REVIEW
人生のどん底から抜け出す再起の物語−-映画『ペイン・アンド・グローリー』
ゲイの映画監督ペドロ・アルモドバルの最新作は、心身の不調に悩む監督を主人公とする自伝的作品であり、ボロボロだったところから立ち直っていく様を丁寧に描く、人生の再起の物語です。上質な映画体験をぜひ。
ペドロ・アルモドバルは初期の頃(80年代)、アントニオ・バンデラスのデビュー作である『セクシリア』や『欲望の法則』などゲイのセックスを描いた作品や、『バチ当たり修道院の最期』『神経衰弱ぎりぎりの女たち』のような女たちのコメディ(本当に面白いです!)など、ゲイテイストで強烈な作品を次々に発表し、当時としては本当に画期的でした(一作一作が本当に楽しみでした)
そんなアルモドバルの転機となったのが、1999年の『オール・アバウト・マイ・マザー』で、アカデミー外国語映画賞を受賞し、名実ともに巨匠の仲間入りを果たしました(他の作品と同様、同性愛者やトランスジェンダーが登場するのですが、あくまでも芸術的なトーンで撮られた作品でした)。次作の『トーク・トゥ・ハー』もたいへん芸術的かつ感動的な作品で、こちらはアカデミー脚本賞を受賞しています。その次が(実体験である)神学校での神父による性的虐待を描いた『バッド・エデュケーション』で、大きな注目を集めました。
突然はじけた2013年の『アイム・ソー・エキサイテッド!』を除けば、『オール・アバウト・マイ・マザー』以降は洗練された芸術的な作風で、『ペイン・アンド・グローリー』もその系譜に属します。それでいて、『セクシリア』『バッド・エデュケーション』に連なる自伝的作品三部作の一つであり、アルモドバル版『ニュー・シネマ・パラダイス』でもあります。
<あらすじ>
世界的映画監督のサルバドールは4年前に母を亡くし、マドリードに一人で暮らす。脊椎の痛みに苛まれ、うつ状態で、引退同然の生活を送るなか、幼少期の母とのことを頻繁に思い出すようになる。32年前の監督作の上映に際してトークを依頼されたことを機に、その作品で仲違いした主演俳優アルベルトと和解する。そして、アルベルトがサルバドールの自伝的な脚本『中毒』を一人芝居で上演したことが導いた一つの偶然が、サルバドールの再起へとつながっていく……。
曲がらなくなった脊椎をはじめ、体のあちこちに痛みを覚え、うつ状態で仕事も手につかず、クスリにもハマり、このままだと廃人に…というどん底状態に陥っていた監督ですが、偶然が偶然を呼び(そのきっかけは、自身が踏み出した少しの優しさだったり)、気を持ち直し、そして、過去に置き去りにしてきた愛や性の喜びが、再び前を向いて進める力をくれるというお話でした。
貧しくも幸せだった子ども時代の回想が頻繁に入ってくるのですが、(本当は行きたくない)神学校に行くことになるくだりで、ああ、ここから『バッド・エデュケーション』につながるんだな…と。そして母親役がアルモドバルのミューズ、ペネロペ・クルスですが、美しくもあり、たくましくもあり、とても素敵でした。
俳優で言うと、カンヌで男優賞に輝いたアルモドバルのもう一人の「ミューズ」、アントニオ・バンデラスの枯れた味わいもたいへん渋くて素敵でした。『セクシリア』や『欲望の法則』と同様、ゲイの役なのですが、円熟味を増した、男臭い感じの(こう言うと失礼ですが、監督ご本人よりもはるかにハンサムでマッチョでセクシーな)初老のゲイの映画監督の役を見事に演じていたと思います。
あまり詳しくはお伝えしませんが、映画の魔法にかけられたような、小粋な演出にハッとさせられます。
観終わったあと、じわーっと余韻に浸りながら、とても上質な映画だったなぁと、しみじみ感じ入りました。
子ども時代にお世話になった親戚の人たちや学校の友達たちに挨拶したい気持ちにもなりました。
そして、これはアルモドバルが初めからずっと描き続けていることですが、愛とエロスこそが生きる力の源であるというメッセージが、本当に素晴らしかったです。人は誰かとつながったり、愛したり、欲望を抱いたりしないと生きていけないし、そういう根源的な欲求こそが人を救うのです。感動しました。
今回、サルバドールの自宅が美術品やおしゃれな調度品で占められていて、思わず目が奪われてしまうのですが、その半分がアルモドバル監督の私物なんだそう。アシスタントのメルセデスが「(壁にかけてある絵を指して)グッゲンハイム美術館が貸してほしいって言ってるよ」って言う話、好きです。
音楽も良かったです。監督の感情のひだを繊細に表現し、観客の心に沁みこむような、とても美しい音楽でした(カンヌのサウンドトラック賞を受賞しています)
なお、映画館は今、ソーシャルディスタンスのため、前後左右の席に人が座らず、間を空けるようになっているのですが、おかげでとても快適でした。マスクは必須ですので、ご覧になる際は、お忘れなく。
ペイン・アンド・グローリー
原題:Dolor y gloria
2019年/スペイン/監督:ペドロ・アルモドバル/出演:アントニオ・バンデラス、ペネロペ・クルスほか
Bunkamura ル・シネマ、TOHOシネマズ シャンテほかで上映中
INDEX
- 『ボーイフレンド』のダイ(中井大)さんが出演した『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』第2話
- これまでにないクオリティの王道ゲイドラマ『あのときの僕らはまだ。』
- まるでゲイカップルのようだと評判と感動を呼んでいる映画『ロボット・ドリームズ』
- 多様な人たちが助け合って暮らす団地を描き、世の中捨てたもんじゃないと思えるほのぼのドラマ『団地のふたり』
- 夜の街に生きる女性たちへの讃歌であり、しっかりクィア映画でもある短編映画『Colors Under the Streetlights』
- シンディ・ローパーがなぜあんなに熱心にゲイを支援してきたかということがよくわかる胸熱ドキュメンタリー映画『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング』
- 映画上映会レポート:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024
- 心からの感謝を込めて――【スピンオフ】シンバシコイ物語 –少しだけその先へ−
- 劇団フライングステージ第50回公演『贋作・十二夜』@座・高円寺
- トランス男性を主演に迎え、当事者の日常や親子関係をリアルに描いた画期的な映画『息子と呼ぶ日まで』
- 最高!に素晴らしい多様性エンターテイメント映画「まつりのあとのあとのまつり『まぜこぜ一座殺人事件』」
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 依存症の問題の深刻さをひしひしと感じさせる映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
- アート展レポート:ジルとジョナ
- 一人のゲイの「虎語り」――性的マイノリティの視点から振り返る『虎に翼』
- アート展レポート:西瓜姉妹@六本木アートナイト
- ラベンダー狩りからエイズ禍まで…激動の時代の中で愛し合ったゲイたちを描いたドラマ『フェロー・トラベラーズ』
- 女性やクィアのために戦い、極悪人に正義の鉄槌を下すヒーローに快哉を叫びたくなる映画『モンキーマン』
- アート展レポート「MASURAO GIGA -益荒男戯画展-」
- アート展レポート:THE ART OF OSO ORO -A GALLERY SHOW CELEBRATING 15 YEARS OF GLOBAL BEAR ART
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