REVIEW
映画『追憶と、踊りながら』
ベン・ウィショーがゲイの主人公を演じる映画『追憶と、踊りながら』が公開されました。カミングアウトにまつわること、亡くなった恋人の母親と必死に関係性を築こうとすること…本当に繊細で、奥が深い、美しい作品でした。レビューをお届けします。








第30回サンダンス映画祭でオープニング作品として上映され、最優秀撮影賞を受賞。ブリティッシュ・インディペンデント・フィルム・アワード2014で主演女優賞、プロダクション賞、新人監督賞、第68回英国アカデミー賞(BAFTA)で英国デビュー賞にノミネートされました。
作家の吉本ばななさんは「自分のまわりにいる人たちとしか思えない人たち、知っているとしか思えない感情たち。自分の人生を好きになれる映画です」とコメントしています。
4年間共に暮らし、深く愛しあうリチャード(ベン・ウィショー)とカイ(アンドリュー・レオン)。イケメンカップルのおつきあいはとても順調でしたが、カイには気がかりなことがありました。カイは一家でカンボジアからイギリスにやってきたのですが、父親はもう他界し、英語がわからないままの老いた母親(チェン・ペイペイ)が施設(老人ホーム)で暮らしているのでした。カイはときどきバスに乗って施設にいる母親に会いに行きます。本当はいっしょに暮らしているリチャードが実は恋人であると打ち明けたい、せめて母親がリチャードのことを気に入ってくれたら3人でいっしょに住むことができるのに…と思っているのですが、母親はいつもリチャードの悪口ばかり言うので、なかなか言い出せません。そんななか、予期せぬ事態が起こります。カイが乗ったバスが事故に遭い、突然、カイが亡くなってしまったのです。リチャードは心底、悲しみに暮れていましたが、やがて、施設にいるカイの母親を訪ねます…
カイが施設の母親の部屋にやってきて、「誰に車で連れて来てもらったの?」「バスで来た。バスが好きなんだ」「友達に優しくしすぎよ」みたいなやりとりをするシーンが、何度も出てきます(服装が違ってたりします)。回想シーンと現実の境目は不分明で、「あ、これは現実じゃないんだ」と、あとで気づかされたりします(なんとなく、『めぐりあう時間たち』を思い出しました)。カイが亡くなった直後で、悲しみはまだ濃厚に部屋に残っているのです。リチャードにとっても、それは同じことです。リチャードは、カイへの追憶の気持ちを、悲しみをなんとか分かち合おうとしますが、それは本当に本当に大変なことでした…
リチャードはまだ若いのに思慮深く、通訳まで雇ったりして、意固地なカイの母親となんとかコミュニケーションをとろうと努力を続けます(いじましいというか、本当に殊勝です)。カイがカミングアウトできてさえいたら、もっと話は簡単だったのに…とも思います。しかし、この映画は、「やっぱりカミングアウトはしたほうがいいよね」という趣旨の作品ではありませんし、アジア系の年配の方はゲイに理解がないと責めるものでもありません。丁寧に「通じない言葉」「通わない心」のもどかしさや困難を描き出し、そのなかでほんの一筋、希望が見えたかもしれない、といった感じなのです。(こちらの記事で監督は「合法的に同性婚が認められていても、英国社会でカミングアウトすることは難しいですね。カミングアウトは、やはり簡単なことではありません。この問題は極めて難しく、デリケートであることと思います」と語っています。「そもそも、カミングアウトする行為もおかしなことだと思います。ゲイの人にとって、ゲイであることは普通のこと。当たり前のことです。ストレートの人たちは「僕はストレートだよ」と、自らのセクシュアリティをカミングアウトしたりはしませんよね。LGBTの人たちがカミングアウトしなければならないのは、おかしいと思います」)
母親が安易に「改心」してリチャードと仲良くなってハッピーエンド、みたいなことにならず、また、単純にリチャードがいい人で母親が頑固で無理解な悪い人という構図にもなっていないところもいいと思いました(誰ともまともに会話できず、施設の狭い部屋で暮らす母親の気持ちを考えると…身につまされます)。あえてこの映画のテーマをまとめるなら、言葉が通じることで物事がうまくいくこともあるし、言葉が通じたせいで不幸になることもある、コミュニケーションとはなんと複雑で難しいものか…ということだと思います。
劇中で流れる「夜来香(イェライシャン)」という中国の歌謡曲も、とても印象的です。
本当に繊細で、奥が深い、美しい作品でした。
なお、『追憶と、踊りながら』の監督は2013年に『スクリーン・デイリー』紙で「明日のスター」の1人に選ばれたカンボジア出身の若手監督、ホン・カウ。これが長編デビュー作になります。この作品は、ホン・カウ自身のパーソナルな体験が色濃く反映されていると伝えられています。そして彼自身、カミングアウトしているゲイの方です。今後の活躍に期待しつつ、次回作を楽しみに待とうと思います。
『追憶と、踊りながら』Lilting
2014年/イギリス/監督:ホン・カウ/出演:ベン・ウィショー、チェン・ペイペイ、アンドリュー・レオンほか/配給:ムヴィオラ/新宿武蔵野館ほか全国で公開
(C) LILTING PRODUCTION LIMITED / DOMINIC BUCHANAN PRODUCTIONS / FILM LONDON 2014
INDEX
- 70年代のゲイクラブ放火事件に基づき、イマの若いゲイと過去のゲイたちとの愛や友情を描いた名作ミュージカル『The View Upstairs-君が見た、あの日-』
- 何食べにオマージュを捧げつつ、よりゲイのリアルを追求した素敵な漫画『ふたりでおかしな休日を』
- ゲイの青年がベトナムに帰郷し、多様な人々と出会いながら自身のルーツを探るロードムービー『MONSOON モンスーン』
- アウティングのすべてがわかる本『あいつゲイだって ――アウティングはなぜ問題なのか?』
- ホモソーシャルとホモセクシュアル、同性愛嫌悪、女性嫌悪が複雑に絡み合った衝撃的な映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
- 世紀の傑作『RENT』を生んだジョナサン・ラーソンへの愛と喝采――映画『tick, tick… BOOM!:チック、チック…ブーン!』
- 空を虹色に塗ろう――トランスジェンダーの監督が世界に贈ったメッセージとは? 映画『マトリックス レザレクションズ』
- 人種や性の多様性への配慮が際立つSATC続編『AND JUST LIKE THAT... セックス・アンド・ザ・シティ新章』
- M検のエロティシズムや切ない男の恋心を描いたヒューマニズムあふれる傑作短編映画『帰り道』
- 『グリーンブック』でゲイを守る用心棒を演じたヴィゴ・モーテンセンが、自らゲイの役を演じた映画『フォーリング 50年間の想い出』
- ショーや遊興の旅一座として暮らすクィアの生き様を描ききったベトナム映画『フウン姉さんの最後の旅路』
- 鬼才ライナー・ベルナー・ファスビンダー監督の愛と性をリアルに描いた映画『異端児ファスビンダー』
- ぜひ映画館で「歴史」を目撃してください――マーベル映画初のゲイのスーパーヒーローが登場する『エターナルズ』
- 等身大のゲイの恋愛を魅力的なキャストで描いたラブリーな映画『クロスローズ』
- リアルなゲイたちの愛や喜び、苦悩、希望、PRIDEに寄り添う、心揺さぶる舞台『すこたん!』
- 愛と笑顔のハッピームービー『沖縄カミングアウト物語〜かつきママのハグ×2珍道中!〜』
- ムーミンの作者、トーベ・ヤンソンの同性愛をありのままに描いた映画『TOVE/トーベ』
- 伝説のデザイナーのゲイライフに光を当てたドラマ『HALSTON/ホルストン』
- 幾多の困難を乗り越えてドラァグクイーンを目指すゲイの男の子の実話に基づいた感動のミュージカル映画『Everybody’s Talking About Jamie ~ジェイミー~』
- ドラァグクイーンに憧れる男の子のミュージカル『Everybody's Talking About Jamie』
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