REVIEW
文藝賞受賞、芥川賞候補の注目作――ブラックミックスのゲイたちによる復讐を描いた小説『ジャクソンひとり』
人種とセクシュアリティというインターセクショナルな差別を経験してきた男の子たちによる復讐の物語。これまでに読んだことのないような小説になっています。

アフリカのどこかと日本のハーフで、昔モデルやってて、ゲイらしい――職場でそう噂されるジャクソンが主人公の小説『ジャクソンひとり』。2022年、第59回文藝賞を受賞し、芥川賞にもノミネートされています。人種とセクシュアリティというインターセクショナルな差別の経験がリアルに描かれているだけでなく、そうした差別に直面してきた男の子たちによる復讐の物語でもあり、これまでに読んだことのないような小説になっています。
<あらすじ>
「実際に生きてるってこと。盗用したポルノごっこじゃなくて」
アフリカのどこかと日本のハーフで、昔モデルやってて、ゲイらしい――。
スポーツブランドのスタッフ専用ジムで整体師をするジャクソンについての噂。
ある日、彼のTシャツから偶然QRコードが読み取られ、そこにはブラックミックスの男が裸で磔にされた姿が映されていた。
誰もが一目で男をジャクソンだと判断し、本人が否定しても信じない。
仕方なく独自の調査を始めたジャクソンは、動画の男は自分だと主張する3人の男に出会い――。
これまでに読んだどんな小説とも違っていました。
主人公(をはじめとする登場人物)は「ココアを混ぜたような肌」(ブラックミックス)のゲイの若者。描かれるロケーションはスポーツジム、高級ホテル、湾岸のクラブ(ageHaを想定?)…実に東京だし、ある意味、ゲイチックです。そして、リアリティ番組を観ているところとか、自転車で通勤してるところとか、クラブに行くところとか、服装とか、日常生活のディテールも実にイマドキだし、ある意味、ゲイチックです。でも、そうしたバイブスや空気感を「オシャレさ」として楽しむような小説ではありません。もっとエグくて、残酷で、一方で、透徹した知性やタフな行動力も感じさせるような作品です。
これはゲイ小説なのだろうか…と考えました。主人公のジャクソンをはじめ4人ものゲイの男の子が登場する、彼らが主役の小説であることは確かだと思うのですが、だとしてもそれは「まったく新しい」ゲイ小説だと感じました。ゲイであること自体は異常でも倒錯でもない、というのは当然ですし、ゲイの登場人物がステレオタイプな描かれ方をしていない(バラエティ番組や以前の映画に描かれたようなオネエじゃない)、今のゲイそのものなしゃべり方やライフスタイルであるというところもよいと思います。一抹の屈折というか、内なるホモフォビアを感じさせるシーンもあったりします(それ自体もリアルです)。でも、セクシュアリティのことよりも何よりも、これはミックス・ルーツの人々への差別を告発し、怒りを表現した作品だと感じました(レイシャル・プロファイリングなど、日々直面する理不尽な事柄が克明に描かれています)。自分自身の肌の色について特に何も違和を覚えずに生きてきた人間として、日本に暮らすブラックミックスの男性が直面する様々な現実についての描写を読んで、気づかされ、反省させられる部分が多々ありました。そして、そういう肌の色でありなおかつゲイであることというインターセクショナルな経験の、新鮮なインパクトに圧倒されます。差別をめぐる実に用意周到で考え抜かれた表現がところどころに描かれ、唸らせます。
エイジという上司が出てきます。主人公のジャクソンを気に入り、採用してくれた人で、ジャクソンの味方…のはずだったのですが、ジャクソンが肌の色についての差別的な言動を受けたり、セクシュアリティについて取り沙汰されたりということを人事部に度々報告していたことに対して、次第に態度を変えていきます。本当は差別するような人じゃないような人が、差別を受けていると声を上げ続ける人の行為に対して不快感のようなものを感じ、差別者の側に回りはじめる心理的な推移がリアルに描かれていて、実に興味深かったです。
ストーリーにはあまり触れませんが、これは復讐の物語です。エキサイティングな展開ですが、筆致はあくまでもドライでクール(音楽でたとえると、アッパーなHOUSEではなく、ダウナー系なHIP HOPのような)。ジャクソンが出会う同じように「ココアを混ぜたような肌」の持ち主である男の子たちが集うシーンはどこかほのぼのとして温かみも感じさせますが、静かな怒りが通奏低音のように流れています。
作者・安堂ホセさんへのインタビューであるハフポスト「「多様性について考えてくれただけでありがたい」とは思わない。『ジャクソンひとり』の“復讐”が意味するもの【芥川賞候補作】」が、このスゴい小説を描いた安堂ホセさんってどんな人なんだろう?という関心にとてもよく応えてくれる良記事だと思います。安堂さんがどういうことをどのように描きたかったのか、逆に、どういうことを描きたくなかったのか、といったことが実によくわかりますし、このインタビューを読むと、きっと『ジャクソンひとり』を読まずにはいられなくなるのではないかと思えます。
なお、安堂さんは(当然ゲイだと思っていたのですが)自身のセクシュアリティについてカミングアウトと言えるようなかたちの公表はしていないようです。ブックバンの「「舐めた態度で読んでもらえるようにしたかった」過激動画の張本人と疑われたブラックミックスの主人公を描いた作家・安堂ホセが語る」というインタビュー記事のなかで「ゲイの書き手がゲイの小説を書くときに一人称を使うと、自分の話やエッセイみたいなものと思われて、小説と思ってもらえなかったりすることがあるなと前から思っていました。たとえば悲しい状態を一人称で書くときに、書き手よりも読み手のほうが入り込みすぎちゃうというか。悲しい話で悲しい語り方です、となると読んでいる人からしたらそれは単純にしんどかったり、最初の時点でこの作者は何を訴えたいかを決めつけて、読む気がなくなっちゃうことがあるのかなと思って」と語っていて、文脈的に、ゲイの小説について作者が語るインタビューのなかでこう語っているのだから、この「ゲイの書き手」はどう考えてもご自身のことだろうと思いました。が、これをもってカミングアウトとは言えないかな…とも思います。
(文:後藤純一)
ジャクソンひとり
著:安堂ホセ/刊:河出書房新社
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