REVIEW
『ゴッズ・オウン・カントリー』の監督が手がけた女性どうしの愛の物語:映画『アンモナイトの目覚め』
『ゴッズ・オウン・カントリー』のフランシス・リー監督の最新作は、19世紀イギリスを舞台に、異なる境遇の2人の女性が化石を通じてひかれあう姿を描いたドラマ作品です。ケイト・ウィンスレットの演技に心ふるえます。
ケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナンという当代きっての演技派女優が初共演し、19世紀イギリスを舞台に、異なる境遇の2人の女性が化石を通じてひかれあう姿を描いたドラマ作品です。監督は、「ヨークシャーの『ブロークバック・マウンテン』」とも称される名作『ゴッズ・オウン・カントリー』を手がけたフランシス・リー。イギリス・ヨークシャー出身の労働者階級のゲイとして、農場で働く(初めはゲイということを受け容れられなかった)孤独な青年が移民労働者の青年と出会い、愛に目覚め、変わっていく姿を感動的に描いた『ゴッズ・オウン・カントリー』は世界的に評価されましたが、長編2作目の『Ammonite』では、波が激しく打ちつける海岸の町で孤独に化石発掘にいそしむ女性が、上流階級の女性と出会い、心を開き、愛に目覚める様を感動的に描いています。
<あらすじ>
1840年代、イギリス南西部の海沿いの町ライム・レジス。メアリー・アニング(ケイト・ウィンスレット)は、イクチオサウルスの化石を発掘した人物で、それは大発見として世間をにぎわせ、大英博物館に展示されるが、メアリーの名は別の男性の名前に置き換えられることに…。そんな「男社会」である地質学会とは距離を置き、メアリーは世間とのつながりを絶つかのように、断崖からアンモナイトを採掘しては、観光客に土産物として売って、細々と生計を立てている。そんな彼女は、ロンドンからやって来た裕福な化石収集家・マーチソンの依頼で、彼を採掘場へと案内し、ついでに心を病んだ妻・シャーロット(シアーシャ・ローナン)を数週間預かることになる。メアリーは初め、上流階級の、華奢で、わがままなお嬢様を冷たく突き放していたが、やがて二人は次第に魅かれあっていく…。
『アンモナイトの目覚め』は、たまたま前後して発表された『燃ゆる女の肖像』と比較されがちです。確かに、『燃ゆる女の肖像』は18世紀の孤島、『アンモナイトの目覚め』は19世紀の海辺の寒村が舞台で、どちらも上流階級の娘と平民の大人の女性との恋で、どちらも女性が抑圧されていた時代の困難を描いていて、似ている部分が多いです。レズビアン映画として見た場合、やはり当事者であるセリーヌ・シアマの『燃ゆる女の肖像』のほうが優っている気がしますが、『アンモナイトの目覚め』には、「男社会」から距離を置き、日々苛酷な労働に追われながらも、古生物学者としての矜持(プライド)を失わないメアリー・アニングという人物を丁寧に描き、より骨太で社会的な意義を持つ作品になっていると思いますし、『ゴッズ・オウン・カントリー』と同様、フランシス・リーの労働者階級の同性愛者への限りなく優しい、慈愛に満ちた眼差しに心を揺さぶられます。
ケイト・ウィンスレットの役者としての凄さに圧倒されます。メアリー・アニングは人を信用していない、心をなかなか開かない、無口で不器用なキャラクターであり、同時に、採掘の職人であり、古生物学者です。セリフが少ないぶん、表情で全てを物語りますが、感情が手に取るように伝わってきます。初めてシャーロットと結ばれ、愛を知った後の、生気の戻ったような晴れやかな、ツヤツヤした笑顔とはしゃぎようは、恋こそが人生を生きる力の源だと雄弁に物語ります。ケイトは撮影が始まる何ヵ月も前から現場入りし、化石の採掘を学んだそうですが、服を脱ぐと、ガチムチ好きなゲイも色めくほど広くてたくましい背中をしているし、手を見ると日々労働に勤しむ者の、浅黒くゴツゴツした手をしているしで、役作りに懸ける情熱がスゴイと感じました。『愛を読むひと』も凄かったですが、ケイト・ウィンスレットはただの『タイタニック』ガールではない、超一流の俳優だということを、この作品からもまざまざと感じることができます。
シアーシャ・ローナン演じるマーチソン夫人は、夫の横暴な、精神的DVとも言うべき扱いに苦しみ、鬱を患ってしまった人なのですが、メアリーの(ぶきっちょながらも)包容力のある人柄に助けられ、癒され、苦痛から解放され、笑顔を取り戻すようになっていく、そしてメアリーに惹かれていくという、感情の振り幅が大きい、なかなか難しい役柄だったのですが、見事に演じていました。メアリーと一緒で、最初はあまり印象がよくなかったのが、だんだん魅力的に感じられるようになっていき…それこそがシアーシャ・ローナンの演技の力だったのだと思います。
それから、『ゴッズ・オウン・カントリー』でルーマニア移民の季節労働者ゲオルゲを演じ、世界をトリコにしたアレック・セカレアヌが、医者の役で出演しています(残念ながらアレック・セカレアヌは今回脱いでいないのですが、代わりに、マーチソン役のジェームズ・マッカードルのセクシー・ショットがあります)
メアリーの母親を演じたジェマ・ジョーンズも、『ゴッズ・オウン・カントリー』から引き続いての出演です。10人も子どもを産んで、次々に…ほぼ全員亡くなってしまい、心が壊れてしまったという母親です。脇役ではありますが、当時の貧しい女性がどんな人生を送ったかということが象徴的に描かれていたと思います。家父長制的な男社会の犠牲者と言えるのではないでしょうか。
考えてみると、この映画には、幸せな異性愛者は登場せず(していたかもしれませんが、背景に退いていて)、女性どうしの愛こそが豊かで、美しく、人間性にあふれた真実の愛として描かれています。ホモフォビックな表現もありません。言い換えると、同性愛への愛であり、讃歌なのです。
Twitterなどでは、ラストシーンがよかった、という声が聞かれます。本当にそう思います。
ぜひ劇場で確かめてみてください。
(しかし、緊急事態宣言で上映館が全て休館に…5/11までは観れなくなってしまいました。残念です)
アンモナイトの目覚め
原題:Ammonite
2020年/117分/R15+/イギリス/監督:フランシス・リー/出演:ケイト・ウィンスレット、シアーシャ・ローナンほか
4月9日からBunkamura ル・シネマなど、全国で順次公開
INDEX
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- ルポールとSATCの監督が贈るヒューマンドラマ『AJ&クイーン』
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- なぜ「結婚の平等」が必要なのかをポップに描いてみせた台湾の傑作映画『先に愛した人』
- 映画『ダンサー そして私たちは踊った』
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- 映画『ダウントン・アビー』
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