REVIEW
映画『タンジェリン』
世界はこういう映画を待っていた!と思えるような傑作クィアムービーが誕生しました。ロサンゼルスの街でたくましく生きるトランスジェンダーの街娼たち(やその客たち)の生き様を痛快に描ききった素晴らしくゲイテイストなコメディです。ドラァグクィーンやSATCや五社英雄作品が好きな方はぜひ!
LAからスゴい映画が届きました。『モーリス』や『アナザー・カントリー』の世界と対極にあるような、社会の底辺でたくましくキャンプに生きる黒人トランスジェンダーたちの生き様(そういう意味では『パリ、夜は眠らない』的な)をどこまでもコメディとして描いた、『アタック・ナンバーハーフ』以来のゲラゲラ笑えて感動させられもするトランスジェンダー讃歌。思わずキャー!って叫びながら手を叩きたくなるような女たちのドロドロ(『陽暉楼』を彷彿させます)もありつつ、女たちの友情にホロリとさせられるシーンもあり(まるで『セックス・アンド・ザ・シティ』のように)、観終わったあと爽快感や多幸感に包まれ、本当に観てよかった、友達にオススメしなきゃ!と思えるような映画。クィアムービー史における一大事件!です。(後藤純一)
ストーリー命な映画なので、あらすじは最初の10分くらいにとどめますが、本当に面白かったです。まさか、ええ?そうなっちゃうの?みたいな感じで、どんどんカオスっぷりがエスカレートしていきます。脚本がよくできてるなぁと感心しました(脚本は、アレクサンドラ役のマイヤ・テイラーをはじめ、たくさんのトランスジェンダーの方にリサーチし、実際にあったエピソードを織り込みながら練られたものだそうです。一言で言って「愛」を感じさせます)
シンディやアレクサンドラだけでなく、街には有色人種のトランスジェンダーの街娼がたくさんいます。彼女たちは、道端に車を停めて待っている客たちと交渉し、車の中でちゃっちゃとコトをすませて、日銭を稼いでいます。しかし、アレクシス・アークエットの追悼記事でもお伝えしたように、警察に摘発されたり、様々な危険と隣り合わせの(『ストーンウォール』の時代と大して変わっていません)アンダーグラウンドな稼業です。客観的に見れば悲惨な状況かもしれませんが、彼女たちは決して「かわいそうな人」ではありません。自分らしく、プライドを持ってたくましく生き抜いているタフでビッチなクィアです。そこが本当にカッコいいし、心底シビれました。
個人的に感銘を受けたのは、とある男が、道端を歩いていた黒人の美女を車に乗せ、彼女がいざパンティを下ろした瞬間、「なんだこれは!」と激怒したシーンです。ああ、よく知らない客が、アレがついてるのを見て怒ったんだろうな、と思いきや、「ヴァギナじゃないか!」と。彼は「竿アリ」のトランスジェンダーこそを愛する人だったのです。彼のような人をLGBT的に何と呼ぶのかわかりませんが、セクシュアルマイノリティ(クィア)の仲間であることは確かで、そういうセクシャリティのありようをリアルに描いているところが素晴らしいと感じました。
劇中、様々なセックスのシーンが出てきますが、セックスが決してただの性処理ではなく、時に心ふるえるような癒しの行為であり、救済であり、切実なものであることも描かれます(詳しくは書きませんが、ちょっと感動的なシーンがあります)
ちょっと乾いた雑踏、危険な香りのする街の空気感は、ラシャペルが撮った『RIZE』を思い起こさせます(同じLAです)。ハリウッドの裏手辺りやウェストハリウッドに行ったことがある方は、ああこの街の感じ、見たことある!と思うかもしれません。映画ではあえて、粗めで少し黄色みがかった色合いで表現されています(iPhoneだけで撮影されているというからオドロキです)
そんなLAの、車がビュンビュン行き交う大通り(サンタモニカ・ブールバード?)の歩道を、シンディとアレクサンドラは、どんどん、どんどん歩きます。カッコよくもあるのですが、LAの社会をご存じの方は、彼女たちがひたすら歩くことの意味を汲み取っていただけると思います(東京のように地下鉄が発達していませんし、自転車に乗る人もあまりいないので、車を持つ経済的余裕がない人は歩かざるをえないのです)
監督のショーン・ベイカーはストレートですが、『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』というポルノ産業で働く女性をありのままに描く映画を撮った人です。ベイカーはLAのLGBTセンターでマイヤ・テイラーに出会い、親交を深めていき、マイヤの親友であるキタナ・キキ・ロドリゲス(HIV/AIDSリサーチセンターでセクシュアルヘルスのメンターとして活躍していた方だそう)をはじめ、たくさんのトランスジェンダーを紹介され、様々な実体験を聞くなかで、『タンジェリン』の構想が生まれたんだそうです。
『タンジェリン』が公開されるや、ギレルモ・デル・トロやJ・J・エイブラムス、ジョージ・ミラー、R・ゴズリングらが絶賛し、第25回ゴッサム・インディペンデント映画賞で観客賞を受賞するなど、多くの映画祭で賞賛を受けました。
シンディ役のキタナ・キキ・ロドリゲス、アレクサンドラ役のマイヤ・テイラーは、演技経験初の全くの無名女優だったのですが、マイヤ・テイラーは第31回インディペンデント・スピリット賞最優秀助演女優賞、第25回ゴッサム・インディペンデント映画賞ブレイクスルー演技賞、2015年サンフランシスコ映画批評家協会賞最優秀助演女優賞をはじめ数多くの映画賞を受賞し、トランスジェンダーの俳優として主要映画賞を受賞するという史上初の快挙を達成しました。キタナ・キキ・ロドリゲスも第31回インディペンデント・スピリット賞で、『キャロル』のケイト・ブランシェットや『ルーム』のブリー・ラーソンといったアカデミー賞女優と並んでノミネートされました。
『タンジェリン』はiPhoneだけで撮影されたそうですが、たとえ立派な機材がなくても、超低予算でこんなにも素晴らしい映画が撮れるようになったということも、一つの希望だと思います。世界中で『タンジェリン』のようなクィアムービーがどんどん作られるといいなぁ、素敵だなぁと思います。
『タンジェリン』Tangerine
2015年/アメリカ/監督:ショーン・ベイカー/出演:キタナ・キキ・ロドリゲス、マイヤ・テイラー、カレン・カラグリアン、ミッキー・オヘイガン、アラ・トゥマニアンほか/渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開中
INDEX
- 女性と同性愛者を抑圧し、ペストで死ぬ人々を見殺しにする腐敗した権力者への叛逆を描いた映画『ベネデッタ』
- トランスジェンダーへの偏見や差別に立ち向かうために読んでおきたい本:『トランスジェンダー問題: 議論は正義のために』
- 『痛快!明石家電視台』ドラァグクイーン大集合SP
- 殺伐とした世界に心を痛めるすべての人に観てほしいドラマ『THE LAST OF US』第3話
- 3人のドラァグクイーンのひと夏の旅を描いたハートフル・コメディ映画『ひみつのなっちゃん。』
- 40歳のゲイの方が養護施設で育った複雑な生い立ちの20歳の男の子を養子に迎え入れ、新しい家族としての生活を始める姿をとらえたドキュメンタリー映画『二十歳の息子』
- 貧しい家庭で妹の面倒を見る10歳のゲイの男の子が新しい世界を切り開こうともがき、成長していく様を描いた映画『揺れるとき』
- ゲイコミュニティへのリスペクトにあふれ、あらゆる意味で素晴らしい、驚異的な名作『エゴイスト』
- ドラァグクイーンの夢のようなロマンスを描いたフランス発の短編映画『パロマ』
- 文藝賞受賞、芥川賞候補の注目作――ブラックミックスのゲイたちによる復讐を描いた小説『ジャクソンひとり』
- ドラァグクイーンによる朗読劇『QUEEN's HOUSE〜あなたの知らないもうひとつの話〜TOKYO』
- 伝説のゲイ・アーティストの大回顧展『アンディ・ウォーホル・キョウト』
- 謎めいたゲイ・アーティストの素顔に迫るドキュメンタリー映画『アンディ・ウォーホル:アートのある生活』
- 『ボヘミアン・ラプソディ』の感動再び… 映画『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』
- 近年稀に見る号泣必至の名作ゲイ映画『世界は僕らに気づかない』
- ぼくらはシンコイに恋をする――『シンバシコイ物語』
- ゲイカップルやたくさんのセクシャルマイノリティの姿をリアルに描いた優しさあふれる群像劇『portrait(s)』ほか
- TheStagPartyShow movies『美しい人』『キミノコエ』
- Visual AIDS短編集『Being & Belonging』
- これ以上ないくらいヘビーな経験をしてきたゲイの方が身近な人たちにカミングアウトする姿を追ったドキュメンタリー映画『カミングアウト・ジャーニー』
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