REVIEW
パトリック・リネハン&エマーソン・カネグスケ『夫夫円満』
大阪・神戸総領事のパトリック・リネハンさんとその夫のエマーソン・カネグスケさん。日本に同性婚カップルの姿を伝え、コミュニティに多大な貢献をしてくれたお二人が、日本を経つ前に、素敵な贈り物をしてくれました。『夫夫円満』は、LGBTのことだけでなく、お二人の生い立ちや出会いについても綴られた、感動の物語です。

大阪・神戸総領事のパトリック・リネハンさんとその夫のエマーソン・カネグスケさん。日本に同性婚カップルの姿を伝え、コミュニティに多大な貢献をしてくれたお二人が、日本を経つ前に、素敵な贈り物をしてくれました。『夫夫円満』は、LGBTのことだけでなく、お二人の生い立ちや出会いについても綴られた、感動の物語です。レビューをお届けします。(後藤純一)
2011年8月、在大阪・神戸アメリカ総領事館に着任したパトリック・リネハン総領事はオープンリー・ゲイで、夫のエマーソン・カネグスケ氏は、日本政府が外交官の同性婚のパートナーに対して、外交ビザを発給した初めてのケースとなりました。
お二人は、日本では「見えない」存在である同性婚カップルとして、たくさんの取材に応え、東京レインボーパレードのステージなどでもスピーチし、淀川区をはじめ各地でLGBTについての講演を行い、LGBTの子どもたちへの応援メッセージを寄せたり、LGBTコミュニティにも多大な貢献をしてくださいました。
そうしたことだけでも充分素晴らしいし、感謝の気持ちでいっぱいなのですが、最後にお二人は『夫夫円満』という本をプレゼントしてくれました。
お二人は、ゲイどうしで結婚し、互いに夫であることを、日本に着いたときから周りに語ってきました。時には「それで、奥さんは?」と聞かれたりもしたそうですが、高円宮との会食ではとても自然に接してくださって感激しくたり、また、エマーソンさんが「関西日本婦人の会」の会長に迎えられ(素敵!)、そこに来られた女性が朝日新聞の「ひと」欄を示して、いっしょに写真を撮ってくださいとお願いしたり…など、心あたたまるエピソードがたくさん綴られています。
『夫夫円満』には、カミングアウトのことやゲイライツムーブメント(LGBT権利擁護運動)のことなどもさまざま書かれていますが(特に「TED×Kyoto」に出演したときのスピーチ原稿は素晴らしいです)、パトリックさんとエマーソンさんが、どういうふうに生まれ育ち、どのように自身のセクシュアリティと向き合い、どんなゲイライフを送ってきたかということが、それぞれの言葉で語られており、筆者はそこに最も魅かれ、感動いたしました。このレビューではそこを中心にお伝えします。
まずビックリしたのが、お二人が出会ったのが新宿二丁目だということ。2002年、外国人と日本人の出会いの場となっている老舗ゲイバー(たぶん「GB」)で、初め、エマーソンさんはパトリックさんの隣にいたイケメン系の方に声をかけたのですが、一目惚れしたパトリックさんの積極的なアピールと紳士的な態度が次第に心を動かし、いくつかの障壁(それぞれ元彼や新しい恋人候補がいたり、日本を離れたり)を乗り越え、めでたくおつきあいするに至ったのです。そして2007年、赴任先のカナダで、お二人は家族や友人に祝福されながら結婚します。出会いが小さな奇跡だというのは万国共通だなあと感じさせられる、とてもドラマチックな物語です。
アメリカのカトリックの家に双子として生まれ、外見はそっくりなのに兄がストレートで自分はゲイに生まれたというパトリックさん。学校で「FAG(オカマ)」と言われ、難関の外交官試験にようやく通って入った国務省で「ゲイは出て行け」と言われ、決してセクシュアリティのことは言わないようにしてやり過ごしてきたそうですが、妹の方がレズビアンであることを先に親にカムアウトし、それから自分も、エマーソンさんに言われてやっとカムアウトしたそうです。
エマーソンさんはブラジルの日系移民(祖父母が沖縄人)の貧しい家庭に生まれ、中学を出てすぐ(「トップガン」に憧れて)軍の航空学校に入ります。航空学校のフライトアテンダントの恋人ができ、母親にカムアウトするも、母親は泣き叫び、精神科医のもとへ連れて行かれたりします。やがて、ゲイは即クビという軍の厳しさに疲れて辞職し、日本に出稼ぎに来て、建設現場で肉体労働をします。初めて二丁目のことを知り、出かけてみると、ブラジルとの違い(大きくて開放的なクラブなどではなく、小さいスナックがひしめきあい、そこで出会いやハッテンが全部行われている)に驚きます。そして2002年、パトリックさんと出会うのです。
大阪神戸総領事とその夫というような社会的地位にある方は、きっとエリート中のエリートで、何不自由のない暮らしをしてきた、ゲイとしても日本のぼくらなんかよりよっぽど模範的、というイメージを持たれる方もいらっしゃるかと思いますが、決してそうではありません。
もともとオープンでもアクティビストでもなかったお二人が、2002年に二丁目で出会い、その出会いがお互いを強くし、結婚を機にカミングアウトを決意し…その姿はぼくらと何も変わらないと思います。
それにしても、二丁目で出会ったお二人が日本に赴任してきて、このように日本のLGBTコミュニティに素晴らしい貢献をしてくださるようになった——世界的なLGBTを取り巻く状況の進展と絶妙なタイミングで交差し、二丁目というゲイシーンの中心地とも交差して今ここに至る——というのは、なんとも感動的ではないでしょうか。「縁」というものを感じずにはいられません。
そして、これは蛇足かもしれませんので、読み飛ばしてくださって結構なのですが、パトリックさんのストーリーは否応なしに映画『あなたを抱きしめる日まで』のマイケル・ヘス(アンソニー・リー)を思い出させました。アイルランド系アメリカ人で、年も近く(2歳違い)、カトリックの厳格な家庭に育ち、ゲイであることを表には出せないまま国家の中枢に近い所で働き…という共通点があるからです(もしかしたら、パトリックさんはマイケル・ヘスに会ったことがあるかもしれませんね)。しかし、パトリックさんは、彼とは全く違う人生を歩みました(人間の運命、神の采配ということについて考えずにはいられません)。エイズ禍の時代を生き延び、最愛のパートナーとともに家庭を築き、素晴らしい活動によって多くの人に感謝され、幸せに満ちあふれた人生です。おこがましいかもしれませんが、心から祝福したい気持ちです。
夫夫円満
著:パトリック ジョセフ リネハン、エマーソン カネグスケ/東洋経済新報社/1620円(税込)
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