REVIEW
かけがえのない命、かけがえのない愛――映画『スーパーノヴァ』
世界の「イケオジ」コリン・ファースと、『プラダを着た悪魔』『バーレスク』のスタンリー・トゥッチが魅せる、残酷な病に引き裂かれそうになるゲイカップルの苦悩や、愛の強さを描いた、美しいヒューマンドラマ映画です。

いよいよ過去最高級のLGBTQ映画豊作月間ともいうべき7月になりました。早速、1日から上映が始まった映画『スーパーノヴァ』を観てきましたので、レビューをお届けします。
『スーパーノヴァ』は、20年の歳月をともにしてきたゲイカップルが、思いがけず早く訪れた最後の時間に向き合う姿を、イギリスの湖水地方の美しい風景とともに描いたヒューマンドラマ作品です。
無口で不器用ながらも熱い情熱を胸に秘めたピアニストのサムを演じるのは、『アナザー・カントリー』で鮮烈なデビューを飾り(舞台版『アナザー・カントリー』では主人公のゲイの青年を演じ)『シングルマン』や『マンマ・ミーア!』でゲイ役を演じて世界を魅了してきた名優、コリン・ファース。そして、人を惹きつける才能を持ち周囲に笑顔をもたらす作家のタスカーを演じるのは、『プラダを着た悪魔』でメリル・ストリープの右腕、『バーレスク』でショーの舞台監督(いずれもゲイの役)を演じていたスタンリー・トゥッチです。
<あらすじ>
ピアニストのサムと作家のタスカーは互いを思い合う20年来のパートナーで、ともにユーモアや文化を愛し、家族や友人にも恵まれ、幸せな人生を歩んできた。ところが、タスカーが不治の病に侵されていることがわかり、2人で歩む人生は思いがけず早い終幕を迎えることとなる。最後の最後までともに生きることを願うサムと、愛しているからこそ終わりを望むタスカー。それぞれが相手を思う2人は、ある決断をするが……。






「かけがえのない」という言葉がこれほどふさわしい作品もないと思いました。
この宇宙は、世界は、美しい自然は、芸術は、人生は、親族や友人たちは、そして愛するパートナーと過ごす一瞬一瞬の時間は、すべて、かけがえのない奇跡のようなものだということを、繊細で美しい映像や音楽で描いています。
息を呑むほど美しい湖水地方(ハイランド)の風景も、スーパーノヴァ(超新星)のシーンも、コリン・ファースの慈愛に満ちた表情も、あらゆるシーンが美しいと感じます。
そして、長年パートナーシップを結び、苦楽を共にし、愛し、慈しみ、支え合ってきたゲイカップルが、いくら幸せそうに見えていても(サッチャー政権の同性愛弾圧が笑い話として織り込まれていましたが)少なからず苦労があっただろうことを想像すると、そして、二人の姿が、未来の自分たちだったり、友人カップルの姿かもしれないと思うと、涙を禁じえません。とてもじゃないけど「普通」には見れません…。人生の伴侶が、少しずつ失われていく病に冒されていると知ったときの戸惑いや苦悩は、ゲイだろうとストレートだろうと変わりませんが、結婚が公に認められてまだ10年も経っていない、今でも同性カップルへのヘイトクライムが起こっている英国で20年も連れ添ってきたということの「かけがえのなさ」を思うとき、人生の終焉を宣告する不治の病の残酷さ、無情さが、否応なしにせつなく迫ってきます。「健やかなる時も病める時も」という言葉の重みが違うのです。
サムとタスカーの親族(子どもも含めて)や友人たちが、二人を心から受け容れ、祝福し、残酷な運命を共に悲しんでくれるシーンも、素敵です。みんなが集まった晩にタスカー(とサム)が行なったスピーチには本当に胸が打たれますが、それはあたたかい家族や友人がいればこそ、でした。(日本もまだまだそうだと思いますが)親族にカミングアウトすることが困難な状況にある方が観たとき、なんて素敵なんだろう、と感じるはずです。男女の夫婦であれば「普通」なことでも、ゲイ(をはじめとするLGBTQ)にとっては「かけがえのない」ことなのです。
タスカーは小説家だけあって、言葉巧みに、気の利いたジョークを言ってはみんなを笑わせたり、感動させたりという才能の持ち主です。サムは逆に(『英国王のスピーチ』を思い出させますが)無口で不器用なタイプなのですが、そのカップリングの妙、みたいなところも素敵です。そして、これはいくら強調してもしすぎることはないと思うのですが(というか、実はこの映画のいちばんの見どころの一つなのではないかと思うのですが)、サムを演じている髭面のコリン・ファースの、パートナーに注ぐ慈愛に満ちたまなざしや優しい表情がたまらなく魅力的でセクシーです。ゲイの「理想の恋人像」を具現化した感があります。『アナザー・カントリー』の知的な美青年が、今じゃすっかり髭が似合うダディになって…という感慨も。コリン・ファースはもはや、ロビン・ウィリアムズと並ぶ、多くのゲイにとっての「心の恋人」的な俳優だと言えるのではないでしょうか。
英国を代表する作曲家、エルガーの『愛の挨拶』が、二人の愛に感動を添えます。
子どもが走り回ったりするパーティのシーンでアニマルズの『朝日のあたる家』がかかってたのが面白かったです(『朝日のあたる家』はニューオーリンズの「朝日楼」という娼館に流れ着いた女性の悲哀を歌った歌。ただしアニマルズは歌詞を男性に変えて歌っています)
様々なところで英国の自然や文化を感じられるのも、この映画の魅力かもしれません。

スーパーノヴァ
原題:Supernova
2020年/英国/95分/監督:ハリー・マックイーン/出演:コリン・ファース、スタンリー・トゥッチほか
INDEX
- たとえ社会の理解が進んでも法制度が守ってくれなかったらこんな悲劇に見舞われる…私たちが直面する現実をリアルに丁寧に描いた映画『これからの私たち - All Shall Be Well』
- おじさん好きなゲイにはとても気になるであろう映画『ベ・ラ・ミ 気になるあなた』
- 韓国から届いた、ひたひたと感動が押し寄せる名作ゲイ映画『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』
- 心ふるえる凄まじい傑作! 史実に基づいたクィア映画『ブルーボーイ事件』
- 当事者の真実の物語とアライによる丁寧な解説が心に沁み込むような本:「トランスジェンダー、クィア、アライ、仲間たちの声」
- ぜひ観てください:『ザ・ノンフィクション』30周年特別企画『キャンディさんの人生』最期の日々
- こういう人がいたということをみんなに話したくなる映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』
- アート展レポート:NUDE 礼賛ーおとこのからだ IN Praise of Nudity - Male Bodies Ⅱ
- 『FEEL YOUNG』で新連載がスタートしたクィアの学生を主人公とした作品『道端葉のいる世界』がとてもよいです
- クィアでメランコリックなスリラー映画『テレビの中に入りたい』
- それはいつかの僕らだったかもしれない――全力で応援し、抱きしめたくなる短編映画『サラバ、さらんへ、サラバ』
- 愛と知恵と勇気があればドラゴンとも共生できる――ゲイが作った名作映画『ヒックとドラゴン』
- アート展レポート:TORAJIRO 個展「NO DEAD END」
- ジャン=ポール・ゴルチエの自伝的ミュージカル『ファッションフリークショー』プレミア公演レポート
- 転落死から10年、あの痛ましい事件を風化させず、悲劇を繰り返さないために――との願いで編まれた本『一橋大学アウティング事件がつむいだ変化と希望 一〇年の軌跡」
- とんでもなくクィアで痛快でマッチョでハードなロマンス・スリラー映画『愛はステロイド』
- 日本で子育てをしていたり、子どもを授かりたいと望む4組の同性カップルのリアリティを映し出した感動のドキュメンタリー映画『ふたりのまま』
- 手に汗握る迫真のドキュメンタリー『ジャシー・スモレットの不可解な真実』
- 休日課長さんがゲイ役をつとめたドラマ『FOGDOG』第4話「泣きっ面に熊」
- 長年のパートナーががんを患っていることがわかり…涙なしに観ることができない、実話に基づくゲイのラブコメ映画『スポイラー・アラート 君と過ごした13年と最後の11か月』
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