリンの職場のセクハラ社長を演じています。オマリ・ダグラス、カラム・スコット・ハウウェルズ、ナサニエル・カーティスといった若手のゲイの俳優たちも活躍します。
主題歌はもちろんペット・ショップ・ボーイズの『It’s a Sin』なのですが、第1話では、メンバー全員がゲイである80年代に英国で活躍したユニット「ブロンスキー・ビート」の「Smalltown Boy」がフィーチャーされています。このドラマのリッチーやコリンのような田舎町出身のゲイの男の子のことを歌っている切ない曲で、そのMVでは、ヘイトに遭う(ノンケに殴られる)ゲイの男の子のストーリーが描かれています。これ以上はないと思えるくらい、この第1話にふさわしい選曲でした。泣かせます。
『POSE』と同じスピリットに裏打ちされながら、『POSE』とはまた違ったテイストで作られた名作ドラマだと思いました。ある意味、姉妹作と言えるでしょう。しかし、『Queer As Folk』がゲイの監督によるクィアドラマのさきがけだとすれば、その系譜にライアン・マーフィらも連なるし、ラッセル・T・デイヴィスのほうがお兄さんなわけです。いずれにしても、ファミリーですよね。
そして、素晴らしいことに、最後に、HIV検査の情報が流れます。HIV検査・相談マップのURL とQRコードが出るのです。公式サイトにも、メニューに「HIV検査・相談マップ」の項目があります。エンタメの世界でこのようにHIV検査をフィーチャーした例は今までになく、歴史的な快挙です。拍手!
『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』(全5話)は、Amazon Prime Videoチャンネル「スターチャンネルEX DRAMA & CLASSICS」で8月17日から第1話が配信開始されます。第2話以降の配信は、はっきりスケジュールが明記されていないのですが、順次配信となるようです(※スターチャンネルEX DRAMA & CLASSICSへの登録が必要です)。楽しみに待ちましょう。
『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』公式サイト
https://www.star-ch.jp/drama/itsasin/sid=1/p=t/
アマプラで観る
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0995B2FPF/
【追記】2021.9.17
アマプラで全5話が配信されました。最後まで観た感想をお伝えします。
第3話。泣かされました。こんなに悲しい話ってあるでしょうか。
第4話ではPRIDEが力強く描かれていました。胸を打たれました。
そして最終話。あまり詳しくは述べませんが、怒涛の展開でした。監督が本当に言いたかったことが最後に凝縮されていた気がします。ジルこそが、このドラマの本当のヒーローなのだと思いました。
このドラマを観て、みんなが検査を受けるようになったというのがよくわかります。
『BPM』や『ノーマル・ハート』や『POSE』シーズン2など、これまでにHIV/エイズのリアリティを描いた名作がいくつも作られてきました。 『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』は、そのリストに加わり、殿堂入りを果たしたと思います。
ものすごく深刻なお話なのに、重くなりすぎず、どこか明るさを感じさせます。そこがラッセル・T・デイヴィスらしさなんだと思います。
音楽が本当に素敵でした。80年代の名曲が、ふんだんに使われています。こんなに音楽が充実した作品ってそうそうないです。タイトル曲のペットショップ・ボーイズをはじめ、ローラ・ブラニガン、カルチャークラブ、シルヴェスター、バリー・マニロウ、ジョイ・ディヴィジョン、ヤズー、イレイジャー、ブロンスキー・ビート、ワム!、ディヴァイン、ユーリズミックス、ベリンダ・カーライル、ケイト・ブッシュなどなど…。そして最後はR.E.M.の「Everybody Hurts」でした(ちょっとしか流れないですが、胸に沁みる名曲です。ドラマを観て気になった方はぜひ聴いてみてください)
INDEX
- レビュー:リン・モンホワン『赤い風船』『アメリカ時間』
- 大興奮!大傑作!本当に面白いクィアSFアクションムービー『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
- 実にポップでインテレクチュアルでエモーショナルで画期的な『極私的梅毒展』@akta
- 女性と同性愛者を抑圧し、ペストで死ぬ人々を見殺しにする腐敗した権力者への叛逆を描いた映画『ベネデッタ』
- トランスジェンダーへの偏見や差別に立ち向かうために読んでおきたい本:『トランスジェンダー問題: 議論は正義のために』
- 『痛快!明石家電視台』ドラァグクイーン大集合SP
- 殺伐とした世界に心を痛めるすべての人に観てほしいドラマ『THE LAST OF US』第3話
- 3人のドラァグクイーンのひと夏の旅を描いたハートフル・コメディ映画『ひみつのなっちゃん。』
- 40歳のゲイの方が養護施設で育った複雑な生い立ちの20歳の男の子を養子に迎え入れ、新しい家族としての生活を始める姿をとらえたドキュメンタリー映画『二十歳の息子』
- 貧しい家庭で妹の面倒を見る10歳のゲイの男の子が新しい世界を切り開こうともがき、成長していく様を描いた映画『揺れるとき』
- ゲイコミュニティへのリスペクトにあふれ、あらゆる意味で素晴らしい、驚異的な名作『エゴイスト』
- ドラァグクイーンの夢のようなロマンスを描いたフランス発の短編映画『パロマ』
- 文藝賞受賞、芥川賞候補の注目作――ブラックミックスのゲイたちによる復讐を描いた小説『ジャクソンひとり』
- ドラァグクイーンによる朗読劇『QUEEN's HOUSE〜あなたの知らないもうひとつの話〜TOKYO』
- 伝説のゲイ・アーティストの大回顧展『アンディ・ウォーホル・キョウト』
- 謎めいたゲイ・アーティストの素顔に迫るドキュメンタリー映画『アンディ・ウォーホル:アートのある生活』
- 『ボヘミアン・ラプソディ』の感動再び… 映画『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』
- 近年稀に見る号泣必至の名作ゲイ映画『世界は僕らに気づかない』
- ぼくらはシンコイに恋をする――『シンバシコイ物語』
- ゲイカップルやたくさんのセクシャルマイノリティの姿をリアルに描いた優しさあふれる群像劇『portrait(s)』ほか
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