REVIEW
映画『恋するリベラーチェ』
11月1日からエミー賞受賞映画『恋するリベラーチェ』が封切られました。「あまりにもゲイ過ぎる」という理由で劇場用映画ではなくTV映画として制作されることになったそうですが、確かにゲイ的な、あまりにもゲイ的な映画でした。
エミー賞でリベラーチェ・トリビュートな
パフォーマンスを披露したエルトン・ジョン。
エルトンはリベラーチェに影響を受けて
ド派手なコスチュームを着るようになった、
いわば「申し子」なのです。
そんなソダーバーグ監督が、マイケル・ダグラスとマット・デイモンを主演に迎え、ゲイのエンターテイナー、リベラーチェの伝記映画を撮るという企画が発表されたのは、2008年でした。が、内容が「ゲイ過ぎる」という理由でスポンサーがつかず、製作が難航します。結局、劇場公開作品ではなく、HBO制作のTV映画として製作されることになりますが、2010年になって主演のマイケル・ダグラスに末期の咽頭がんが見つかります。その後、ダグラスががんを克服するのを待って、ようやくクランクインとなったのでした。監督はこの作品を撮ったら引退すると宣言し、魂を込めて作られた作品となりました(実際はもう1本、『サイド・エフェクト』が製作されましたが、そちらの方が先に公開されたので、日本でソダーバーグ作品の見納めとなるのは、今回の『恋するリベラーチェ』です)
そのように、本当に苦労して製作された『恋するリベラーチェ(原題:BEHIND THE CANDELABRA)』は、今年のカンヌ国際映画祭のコンペに登場し、世界的に注目を集めます(苦労が報われて本当によかったですね)
そして、今年のエミー賞(TV界のアカデミー賞)を席巻することとなりました。まず、7月にノミネートが発表され、ミニシリーズ/テレビムービー部門で作品賞ほか合計14部門で15ノミネートという『タイタニック』並みの快挙を成し遂げます。そして9月の授賞式では、監督賞(スティーヴン・ソダーバーグ)、主演男優賞(マイケル・ダグラス)ほか、最多11部門を受賞するという栄誉に輝きます。9月23日(現地時間)に行われたエミー賞授賞式は、『恋するリベラーチェ』に出演したマイケル・ダグラスとマット・デイモンがプレゼンターを務め、リベラーチェへのトリビュートとしてエルトン・ジョンがライブパフォーマンスを行うなど、『恋するリベラーチェ』一色となり、大盛況の内に終了しました。授賞式でマイケル・ダグラスは、恋人役のマット・デイモンにキスを贈り、「(この作品の演技は)パートナーに依存しなければならなかったわけだけど、あなたは素晴らしかった。だから、この受賞の半分は君のものだ」とスピーチし、会場から盛大な拍手が送られました。
ふつう、アメリカのTV映画が日本で劇場公開されるってなかなかない、異例のことなのですが、そうやって世界的に話題になり、栄えある賞にも恵まれたおかげで、ぼくらも観ることができるようになりました(本当によかった!)。11月1日から公開が始まっています。レビューをお届けします。(後藤純一)
リベラーチェ(本物)
衣装スゴすぎです。
世界的スターとして巨万の富を築いた
リベラーチェのゴージャスライフが
垣間見える一枚
左はスコット(本物)
1919年、ウィスコンシン州でポーランド系アメリカ人の音楽一家に生まれ、幼少時からクラシックピアノのレッスンを受けました。その後、大恐慌の影響を受けてクラシックの道をあきらめ、1930年代にはナイトクラブやキャバレーでポピュラーな曲を演奏するようになります。1940年代にはアメリカ中に評判が伝わり、ロサンゼルスの高級店に引き抜かれ、50年代にはTV番組に出演したり、ホワイトハウスに招かれたりするようになります。(エルヴィス・プレスリーに衣装のアドバイスをしたという逸話もあります)
その後、ピアノだけでなくゴージャスな衣装や派手なステージがウケて、アメリカだけでなく、イギリスや欧州諸国でも人気を博し、世界的スター(アイドル)となります。その稼ぎはハンパなく、エリザベス・テイラーが『クレオパトラ』で手にしたギャラが100万ドルと言われた頃、その7倍(つまり7億円!)もの年収があったと伝えられています。
映画は1977年からスタートしますが、キャンデラブラ(枝付き燭台)が載ったピアノ、リベラーチェのスパンコール満載なキラキラ衣装(隣で見ていた女性が思わず「すごーい、すごーい」と思わず声をあげていて、まるで知念里奈さんのようでした)、そして超絶技巧で繰り出されるピアノ演奏の妙とトークの面白さ、その(ゲイテイストな)エンターテインメント性が余すところなく再現されていて、素敵でした。60近くなった当時もリベラーチェは現役バリバリで、ラスベガスのクラブ(ホール)でそうやってお金持ち相手にショーを披露していたんですね。
映画ではまた、リベラーチェがネバダ州(ラスベガス近く)に所有していたプール付きの豪華な邸宅も映し出されていて、まるで美術館のようにきらびやかな調度品がたくさん並んでいました。そうしたきらびやかさをリベラーチェは「キッチュ」とやや自虐的に表現していましたが、彼の「悪趣味」とも評されるハデ好みは、ちゃんとクラシックな美意識に裏打ちされていたと思います(決して下品ではなく、それでいてまぎれもなくゲイテイストでした)。だからこそ、大衆からも支持され続けたのでしょう。
この映画の冒頭では、当時のゲイがどのように出会っていたのか?が描かれていて、面白かったです。ゲイバー(BGMはドナサマーの「i feel love」)でアイコンタクトして、それから自己紹介して、という、ネットとかスマホでお手軽に出会える時代のぼくらから見ると、何とも古風というか牧歌的なものでした(リベラーチェは大スターなので違いますけどね)
望むものは何でも手に入る大富豪のリベラーチェなら、若くてかわいいイケメンをたくさんはべらしたり、恋人以外にも何人も愛人をつくったり、男の子と次々に関係を持ってボロ雑巾のように捨てたりとかもできたハズ。だけど、そうせずに、(何年か経つと飽きて次に行くという繰り返しではありましたが、つきあってる時は)きちんと紳士的に一人の彼氏とつきあい、ロマンチックなデートをして、彼氏にたくさんの贈り物をして、あまつさえ養子縁組さえ考えていた…男女のカップルと同じように(あるいは、スコットの場合、父と子のように)つきあっていたのです。
スコットはたぶん他の男の子たちと違い、お金目当てというよりも、本気でリベラーチェという輝かしい才能を持った人間に魅了され、尊敬(崇拝というか)の念で彼とつきあいはじめたんだと思います(それ以前に、フケ専でもあったと思います)。本当に誠実に、心からリー(=リベラーチェの愛称)を愛したんだと思います(そういえばハーヴェイ・ミルクの最愛の彼氏もスコットでしたね。すごい偶然)
リーもまた、そんな彼を特別に愛していました。だからこそ、死期を悟った時に、リーはああいうふうに言ったのです(何と言ったのかは、ぜひ映画で観てください)。あれは嘘のない、真実の言葉でした。一生添い遂げることが夢物語だった時代のゲイにとって、あれは最上級の褒め言葉だったんじゃないでしょうか(正直、ちょっと泣けました)
マット・デイモンはインタビューで「スコットの愛は本物だった。ただ、そう単純なものではなかったと思う。彼は里親に育てられ、本当の家族を求めていた。それを与えてくれたのがリーだった。彼らは心の底から愛し合っていたと思う」と語っています。
リベラーチェは死ぬまでゲイであること(そしてエイズで死ぬこと)をひた隠しにしようとしました。それは、1910年代生まれの人間にとっては当然の感覚だろうと思います。50年代、商業的な成功を収めていた絶頂期、リベラーチェは大衆紙に「ゲイじゃないの?」と書かれ、恐怖を味わいます(まだ同性愛が違法で、ゲイバーにいただけで逮捕されるような暗黒時代でした。ゲイだということになれば、キャリアの終焉を意味します)。後に裁判で名誉毀損を勝ち取ったこともあり、彼は後に引けない(決してゲイだと認められない)状況にハマりこんでいったのではないかと思います。
マット・デイモンは「聞いた話によると、スコットとの関係が明るみに出たその夜、リベラーチェはステージ裏で怯えきっていたそうだ。彼はやじやブーイングを受けるんではないかと恐れていた。ファンは自分を許してくれず出ていけと言うに違いないと思っていたんだ。そして彼がステージに上がると観客は拍手喝采で迎えてくれた。その時彼は初めて『大丈夫なんだ、受け入れてもらえるんだ』と気づいたんだと思う。彼のように怯えて暮らすのがどんなにつらいことか、僕には想像もつかないよ」と語っています。
もしリベラーチェがあと30年遅く生まれていて、もっとゲイがオープンに生きられる時代に活躍していたら、エルトン・ジョンのような存在になっていたかもしれません。スコットも堂々と外でデートしたり(アカデミー賞の会場にもパートナーとして同伴できたかも)、ヤク中になったりもせず、結婚して、生涯のパートナーになっていたかもしれません。そして、リベラーチェもエイズで亡くなることはなかったかもしれません。
少なくとも、スコットが彼と結婚できていたら、たとえ捨てられたとしても、妻として多額の慰謝料をもらうことができたはずです(相手が大富豪であればなおさらです)。実際はたったの7万5千ドルだったそうですが…(映画でも、そのあたりの不条理さが描かれています)
しかし、こうした歴史上の「if」は、えてして無粋なものです。あの時代、あのような特別な状況だったからこそ、あのようなたぐいまれな、ドラマチックな(そして、一部グロテスクな)ロマンスがありえたのです(だからこそ、こうして映画にもなっているわけです)
スコットを演じたマット・デイモンはハマり役だったと思います。「これは惚れるよなぁ」というセクシーさと、田舎っぽい純朴さを兼ね備え、説得力がありました(実は彼がゲイを演じるのは初めてではなく、『リプリー』以来なのですが、以前の不気味な感じではなく、「ストレート」なゲイでした)
しかしやはり何と言っても、『氷の微笑』でシャロン・ストーン相手にマッチョな男を演じたあのマイケル・ダグラスが、ダミ声で「豪華な年老いたゲイ(オバサン)」を怪演していたのがスゴいです。末期ガンから復帰して演じたこの役には、並々ならぬ思い入れがあったんでしょうね。気迫が感じられます。(ちなみにマイケル・ダグラスは1982年のゲイ映画『Making Love』への出演をオファーされながら断ったことがあります。時代は変わりましたね〜)
それから、スコットの前の彼氏・ビリーを演じていたのが「glee」でボーカルアドレナリンの新任コーチを演じていたシャイアン・ジャクソン(オープンリー・ゲイの方です)、そして用心棒役で登場するのが「glee」でカートのお父さん役だったマイク・オマリーだったりして、「glee」に縁のあるキャスティングだったりもします。
文句なしに適材適所なキャスティングだったのですが、加えて演出の妙も光っていました。ソダーバーグ監督は、リベラーチェの金に糸目をつけないゴージャスさや、整形のくだり(美容外科医の引きつったような顔がスゴい)など、ワイドショーや女性週刊誌が取り上げそうな素材をしっかり見せると同時に、笑えるシーンもふんだんに盛り込んだエンタメ作品に仕上げていました。
コメディタッチであるがゆえに、深刻になり過ぎず、ゲイが観ても不快に感じることなく、誰でも楽しめる作品になっていると思いました(キスシーンはありますが、ロコツな性描写はなく、未成年でもOKだと思います。一般的なドラマと同じです)
また、製作陣はほぼノンケの方ばかりなのに、(昔とは違って)ステレオタイプなゲイ像で笑いをとるわけでもなく、徹底してゲイ寄りな作品(笑いのツボさえもゲイテイスト)になっていて、これって実はスゴいことかも、と思いました。
ちなみに、映画の最後に「マーヴィン・ハムリッシュに捧ぐ」というテロップが入りますが、この映画は、『コーラスライン』や『追憶』(バーブラが歌う主題歌「The Way We Were」など)の音楽を手がけたマーヴィン・ハムリッシュが最後に音楽を手がけた作品となりました。
というわけで、『恋するリベラーチェ』をぜひ、ご覧ください。
恋するリベラーチェ
2013年/アメリカ/監督:スティーヴン・ソダーバーグ/出演:マイケル・ダグラス、マット・デイモンほか/配給:東北新社/新宿ピカデリーほかでロードショー公開中
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INDEX
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