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ゲイに関する映画も多数!「松嶋×町山 未公開映画祭」

現在Web上で公開されている「松嶋×町山 未公開映画祭」には、同性愛に関する映画も多数、含まれています。そうした作品をピックアップして、レビューをお届けいたします。

ゲイに関する映画も多数!「松嶋×町山 未公開映画祭」

 アメリカのドキュメンタリー映画を熱心に日本に紹介してきた映画評論家の町山智浩さんが、「実際にその映画自体を観てみたい」という水道橋博士さんの尽力もあって、オセロの松嶋尚美さんをコメンテーターに迎え、2009年からTOKYO MXで『松嶋×町山未公開映画を観るTV』をスタートさせました。作品のコアな部分を巧く解説する町山さんと、天然な魅力の松嶋さんとの絶妙なかけあいも功を奏し、この番組は、大きな話題を呼び、昨年11月に『松嶋×町山未公開映画を観る本』が出版され、番組内で取り上げられた39作品が「松嶋×町山 未公開映画祭」として全編Web上で公開され、また、現在、そのうちの9本が「リアル!未公開映画祭」として映画館で上映されるに至っています。

 この39本の中には、ゲイに関係がある作品、またゲイ的に興味津々な作品、ゲイだからこそ「響く」作品など、いろいろあります。そうした作品をピックアップして、レビューをお届けいたします。
 寒い季節、おうちでまったりと楽しむのにピッタリかと思います。ぜひご覧ください(1作品500円/72時間、5作品まとめると2000円です)


「松嶋×町山 未公開映画祭」公式サイト


『クローゼット~ゲイ叩き政治家のゲイを暴け!』
 


 昨年の東京国際レズビアン&ゲイ映画祭でも上映された『アウトレイジ』です。
 クローゼット議員の恐るべき偽善を暴き、ゲイにとっての真の敵は誰か?を浮き彫りにしてみせた衝撃のドキュメンタリーで、アカデミー賞ノミネート作品でもあります。
 政治家、クローゼット議員を暴く活動家(ブロガー、団体の人、ラジオのパーソナリティなど)、そうした議員の周囲にいる人々の証言など、数多くのインタビューはもちろん、テレビ番組、動画、投票のデータのCGなどで立体的に構成され、決して単調ではなく、スリリングで、イイタイコトがビシビシ伝わってくる作品でした。
 自分自身、男と寝る男であるにも関わらず、妻子を持ち、決して同性愛者であることがバレないようにするために、率先して同性愛者の権利にとってプラスになるような政策(HIV対策、憎悪犯罪、軍隊、同性婚など)に反対票を投じて、多くの同性愛者たちを苦しめ、命を奪ってきたクローゼット議員。演劇『エンジェルス・イン・アメリカ』のロイ・コーン(その脚本家、トニー・クシュナーも登場していました)のセリフ「私は同性愛者ではない。ただ、男とも寝るだけだ」がそれを象徴しています。共和党のゲイ団体のリーダーは「カミングアウトするやつは弱いやつだと言われる。黙り続けることが男らしい」と語っていました。「男の沽券」にこだわる(女性を見下す)男性にとって「FAG(オカマ)」と呼ばれることは、このうえなく屈辱的なのでしょう。そして、(特に共和党の)政治家にとって、ゲイであることは政治家としての死を意味するのです。
 数多くの議員が登場しました。元ニューヨーク市長のエド・コッチ。つきあっていた彼氏は、当選後、その存在が不都合になり、ニューヨークを追放され、エイズで亡くなったといいます。オハイオ州の上院議員は、同性愛行為をすっぱぬかれたにも関わらず、素知らぬ振りでした。フロリダ現州知事は最悪で、選挙のたびにカモフラージュで女性の恋人を作ってきました。もし彼がクローゼットでなかったら、フロリダが、同性婚が禁止されたばかりか全米で唯一ゲイカップルの養子縁組が禁止される州になることもなかったでしょう。そして、この映画の中で「絶対にクローゼット・ゲイだ」と言われていたケン・メールマンは、昨年8月に電撃カミングアウトしました(詳しくはこちら
 初めはクローゼットでも、途中からカミングアウトした議員も大勢いました。ニュージャージー州のマクグリービー知事は、ゲイだとカムアウトして全米に衝撃を与え、「ゲイだから」ではなく「妻への不誠実に対して」責任を感じ、辞任しました。彼は泣きながらインタビューに答えていました。彼の祖母の「神様はそのようにあなたをお造りになったのよ」という言葉が印象的でした。
 

『シェルビーの性教育~避妊を学校で教えて!』


 テキサス州の小さな町ラボック。福音派(※)の牧師が子どもに「純潔の誓い」(結婚するまでセックスは禁止)を強要し、公立学校で性教育は一切行われないため、生徒たちはコンドームの使い方も知らず、結果、ラボックは全米で最も妊娠率と性感染症罹患率が高い町になっています。そんな町の青年会に所属する16歳の少女・シェルビーは、これではいけない、性教育が必要だと考え、行動を始めます。彼女の行動はテレビを通じて全米の注目を集めるようになります。
 シェルビーはいろんな人にビデオ・インタビューするうちに「同性愛者は純潔の誓いさえ、させてもらえない」ということに気づき、教育委員会と闘うゲイの生徒たちの団体に協力するようになります。「ゲイ&ストレート同盟」のミーティングに出席し、この町のゲイたちがどんな仕打ちを受けているかを聞いて涙します。同性愛について牧師にもインタビューし、デモにも参加します。しかし、シェルビーの両親は「なぜゲイのために闘う? 同性愛には寛容になれない。目立つ行動は取るな」と反対します。果たしてシェルビーの運命は…
 邦題や予告動画を見ると、シェルビーはあたかも性教育を求めて活動しているかのように見えますが、後半は同性愛者支援活動のほうがメインです。
 あんなに保守的な町に生まれ、両親の下で「純潔の誓い」までしたのに、シェルビーは、曇りなき目、素直な心で現実を見つめ、ガンガン反対されてもあきらめず、勇気をもって現状を変えようと行動し続けます。まるで現代版『ヘアスプレー』のような彼女の姿には、思わず感動させられます。彼女こそ、未来のアメリカ大統領だ、と思ったりします。
 なぜアメリカで同性愛嫌悪が根強く残っているのかというところも、本当によくわかる作品。ぜひ、ご覧いただきたいです。

※福音派:いわゆるキリスト教原理主義。ブッシュ大統領も福音派信者であったことは有名で、禁欲教育(コンドームの不使用)を国是とし、ラボックのように望まない妊娠や性感染症の拡大を招きました。カトリックと同様、中絶と同性愛に断固として反対する立場です。キリスト教原理主義の狂気じみた恐ろしさについては、『ジーザス・キャンプ〜アメリカを動かすキリスト教原理主義〜』をぜひ、ご覧ください。


『ノット・レイティド~アメリカ映画のウソを暴け!』



 アメリカ唯一の映画倫理委員会「MPAA」。アメリカで上映される映画に対し、PG13(13歳未満の子どもにはふさわしくない)、R指定(17歳以下の子どもは親と同伴で)、NC17(17歳未満の子どもは観てはいけない。要は18禁)といったレイティングを施す機関です。レイティングされた映画は上映も宣伝も制限されるため、映画にとっては命取りです。このMPAA、特に性的な描写や同性愛作品に対しては、時代錯誤とも言うべき不思議な恣意性で厳しく規制をかけ、その基準も明確にはされないため、多くの映画監督たちの不信や反感の的となり、アメリカ映画の発展を妨げてきました(無害でつまらない映画が量産され、自由で芸術性の高い作品が衰退します)。いったいMPAAはどんなメンバーで構成され、どのように審議が行われているのか? その存在は長い間、謎に包まれていました。これを暴こうと、監督(『アウトレイジ』と同じカービー・ディック)は、私立探偵を雇い、少しずつその全貌を明らかにしていきます。驚きの連続で、とてもスリリングな、ものすごく重要な意義を持つ作品でした。

 冒頭、FTMトランスジェンダーと女性の恋のせつなさを描き、アカデミー主演女優賞に輝いた(GLAADメディア賞では最高栄誉賞に輝いた)『ボーイズ・ドント・クライ』のキンバリー・ピアース監督が登場します。MPAAがこれを18禁に指定したのは「女性による女性の快楽の表現が理解できなかったからだ」と監督は憤ります。
 他にも多くの監督たちがカットを余儀なくされました。「権威をかさに着て勝手に作り上げた基準を押し付けている」「素晴らしい作品でもセリフ一言で上映できなくなる。子どもじみている」「同性愛者の作品は差別されている」
 
 もう1点、驚きだったのは、本筋には関係ないかもしれませんが、この映画にレズビアンの方が登場し、わざわざ監督がそこに光を当てているところです。そのエピソードは少ししか出てきませんが、とても印象的でした。監督はおそらく、同性愛者を支援する気持ちで、あえてこの方を登場させたのでしょう。好感が持てました。


『ブラック・コメディ~差別を笑いとばせ!』


「なぜ黒人の間でコメディ文化が盛んになったのか?」をテーマに、黒人のコメディ・カルチャーの歴史をたどった作品です。
 大戦前、人種差別が色濃く残っていた時代から、黒人のコメディアンは活躍していました。映画に出演し、舞台で人気を博し、そのうちTVにも出るようになりました。初めは白人が顔を黒塗りして黒人役をやっていたのですから、本当の黒人が出てきただけで画期的でした。しかし、黒人には「マヌケな」役しか許されませんでした。
 そのうち、白人への対抗としての挑戦的なネタを始める人や、人種間の対立を宥和しようとするような人も出てきました。コスビーやプライアーといったコメディアンたちは、コメディアンであると同時にアクティビストでもあったのです(「兵士よりも勇気が必要だ」)
 そしてエディ・マーフィが登場します。TVや映画で大活躍し、歴史を大きく変えていきます。
 「デフジャム」という、誰でもステージに上がれる、しかし実力主義のハコができ、たくさんのスターが誕生しました。 
 現在、黒人のコメディアンは飽和状態にあり、メッセージ性のない、下品なコメディアンが急増したといいます。「鼓舞するけど、けなさない」という基本精神を守り、コメディとは何かを考える、教養のある人が求められる時代だと言われます。

 黒人たちが熱心にコメディを追求したのは、差別されていたからこそでした。差別をも笑い飛ばし、生き抜いてきたのです。それは何も黒人に限ったことではなく、ゲイだって同じです。「ゲイにとって笑いとは何か」について考える時、この映画がさまざまなヒントを与えてくれる気がします。

 
『ステロイド合衆国~スポーツ大国の副作用』



 アメリカには、熱心にジムに通い、サプリメントを摂取し、あるいはステロイドを摂取し、バルクマッチョをめざす男たちがたくさんいます。やってることだけ見れば、ゲイも同じですが、ノンケ男性にはぜんぜん違う意味があります。ゲイのような「モテたい」という欲望以上に彼らを駆り立てるのは、アメリカのマッチョ信仰です。シュワルツェネガー、スタローン、ハルク・ホーガン…アメリカのヒーローはみんなものすごいマッチョでした。アメリカは厳しい競争社会。勝利者を好むのです(「敗者は去れ」)。しかし、過剰なマッチョ信仰の陰には筋肉増強剤・ステロイドの蔓延があり、「ステロイドは安全なのか?」をめぐって、さまざまな議論がありました。この映画の監督は、実際にステロイドを摂取している人(監督の兄弟たちや、元オリンピック選手など)にインタビューしつつ、専門家の声も聞きつつ、クスリ浸けになっているアメリカ社会の「病」に光を当てていきます。

 たしかに、母が悲しみ、子どもができなくなるといったリスクを冒してまでも、半ばクスリのような(実際、規制もされている)ステロイドの摂取をやめられないというのは、歪んでいる、病んでいると見る方も多いと思います。また逆に、オリンピック選手のドーピングは問答無用だと思います。でも、命に危険がなく、誰かに迷惑をかけることもないのであれば、一般人がステロイドを摂取してマッチョをめざすことに何の問題があるのだろう…自由の国アメリカばんざい!じゃないか、そう感じる方も多いと思います。アンビバレントですが、そこがおもしろくもあり、どこかカラっとした楽しい作品でした。
 
 監督さんもがっちび系ですが、プロレスラーのようなバルクマッチョ、がちむち系が好きな方にとってはたまらないビジュアルのオンパレードです。そういう意味でも、オススメです。

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