REVIEW
映画『カーライル ニューヨークが恋したホテル』
いわゆるクィアムービーではありませんが、特定のタイプのゲイの方たちにはものすごく刺さるというか、えも言われぬ至福の時間になるだろうことを確信しますので、ご紹介いたします。世界のセレブにこよなく愛されている「カーライル」というホテルのお話です。

世界最高レベルの高級住宅街であるマンハッタンのアッパー・イーストサイドに聳え立つクラシックな5つ星ホテル「ザ・カーライル ア ローズウッド ホテル」。英国王室の方たちや歴代のアメリカ大統領をはじめ、世界中のスターがこぞってこのホテルに泊まりたがり、夜には「カフェ・カーライル」で極上のジャズ演奏を楽しんだり、時にはハメを外したり、心からステイを楽しみ、ぜひまた来たいと思い、何度も通うことになるのです。なぜ「カーライル」は、それほどまでにセレブたちをトリコにするのか…その魅力の秘密に迫る作品です。
ある日、マイケル・ジャクソンとダイアナ妃とスティーヴ・ジョブスが一緒のエレベーターに乗り合わせ…その気まずいを沈黙を破ったのはダイアナ妃で、彼女はマイケルの「今夜はビート・イット」を口ずさんだんだそう。ジョージ・クルーニーは「カーライル」が好きすぎて、2万ドルもするスイートに3ヵ月も泊まったんだそう。ウディ・アレンは毎週月曜に「カフェ・カーライル」でクラリネットを吹いているが、アカデミー賞の授賞式と重なった時はアカデミー賞の方をすっぽかしたんだそう…驚天動地のエピソードが次々に披露されます。
ほかにも、ジャック・ニコルソン、ハリソン・フォード、トミー・リー・ジョーンズ、ビル・マーレイ、ウェス・アンダーソン、ソフィア・コッポラ、アンジェリカ・ヒューストン、ヴェラ・ウォン、アンソニー・ボーデイン、ロジャー・フェデラー、ジョン・ハム、レニー・クラヴィッツ、ナオミ・キャンベル、エレイン・ストリッチ…数えきれないくらいのセレブが登場し、このホテルについて語っています。
劇中では触れられていませんが、映画『セックス・アンド・ザ・シティ』(2008)でキャリーとルイーズが飲みにいく店が、ホテルのグランドフロアにある「ベーメルマンス・バー」だったりします。
毎年5月には、近くのメトロポリタン美術館で開催されるMET GALAの楽屋として、大勢のスターが出入りする場所になるそうです(素敵!)
ニューヨークという街は、世界最高峰の文化や芸術の粋を集めた、classyな大人の愉しみを満足させてくれる街なんだと思いますが、(なかなか庶民が行くような場所には行けない)セレブな方たちが、心おきなく、気持ちよくお金を使い、本当の愉しみを味わえる、最高の贅沢ができる場所が「カーライル」です。どんどん古き良き文化が失われていっているニューヨークで、「カーライル」だけが、最後に残った砦なのです。



なぜこの映画を、このようなゲイサイトで紹介するのかというと…。アラン・カミングがホテルの玄関前でモデルと一緒に全裸で写真を撮ったという話が面白おかしく語られたり、「カフェ・カーライル」のスターだったボビー・ショートがコール・ポーターからラブレターをもらったという話が出てきたり、アイザック・ミズラヒも「カフェ・カーライル」のステージに立って歌ったり、という様々なゲイの方のエピソードが登場しますし、ホテルの従業員にだって、きっとゲイなんだろうなと思うような人がいますし、そういう意味で無関係ではないのですが、それだけでなく、これほどまでに、ある種のゲイの方たちの心の琴線に触れるような、えも言われぬ至福の時間を与えてくれるような映画もないだろうと思ったからです。


もしも「お金ならいくらでもあるから自由に生きていいよ」となったとき、人はどう生きるでしょうか。商売が成功して(成金的に)お金持ちになった方などは、プール付きの豪邸や別荘やベンツやクルーザーを買って豪遊したり、人をたくさん呼んでパーティをしたり、みたいな感じなのかな?と思いますが、何十年もずっとそれでやっていけるかというと…繰り返しに耐えられなくなる日が来るんじゃないでしょうか。たぶんですが、生まれながらの富裕層や上流階級の人たちが日々、どんなことに新鮮な喜びを見出しているかというと、パートナーとお芝居やオペラやクラシックのコンサートに出かけたり、美術館やギャラリーで最新のアート作品を鑑賞したり(買ったり)、雰囲気のいいレストランで美味しい食事(最新のメニュー)を楽しんだり、品のいいサロンやパーティに参加してそこに居合わせた人々と会話を楽しんだり、時には海外に出かけて美しい景色や異国情緒を楽しんだり豪華客船の船旅を楽しんだり、といった感じではないでしょうか。エリザベス・テーラーやレディー・ガガなどのように慈善事業に精を出す方(篤志家)も多いですよね(ノブレス・オブリージュ的な)。本当の意味で豊かさを享受するためには、教養や、豊かさにふさわしい振る舞いや価値観が求められるんだと思います(『グリーン・ブック』にもそういう場面がありましたね)。前置きが長くなりましたが、何を言いたいかというと、ある種のゲイの方たちって、そんなセレブな方たちの人生の愉しみ方に近い価値観を、生まれながらに身に着けていると思うのです。物腰がやわらかく、決して威張り散らしたりたり暴力沙汰を起こしたりしない、上品でジェントルマンな雰囲気。文化や芸術を愛する気質。そういうものを、誰に教えられたわけでもないのに、自然と、最初から持っているのです、と言ったら大げさでしょうか。「カーライル」に集う方々と本質的に近しいものがある、きっと通じ合える、楽しい時間を共有できる気がするのです(もちろん、実際は、相当お金がないとその場にはいられないのですが…)。ですから、そういうタイプの方は、きっとこの映画のディテールの1つ1つに「素敵!」と大興奮し、ハートがキラキラしてきて、至福の時間を得られると思います。


そういうことが一つと、もう一つは、「カーライル」の魅力の秘密の一つ、どんな人たちが従業員として働いているかという話です。ずっと昔から、いろんな人種の人が働いているのは当たり前で(たぶんゲイとかも当たり前で)、びっくりしたのは、コンシェルジュという宿泊客からの様々な注文を受け付ける重要なポジションの方が「吃音(どもってしまう人)」だったということです。セレブなお客さんたちは、誰も責めないんですよね。むしろ、その「普通」ではないしゃべり方を、愛してすらいるのです。「普通」じゃないけど人間的にチャーミングだからと愛でられる世界…深く感銘を受けました。

もちろん、「カーライル」でなくても楽しく幸せな時間を過ごすことはできますし(行き先が限定されるセレブでもない限り)、世界中にハッピーやラッキーはいっぱいあるのですが、人は何に生きるのか(パンのみにあらず)という問いへのこの上なく素敵な回答、みたいな感じで、きっと心の琴線に触れるものがあると思います。魂がふるえる体験になるかもしれません。
ホテルに限らずサービス業についている方や、生き方に迷っている方、人づきあいで悩んでいる方なども、きっと「観てよかった」と思えることでしょうし、人生にプラスな何かが得られるのでは?と思います。
『カーライル ニューヨークが恋したホテル』Always at The Carlyle
2018年/アメリカ/監督・脚本:マシュー・ミーレー/出演:ジョージ・クルーニー、ウェス・アンダーソン、ソフィア・コッポラ、アンジェリカ・ヒューストン、トミー・リー・ジョーンズ、ハリソン・フォード、ジェフ・ゴールドブラム、ウディ・アレン、ヴェラ・ウォン、アンソニー・ボーデイン、ロジャー・フェデラー、ジョン・ハム、レニー・クラヴィッツ、ナオミ・キャンベル、エレイン・ストリッチほか/8月9日(金)よりBunkamuraル・シネマ他全国順次公開
INDEX
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- 当事者の真実の物語とアライによる丁寧な解説が心に沁み込むような本:「トランスジェンダー、クィア、アライ、仲間たちの声」







