REVIEW
束の間結ばれ、燃え上がる女性たちの真実の恋を描ききった、美しくも切ないレズビアン映画の傑作『燃ゆる女の肖像』
決して公にはできないものの、強く惹かれ合い、束の間結ばれ、燃え上がる女性たちの輝き、一生忘れることのできない真実の恋を描ききった、美しくも切ない、すべてが絵画のようで圧倒的に美しい芸術的なレズビアン映画の傑作です。
カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルム(最も優れたLGBTQ作品に贈られる賞)を、セザール賞(フランスのアカデミー賞)で撮影賞を、ドリアン賞(ゲイ&レズビアン・エンタテインメント映画批評家協会によるい映画賞)で最優秀LGBTQ作品賞を受賞するなど様々な映画賞でノミネートや受賞を果たし、天才監督グザヴィエ・ドランが「こんなにも繊細な作品は観たことがない」と語るなど、世界の映画人が絶賛を惜しまない『燃ゆる女の肖像』。特にクィア女性の方たちからは「レズビアン映画の最高傑作」との声も上がっています。レビューをお届けします。(後藤純一)
<あらすじ>
18世紀フランスのブルターニュ地方の孤島。画家のマリアンヌはブルターニュの貴婦人から娘エロイーズの見合いのための肖像画を依頼され、孤島に建つ屋敷を訪れる。エロイーズは結婚を嫌がっているため、マリアンヌは正体を隠して彼女に近づき密かに肖像画を完成させるが、真実を知ったエロイーズから絵の出来栄えを批判されてしまう。描き直すと決めたマリアンヌに、エロイーズは意外にもモデルになると申し出る。キャンパスをはさんで見つめ合い、美しい島をともに散策し、音楽や文学について語り合ううちに、二人は強く惹かれ合っていく……。
主人公のマリアンヌは画家です。「視る者」です。そのことが映画全体を意味づけています。
マリアンヌが小舟に乗って波に揺られながら、絶海の孤島にたどり着いた時の情景は『ピアノレッスン』を彷彿させます。広大な海と、切り立った崖の圧倒的な大自然感。彼女と一緒だったのはピアノではなくキャンバスですが。
屋敷には依頼主である伯爵夫人、その娘のエロイーズ、メイドのソフィーしかいません。女性だけの世界です。結婚を嫌がり、心を固く閉ざしていたエロイーズですが、マリアンヌは肖像画を描くためにその顔をよく見なければいけない、でも、肖像画を描くということは伏せて、散歩相手ということになっているため、そんなにジロジロ見るわけにもいかず…(平民が貴族の顔をまじまじと見るのは失礼なこと)、でも、マリアンヌが本を貸してあげたり、ピアノ(チェンバロ?)を弾いて(曲はヴィヴァルディの「『四季』より夏」でした)音楽について語ったりするうちに、次第にエロイーズも心を開き(彼女のことが気に入り)、そうしてマリアンヌは記憶を頼りに少しずつ肖像画を描いていくのです。
そんな前半は少し退屈に感じるかもしれませんが、中盤の「祭り」のシーンでガツンとやられます。おそらくは現地で本当に歌われていたのだろう、ケルト民謡のような、呪術的でもあるような女たちの歌が、衝撃的なインパクトをもたらします。
そして後半は、一気に恋の炎が盛り上がります。『アデル、ブルーは熱い色』ほどではありませんが、束ねた髪やきつく締めたコルセットをほどき、しどけない姿で愛を交わす二人の姿は官能的です。しかし、その恋は、肖像画の完成とともに、終焉を迎える運命でした…。
オルフェウスが黄泉の国からエウリディケーを連れ帰ろうとして、絶対に振り返ってはいけないと言われていたのに、あと一歩で地上だというところで、エウリディケーのことが気になって振り返ってしまい、あっと言う間に黄泉の国へと引き戻される…という『オルフェウス』の神話が、この映画の重要なモチーフになっています。
ラストシーンは、ちょっとうまく言葉にするのが難しいのですが…いろんな感情が走馬灯のように巡り、まるで雷に打たれたような、全身の感覚がすべて総動員されたような感動に襲われました(全私が泣きました)。余韻が凄かったです。
18世紀という、女性が生きていくためには男性と結婚するしか選択肢がない時代です。そのがんじがらめでどうしようもない社会の不条理を声高に訴えるというのではなく、その隙間で女性たちが束の間、真実の愛を交わし、自由を謳歌する、ある意味レジスタンスでもあるような様を、このうえなく知的に、美しく、女たちの讃歌として描いていると感じました。
二人がもし20世紀に生きていたら、『キャロル』のキャロルとテレーズのようになるのかもしれないな、と思いました。『キャロル』がゲイの監督トッド・ヘインズによる極彩色で細部まで作りこまれた映画であったとすれば、『燃ゆる女の肖像』はレズビアンの監督セリーヌ・シアマによるシンプルに美しい作品だと言えると思います(ちなみにエロイーズを演じたアデル・エネルと交際しており、撮影の直前に友好的に別れたそうです)
燃ゆる女の肖像
原題:Portrait de la jeune fille en feu
2019年/122分/PG12/フランス/監督:セリーヌ・シアマ/出演:ノエミ・メルラン、アデル・エネル、ルアナ・バイラミ、バレリア・ゴリノ
INDEX
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- 1920年代のベルリンに花開いたクィアの自由はどのように奪われたのか――映画『エルドラド: ナチスが憎んだ自由』
- クィアが「体感」できる名著『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ』
- LGBTQは登場しないものの素晴らしくキャムプだったガールズムービー『バービー』
- TORAJIRO 個展「UNDER THE BLUE SKY」
- ただのラブコメじゃない、現代の「夢」を見せてくれる感動のゲイ映画『赤と白とロイヤルブルー』
- 台湾映画界が世界に送る笑えて泣ける“同性冥婚”エンタメ映画『僕と幽霊が家族になった件』
- 生き直し、そして希望…今まで観たことのなかったゲイ・ブートキャンプ・ムービー『インスペクション ここで生きる』
- あらゆる方に読んでいただきたいトランスジェンダーに関する決定版的な入門書『トランスジェンダー入門』
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- 映画『CLOSE クロース』レビュー
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- 映画『孔雀』(レインボー・リール東京2023)
- クィアな若者がコスメ会社で働きながら人生を切り開いていくコメディドラマ『グラマラス』
- 愛という生地に美という金糸で刺繍を施したような、「心の名画」という抽斗に大切にしまっておきたい宝物のような映画『青いカフタンの仕立て屋』
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