REVIEW
決して同性愛が許されなかった時代に、激しくひたむきに愛し合った高校生たちの愛しくも切ない恋−−台湾が世界に放つゲイ映画『君の心に刻んだ名前』
現在からは想像もつかないくらい同性愛に厳しかった時代の台湾で、激しく、ひたむきに愛し合った男子高校生たちの、愛しくも切ない物語。また一つ、ゲイ映画の名作が誕生しました。
台湾で大ヒットを記録し(興収1億台湾ドル超えで2020年の台湾映画で興収1位。LGBTQ作品の中でも歴代1位だそう)、台湾のアカデミー賞である金馬奨に5部門でノミネート、撮影賞と主題歌賞を受賞したゲイ映画『君の心に刻んだ名前』がNeflixで全世界に公開されました。レビューをお届けします。(後藤純一)
<あらすじ>
1987年、40年間にわたる戒厳令が解除された直後の台湾。台中のカトリック系男子校に通う阿漢(アハン)と柏德(バーディ)は、校内のブラスバンドで出会い、親友となる。二人の友情はいつしか愛情に変わっていくが、周囲が決してそれを許さないことは痛いほどわかっている。そんなとき、高校が女子学生を受け入れることとなり、柏德が新入生の女子・呉若非(バンバン)とつきあいはじめ、二人の関係は崩れていってしまう…。
決してゲイだと言ってはいけない、周囲にバレたらとてもじゃないけど生きていけないような時代、しかも決して同性愛を認めないカトリックの高校で、もがき、苦しみ、叫びながらも、ひたむきに求め合ったアハンとバーディの、熱く、激しい恋−−その瞬間瞬間のエモーショナルな美しさを見事に、奇跡的にスクリーンに焼き付けた作品です。とても愛しくて、切なくて、魂を揺さぶられます。
僕らはこんなにも激しく、真っ直ぐに愛し合えただろうか−−。
これは台湾の『ブロークバック・マウンテン』であり『ゴッズ・オウン・カントリー』です。
間違いなく名作ですし、大ヒットも金馬奨も当然だと思いますし、日本でも劇場公開されるべき作品だと思います。、テレビ界の方が制作したメジャー作品として、このような素晴らしいゲイ映画が撮られたというところもまた、スゴいです(日本でこのクオリティのゲイ映画の名作が作られるのはだいぶ先だと思います)
ドラマとしての完成度の高さだけじゃなく、とにかく主人公の2人(エドワード・チェンとツェン・ジンホアという新人俳優です)が素晴らしいです。全身全霊でぶつかっている姿に胸を打たれ、魅了され、心の底から「幸せになってほしい」と思わせます。どっちがカワイイとかじゃなく、二人のひたむきな本気の恋、それ自体を愛しく感じます。カメラワークも、音楽も素晴らしいです(エンドロールで滝のように涙が…本当に沁みる歌です)
ゲイであるリウ・クァンフイ(柳廣輝)監督が、自身の実際の高校生活をモチーフにして生み出した作品なので、ゲイに対する偏見やステレオタイプ(オネエとか、いきなり挿入するとか)にゲンナリさせられることなく、安心して観ることができますし、一貫してゲイの立場で作られています。作品の底に流れているテーマは、先行する台湾のドラマ『ニエズ』と同様、男たちが愛し合う姿は美しいし、ストレートと変わらずに真剣に生きているのに、世の中はどうしてそれを受け容れてくれないのか?という問いです。強制異性愛社会がいかにゲイを苦しめてきたかという告発です。
台湾では、2000年代前半の急速に社会が「同志」の擁護へと前進していった時期に『僕の恋、彼の秘密』や『ゴー!ゴー!Gボーイズ!』といった、それまでのアジア映画にはなかった前向きでハッピーな(パレードのシーンが描かれるような)映画が作られ、「同志」が受け容られる素地をつくっていったということがあります。
一方で、2020年の今になって、決してハッピーじゃない、過去の時代を振り返るような『君の心に刻んだ名前』のような映画が作られ、大ヒットしたのは、どういうことなのでしょうか。おそらくですが、同性婚も実現し、幸せが約束されるようになったからこそ、過去の過酷な時代を生きたゲイたちの苦悩をも抱きしめ、ホモフォビアゆえに成就することがなかった全ての恋への祈りを捧げ、もう過ちは繰り返しませんからと誓うような、そういう気持ちにもう、なっているのです、台湾の人々は。ただ「苦しかったね」で終わるのではなく、遠くから俯瞰し、癒され、昇華していく演出がなされているのは、そういう意味だと思うのです。祁家威(チー・ジアウェイ)が登場するのも象徴的です。前を向いて闘い、時代を切り開いてきた人々へのオマージュなのです。
『愛で家族に〜同性婚への道のり』のレビューでも台湾のLGBTメディアがどれだけ進んでいるかということをお伝えしましたが(『君の心に刻んだ名前』も台湾の文化庁や台北市が後援しています。社会のLGBTへの力の入れ方がまるで違うのです)、台湾は本当にどんどん先に行っています。
いつか日本でも(同性婚が実現したその先に)こういう映画が作られる日が来るといいな、と思います。
『君の心に刻んだ名前』
“Your Name Engraved Herein” [刻在你心底的名字]
2020年/台湾/113分/監督:リウ・クァンフイ(柳廣輝)/出演:エドワード・チェン(陳昊森)、ツェン・ジンホア(曾敬驊)、レオン・ダイ(戴立忍)、ワン・シーシェン(王識賢)ほか
Netflixで配信中
INDEX
- バンドやってる男子高校生たちの胸キュン青春ドラマ『サブライム 初恋の歌』(レインボー・リール東京2022)
- 雄大な自然を背景に、世界と人間、生と死を繊細に描いた『遠地』(レインボー・リール東京2022)
- 父娘の葛藤を描きながらも後味さわやかな、美しくもドラマチックなロードムービー『海に向かうローラ』
- 「絶対に同性愛者と言われへん」時代を孤独に生きてきた大阪・西成の長谷さんの人生を追った感動のドキュメンタリー「93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて~」
- アジア系ゲイが主役の素晴らしくゲイテイストなラブコメ映画『ファイアー・アイランド』
- ミュージシャンとしてもゲイとしても偉大だったジョージ・マイケルが生前最後に手がけたドキュメンタリー映画『ジョージ・マイケル:フリーダム <アンカット完全版>』
- プライド月間にふさわしい名作! 笑いあり感動ありのドラァグクイーン演劇『リプシンカ』
- ゲイクラブのシーンでまさかの号泣…ゲイのアフガニスタン難民を描いた映画『FLEE フリー』
- 男二人のロマンス“未満”を美味しく描いた田亀さんの読切グルメ漫画『魚と水』
- LGBTQの高校生のリアリティや喜びを描いた記念碑的な名作ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』
- LGBTQユースの実体験をもとに野原くろさんが描き下した胸キュン青春漫画とリアルなエッセイ『トビタテ!LGBTQ+ 6人のハイスクール・ストーリー』
- 台湾での同性婚実現への道のりを詳細に総覧し、日本でも必ず実現できるはずと確信させてくれる唯一無二の名著『台湾同性婚法の誕生: アジアLGBTQ+燈台への歴程』
- 地下鉄で捨てられていた赤ちゃんを見つけ、家族として迎え入れることを決意したゲイカップルの実話を描いた絵本『ぼくらのサブウェイベイビー』
- 永易さんがLGBTQの様々なトピックを網羅的に綴った事典的な本『「LGBT」ヒストリー そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』
- Netflixで今月いっぱい観ることができる貴重なインドのゲイ映画:週末の数日間を描いたロマンチックな恋愛映画『ラ(ブ)』
- トランスジェンダーのリアルを描いた舞台『イッショウガイ』の記録映像が期間限定公開
- 宮沢賢治の保阪嘉内への思いをテーマにしたパフォーマンス公演「OM-2×柴田恵美×bug-depayse『椅子に座る』-Mの心象スケッチ-」
- 絶望の淵に立たされた同性愛者たちを何とか救おうと奮闘する支援者たちの姿に胸が熱くなる映画『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』
- スピルバーグ監督が世紀の名作をリメイク、新たにトランスジェンダーのキャラクターも加わったミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』
- 同性愛者を含む4人の女性たちの恋愛やセックスを描いたドラマ『30までにとうるさくて』
SCHEDULE
- 05.04アスパラベーコン -ゴールデンウィークスペシャル-
- 05.04雄っぱいナイト!3
- 05.04Gay Spiral x BOXER 同時開催
- 05.04デブ専フェスティバル 『 BOOBOO大阪 』 祝5周年スペシャル!!!
- 05.05“AVALON -RESCUE-”