REVIEW
『同性パートナーシップ証明、はじまりました。』
あの人気クイーン・エスムラルダさんが、渋谷区と世田谷区の同性パートナーシップ証明制度に関わった人たちへのインタビューを通じ、発端から成立に至るまでのヒストリーを丁寧に書き起こした著作です。司法書士の方による公正証書作成の手引きも資料などももりだくさん。「これを読まずして同性パートナーシップ証明を語るなかれ」的な一冊です。
劇団フライングステージ新作公演『8』のポストパフォーマンストークでエスムラルダさんが語っていた本が、ようやく世に出ることになりました。その名も『同性パートナーシップ証明、はじまりました。』。あのホラー系ドラァグクィーンがいったいどんな本を書いたの?と気になっている方も多いと思います。ご紹介したいと思います。(後藤純一)
エスムラルダさんが手がけた第1章「同性パートナーシップ証明はなぜ、いかにして生まれたのか」は、ふざけたところは少しもなく(拍子抜け…でも、逆にエスムラルダさんのキャラとのギャップが面白いかも)、渋谷区・世田谷区の大勢の関係者の方々へのインタビュー取材をもとに、パートナーシップ証明制度の構想が誕生し、成立するまでの物語が記述されています。事実関係が本当に詳細にわかるだけでなく、ドラマチックでもあるストーリーです。
渋谷区編は「すべては、いくつかの出会いから始まった」というフレーズで始まっています。グリーンバードの代表をつとめていた長谷部健さんが、歌舞伎町でゴミ拾いのボランティアをやっていた杉山文野さんと出会ったというのは、これまでにもいろんな記事で紹介されていましたが、長谷部さんだけでなく、桑原元区長、議会で質問した岡田マリ区議、岡田さんとともに総務区民委員会の委員をつとめる栗谷順彦区議、渋谷区教育委員会の元教育長である池山世津子さんといった、条例成立に重要な役割を果たした方たちが、みなさんそれぞれにLGBTの人たちとの関わりをもっていて、LGBTにとってよりよい制度とは?ということを真剣に考えてきたということが、よくわかります。
世田谷区に関して言うと、渋谷区があの条例案を発表して慌てて追随したのではなく、その前から制度づくりに向けて動いていた(表に出ていなかっただけで、同時進行だった)ということがわかります。上川さんが女性のパートナーと子どもを育てている西川麻美さんという方に声をかけ、世田谷のゲイカップルやレズビアンカップルによる「世田谷ドメスティックパートナーシップ -レジストリー-」という集まりができ、あるべき制度の姿を話し合ったり、区役所に出向いて職員に話したりということをしていました。巻末の資料には、「世田谷ドメスティックパートナーシップ -レジストリー-」が世田谷区に提出した要望書も掲載されています。それぞれのカップルの具体的なエピソードが綴られていて…涙を誘います。
第2章は、「同性パートナーシップ証明 手続き編」。具体的に公正証書を作成するにはどうしたらいいのか、ということを、司法書士のKIRAさん(東さん&増原さんの公正証書作成を手がけた方)が解説しています。が、それだけでなく、そもそも証明書がどういう意味を持つものなのかを内外の結婚証明書と比較して見せたり、渋谷区と世田谷区の証明書の違い、さらには、結婚と養子縁組の違いまで教えてくれていて、本当に面白い読み物になっています(語り口もやわらかいです)
資料もたいへん充実していて、両区の条例/要綱の全文はもちろん、東さん&増原さんの公正証書の実物や「世田谷ドメスティックパートナーシップ -レジストリー-」が世田谷区に提出した要望書、世界の同性婚・同性パートナー法事情の解説なども盛り込まれています。
あとがきでエスムラルダさんが、ちょっと非科学的だけど「生まれるべくして生まれた」と思った、と書いていますが、ある意味、神の采配というか、出会うべくして出会った人たちによって、時機を得て、両区のパートナーシップ証明が生まれたんだなあと。
世田谷区は、上川あやさんという、かつて性同一性障害特例法を実現させた極めて優秀な政治家が、素晴らしくLGBTフレンドリーな(国会議員として初めてパレードを歩いた)保坂区長のもとで、とてもオーソドックスな筋道で(当事者の声を区に届けることで)パートナーシップ証明を実現させたのに対し、渋谷区の場合は、いろんな人たちが、たまたま身近にいたLGBTのために動いた、ある意味、「なんとかしてあげたい」という人としての情があの条例を生み出したということが意外といえば意外でした。人と人との出会い、縁から生まれる「友情」「連帯」のような思いがアライの方たちを動かしたのです(政治って本来そういうものだよなぁ…ということも改めて感じさせられました)
「パートナーのいない自分にとって、同性婚や同性パートナー法を求めるのはおこがましいこと」「どこか他人事」「日本でも認められるようになったら、ノンケの独身者と同様、結婚しないのか?と肩身の狭い思いをするようになるのだろうか」と思っていたエスムラルダさんがこういう本を出した、というところが面白いと思います(逆に、そういう人だからこそ、客観的に、純粋な目で書けたのかもしれません)
それと、渋谷区の新条例案の発表に際して、ホームレスの人たちを排除してるじゃないかといった批判や、何か裏があるのではないかという憶測が飛び交っていたと思いますが、まずはこの本を読んでいただき、ここに書かれていることをベースに話しましょうよ、と思いました(そういうことに値する基礎的な資料になっていると思います)
そしてもちろん、「自分の住んでいる市(や区)でも同性パートナーシップ証明が実現したら…」と願う方たちにとっても、この本がバイブルのような役割を果たすことと思います。
なお、この本の刊行に携わったポット出版は、これまでにも伏見さんの本や田亀さんの本などを多数手がけてきた(たぶん日本一)ゲイフレンドリーな出版社です。2000年に東京レズビアン&ゲイパレードとレインボー祭りが初開催された際には、関係者の貴重な語りを収録した『パレード』という本を出版しています。今回の『同性パートナーシップ証明、はじまりました。』も、日本で初めて同性パートナーシップ証明が始まった歴史的な第一歩に際し、これがどのように成立したのか記録しておいたほうがいいのではないかという、社長さんの意向があったことは間違いないと思います。
ちなみに今年から、沢辺さんは、グッドエイジングエールズの松中権さんといっしょに、神宮前二丁目新聞というフリーペーパーを作っています。「irodori」などにお越しの際、ぜひ手にとって見てみてください。
同性パートナーシップ証明、はじまりました。
著者:エスムラルダ、KIRA/ポット出版/1700円+税/12月4日発売
INDEX
- ホモフォビアゆえの悲劇的な実話にもとづく、重くてしんどい…けど、素晴らしく美しい映画『蟻の王』
- 映画『パトリシア・ハイスミスに恋して』
- アート展レポート:shinji horimura個展「神と生きる漢たち」
- アート展レポート:moriuo個展「IN MY LIFE2023」
- 「神回」続出! ドラマ『きのう何食べた?』season2
- 女性たちが主役のオシャレでポップで素晴らしくゲイテイストな傑作ミステリー・コメディ映画『私がやりました』
- これは傑作! ドラマ『ゆりあ先生の赤い糸』
- シンコイへの“セカンドラブ”――『シンバシコイ物語 -最終章-』
- 台湾華僑でトランスジェンダーのおばあさんを主人公にした舞台『ミラクルライフ歌舞伎町』
- ミュージカルを愛するすべての人に観てほしい、傑作コメディ映画『シアターキャンプ』
- 史上最高にゲイゲイしいファッションドキュメンタリー映画『ジャンポール・ゴルチエのファッション狂騒劇』
- ryuchellさんについて語り合う、涙、涙の番組『ボクらの時代 peco×SHELLY×ぺえ』
- 涙、涙…実在のゲイ・ルチャドールを描いた名作映画『カサンドロ リング上のドラァグクイーン』
- ソウルにあったハッテン映画館の歴史をアニメーションで描いた映画『楽園』(「道をつくる2023」)
- 米史上初のゲイの大統領になるか?と騒がれた人物の素顔に迫る映画『ピート市長 〜未来の勝利宣言〜』
- 1920年代のベルリンに花開いたクィアの自由はどのように奪われたのか――映画『エルドラド: ナチスが憎んだ自由』
- クィアが「体感」できる名著『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ』
- LGBTQは登場しないものの素晴らしくキャムプだったガールズムービー『バービー』
- TORAJIRO 個展「UNDER THE BLUE SKY」
- ただのラブコメじゃない、現代の「夢」を見せてくれる感動のゲイ映画『赤と白とロイヤルブルー』