REVIEW
映画『マリオ』(レインボー・リール東京2019)
7月12日(金)、スパイラルでのレインボー・リール東京のオープニング作品として上映された、プロスポーツ界におけるホモフォビアを描いた作品です。

2019年7月12日(金)、スパイラルホールで第28回レインボー・リール東京が幕を開けました。オープニング作品として上映された『マリオ』はソールドアウトとなっていて、会場は満員の観客の熱気に包まれていました。
今年も上映前にオープニングイベントとしてトークショーがありました。
司会はおなじみのブルボンヌさん。最初に、代表の宮沢さんに代わって副代表の石丸さんがご挨拶。「第8回から映画祭に関わっています。今年は、HIVのことや家族のことを描いた作品などもあり、多彩です。ぜひ楽しんでいただければと思います」
そのあと、プライドハウス東京の松中権さん、そして、先日現役プロスポーツ選手として初めてカムアウトした女子サッカーの下山田志帆さんが登壇し、トークショーが行われました。
まず、映画『マリオ』について。ブルボンヌさんが「キノコ王国のピーチ姫を…(笑)」とボケをかまし、松中さんが「そんな感じです」と爽やかに返し、つかみはOKな感じでしたが、本当は、スイスのサッカー界のことが描かれていて、ドイツからイケメン選手がやって来たことでチーム内にいろんなことが起こる、選手自身もそうだけど家族の反応にも注目してほしいと教えてくれました。下山田さんは「悲しすぎて泣いた。あまりにもリアルで。傷つけようと思ってなくても、ジャブのようにダメージを受けることってある。まるで自分のことのようだった」と語っていました。
下山田さんはまた、女子サッカー界はセクシュアルマイノリティに寛容で、今まであまりつらいことはなかった、メンズとしてのびのびやっていた、と語りました。メンズというのは業界用語で、ボーイッシュなレズビアンだったりFtMトランスジェンダーだったりのことを指すそうです(へええ!)。ちなみに、なぜ寛容なのかはわからないそうです。
サッカーのドイツ女子2部リーグで活躍していた下山田さんは、ドイツと日本の違いについて聞かれると、「チームメイトはどちらも寛容だと思うが、マネージャーやチームの上層部の人たちは日本よりドイツのほうが寛容。ドイツのほうが所属して活動する安心感がある」と答えていました(なるほど…)。「実際、クリスマスパーティに彼女同伴で来るし、誰もそれに対してとやかく言わない」
そこでブルボンヌさんが、今話題のメーガン・ラピノー選手のことを引き合いに出して、彼女のようにバッシングされたりした経験はありますか?と下山田さんに尋ねると、「なくはない」と、ただ、あまり具体的には「言えない」とのことでした。
最後に、松中さんがプライドハウス東京について、本番は2020東京大会ですが、今年もラグビーW杯に合わせて9/20から施設をオープンすること、10月頭にインターナショナルゲイラグビーのチームが来日して試合を行うことなどを告知してくれました。
そんな感じで、楽しい中にも、初めて知る情報がたくさん詰め込まれていて、とても興味深い、いいトークショーでした。
LGBTファイナンス(映画のスポンサー)や企業のCM、『ロケットマン』や『トム・オブ・フィンランド』の予告編が流れた後、映画の本編が上映されました。
『マリオ』は、サッカー界において、もしチームメイトと恋に落ちてしまったら、一体どのようなことが起こるのか、ということを、徹底的に(冷徹なまでに)リアルに描いた作品でした。
せつない…というよりは、シビア過ぎて、なんだか「戦争」みたいだな、と思いました。プロ選手っていうのは戦士なんですよね。お金もかかってるし。アリーナみたいな球技場に、大歓声を浴びながら出て行くサッカー選手たちの姿は、まるでコロシアムで殺し合う古代ギリシアの戦士のようだと思いました。
欧米は同性婚も認められてるし寛容だというイメージがあるかもしれませんが、こういう世界でゲイが受ける仕打ちというのが、いかにつらいか…陰険なイジメに遭い、嘲笑され、チームメイトが離れていき、試合前の大事な時にイヤな言葉をかけられ、チームにいられなくなるよう陥れられる…タフな精神力がないとやっていけない世界だということが、よくわかりました。自分が生き残るためには、チームメイトだろうが、容赦なく叩き落とす世界。ゲイは格好のターゲットなんですよね。
ホモフォビア(同性愛嫌悪)やヘテロセクシズム(強制異性愛主義)がどのようにLGBTをクローゼットに閉じ込めるのか、逆に、そこからカムアウトしようとする気持ち(プライドや愛)の尊さ、がリアルに描かれていました。
そういう厳しさ、シビアさを踏まえたうえで、これまでにスポーツ界でカムアウトしてきた選手たちが、どれほど勇敢で、ヒーローであったかということが、よりはっきりとわかる、そういう作品でした。
マリオ
監督:マルセル・ギスラー
2018|スイス|119分|スイスドイツ語、ドイツ語
INDEX
- たとえ社会の理解が進んでも法制度が守ってくれなかったらこんな悲劇に見舞われる…私たちが直面する現実をリアルに丁寧に描いた映画『これからの私たち - All Shall Be Well』
- おじさん好きなゲイにはとても気になるであろう映画『ベ・ラ・ミ 気になるあなた』
- 韓国から届いた、ひたひたと感動が押し寄せる名作ゲイ映画『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』
- 心ふるえる凄まじい傑作! 史実に基づいたクィア映画『ブルーボーイ事件』
- 当事者の真実の物語とアライによる丁寧な解説が心に沁み込むような本:「トランスジェンダー、クィア、アライ、仲間たちの声」
- ぜひ観てください:『ザ・ノンフィクション』30周年特別企画『キャンディさんの人生』最期の日々
- こういう人がいたということをみんなに話したくなる映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』
- アート展レポート:NUDE 礼賛ーおとこのからだ IN Praise of Nudity - Male Bodies Ⅱ
- 『FEEL YOUNG』で新連載がスタートしたクィアの学生を主人公とした作品『道端葉のいる世界』がとてもよいです
- クィアでメランコリックなスリラー映画『テレビの中に入りたい』
- それはいつかの僕らだったかもしれない――全力で応援し、抱きしめたくなる短編映画『サラバ、さらんへ、サラバ』
- 愛と知恵と勇気があればドラゴンとも共生できる――ゲイが作った名作映画『ヒックとドラゴン』
- アート展レポート:TORAJIRO 個展「NO DEAD END」
- ジャン=ポール・ゴルチエの自伝的ミュージカル『ファッションフリークショー』プレミア公演レポート
- 転落死から10年、あの痛ましい事件を風化させず、悲劇を繰り返さないために――との願いで編まれた本『一橋大学アウティング事件がつむいだ変化と希望 一〇年の軌跡」
- とんでもなくクィアで痛快でマッチョでハードなロマンス・スリラー映画『愛はステロイド』
- 日本で子育てをしていたり、子どもを授かりたいと望む4組の同性カップルのリアリティを映し出した感動のドキュメンタリー映画『ふたりのまま』
- 手に汗握る迫真のドキュメンタリー『ジャシー・スモレットの不可解な真実』
- 休日課長さんがゲイ役をつとめたドラマ『FOGDOG』第4話「泣きっ面に熊」
- 長年のパートナーががんを患っていることがわかり…涙なしに観ることができない、実話に基づくゲイのラブコメ映画『スポイラー・アラート 君と過ごした13年と最後の11か月』







