REVIEW
映画『あなたを抱きしめる日まで』
50年前に生き別れた息子との再会を願う母親の、奇跡の実話を映画化した『あなたを抱きしめる日まで』。コメディ・タッチでありつつ、人生とはこんなにも驚きに満ちているのか…と感嘆させられるような、味わい深く、涙なしには観られない名作です。

50年前に生き別れた息子との再会を願う母親の、奇跡の実話を映画化した『あなたを抱きしめる日まで』。予想を心地よく裏切られるコメディ・タッチでありつつ、人生とはこんなにも驚きに満ちているのか!と感嘆させられるような、社会の不条理をえぐり巨悪を追及するような、宗教っていったい何?と考えさせるような、とても実話とは思えない、含蓄に富んだ、素晴らしい大傑作でした。正直、最初から最後まで、ずっと泣いていた気がします。レビューをお届けします。(後藤純一)







1952年アイルランド。未婚の母になるという「罪」を犯したフィロミナは、無理やり修道院に入れられ、息子をアメリカに養子に出されてしまった。それから50年もの間、フィロミナはイギリスで娘と暮らしながらも、常に手離した我が子のことを案じていた。娘は偶然、ジャーナリストのマーティンと知り合い、生き別れの息子を探す母のことを記事にしてほしいと頼み込み、マーティンとフィロミナはアメリカに旅立つのだが……
映画情報サイトでこうした紹介文を読んだ方の多くは、『母をたずねて三千里』の逆バージョン的な「感動の再会を果たしてめでたしめでたし」というお決まりの展開や、重くてシリアスなドキュメンタリータッチの作品を想像すると思うのですが、この映画はそうした予想を見事に、鮮やかに裏切ってくれます。エリート記者・マーティンと飄々としたおばあちゃん・フィロミナのデコボココンビが繰り広げる珍道中は、笑いの連続。軽妙なタッチで、ほとんど手がかりのない息子の消息をまるでミステリーのようにひとつひとつ探っていくような作品になっています。「事実は小説より奇なり」と言いますが、人生とはこんなにも驚きに満ちているのか…と感嘆させられます。そして、楽しく笑いながら観ることができるからこそ(フィロミナのかわいらしさが好きになるからこそ)、たまらなくせつなさがこみあげ、思わず涙してしまうのです。
フィロミナが過ごした修道院は、昨年ようやく国家が関与を認め謝罪した、世に言う「マグダレン・ランドリー」でした。「婚前交渉という罪を犯した女性を更生させる」という名目で、逆子も麻酔なしで出産させ、そうやって苦労して産んだ子どもを奪い(親権を放棄する書類にサインさせ)、無給で何年も奴隷のように働かせ、挙げ句の果てに、母親から取り上げた子どもをアメリカ人に売っていたのです(立派な人身売買です)
二人はただ、生き別れになった息子を探そうとしていただけでした。なのですが、期せずして、こうした非人道的な犯罪が組織的に行われていたことを知ってしまうのです。
しかし、フィロミナは「私が罪を犯したのが悪いのよ」と言い、非道を責め立てたりはしません。が、マーティンは、ジャーナリストとして、また、人としての正義感から、真実を知ろうと修道院の院長に詰め寄っていきます。修道院は(犯罪が明るみに出ることを恐れ)、養子に関するすべての記録を燃やし、フィロミナのように我が子の消息を知りたくてやって来る母親たちを煙に巻いていたのでした。それだけでなく、許しがたいことに、修道院は…(ぜひ、映画で観てください)
いやしくも神に仕える身である修道女たちが、どうしてそんなことを…そう問わずにはいられません。「快楽としてのセックス」への憎悪をむきだしにする修道女は、まるで悪魔のようでした(同性愛や中絶を激しく非難していた前ローマ法王を彷彿させます)
さて、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』のレビューと同様、なぜこの映画がGLAADメディア賞にノミネートされているのかをお伝えしなくてはならないでしょう。しかし、それは、アメリカに渡った二人がわらをもつかむような気持ちで息子の消息をひとつひとつつかんでいくというミステリー映画のようなこの作品の、いわば「ネタバレ」にあたる部分なので、詳しくは書けません。
アメリカ人の夫婦にもらわれていったフィロミナの息子・アンソニーにまつわるさまざまな真実のうち、ただ一つだけ、(他のレビュー等でもすでに書かれているので)お伝えすると、彼はゲイだったのです。でも、そのことを告げられたフィロミナは、(マーティンが心配そうに顔色を窺っていましたが)少しも動揺しませんでした。アイルランド生まれの70代で、敬虔なカトリック教徒であるにもかかわらず、です。そして、少し間を置いてから笑みを浮かべて「きっとそうじゃないかと思ってたの。とても繊細な子だったから」と言うのです。今までいろんなカミングアウトの場面を観てきましたが、その中でも特別に印象に残るものでした。
ゲイに関係のあるエピソードは、それだけではありません。もっともっと深いです(原作本『あなたを抱きしめる日まで』なんて、彼のゲイライフがメインだったりするくらいです)。マーティンとフィロミナの二人は、全く予想だにせず、アメリカのある時代の(ちょっとビックリするような…アメリカに行く前は「息子はホームレスになったりしてないかしら」「肥満かもしれない」などと心配していたフィロミナが、息子の職業を知って「アメリカにもらわれて行って正解だったのかもしれない」と言うくらいの職に就いた)ゲイの肖像に触れることになったのです。
監督は80年代に『マイ・ビューティフル・ランドレット』(1985)、『プリックアップ』(1987)という2本のゲイ映画を撮ったスティーブン・フリアーズ。最近では『クイーン』(2006)がヒットし、アカデミー賞にノミネートされました。
そして主演女優は、『NINE』『J・エドガー』『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』などに出演している名女優、ジュディ・デンチ。気さくで快活なキャラクターながら、時に思慮深く、時に行動的な、フィロミナという希有な女性を、素晴らしく印象的に演じていました。その澄んだ青い瞳に浮かぶ言いようのない感情は、実に多くのことを物語っているように見えました。
『あなたを抱きしめる日まで』PHILOMENA
2013年/イギリス・アメリカ・フランス/監督:スティーヴン・フリアーズ/出演:ジュディ・デンチ、スティーヴ・クーガンほか/配給:ファントム・フィルム/全国で公開中
(C) 2013 PHILOMENA LEE LIMITED, PATHE PRODUCTIONS LIMITED, BRITISH FILM INSTITUTE AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED
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