REVIEW
鬼才ライナー・ベルナー・ファスビンダー監督の愛と性をリアルに描いた映画『異端児ファスビンダー』
ドイツ映画祭で上映中の『異端児ファスビンダー』は、ニュー・ジャーマン・シネマの鬼才、ライナー・ベルナー・ファスビンダー監督の伝記映画です。超ハードなゲイだったファスビンダーの男遍歴がありのままに描かれています。
![鬼才ライナー・ベルナー・ファスビンダー監督の愛と性をリアルに描いた映画『異端児ファスビンダー』 鬼才ライナー・ベルナー・ファスビンダー監督の愛と性をリアルに描いた映画『異端児ファスビンダー』](assets/images/FEATURES/E2021/ES/Itanji.jpg)
まだウブだった学生時代、まるでトム・オブ・フィンランドの世界から抜け出てきたかのような(もっと妖しく幻想的ですが)荒くれ者の水夫のエロティックで耽美的な映画『ファスビンダーのケレル』を観たときの衝撃と興奮たるや…。ライナー・ベルナー・ファスビンダーはゲイライフを始めたばかりの頃の自分にとって、神的な存在でした。その作品を現代の日本で観る機会は多くはないのですが、トランス女性を主人公にした『13回の新月のある年に』もとても衝撃的でしたし、やっぱりスゴい監督だと実感させられました。
そんなファスビンダーの生涯を描いた『異端児ファスビンダー』が5月のドイツ映画祭で上映されるという情報が今年初めに届き、期待に胸を高鳴らせていたのですが、コロナ禍で延期となり…そしてようやく、この11月に上映が実現したのです。レビューをお届けします。(後藤純一)
<あらすじ>
1967年、ミュンヘン――。弱冠22歳のファスビンダーは劇団「アンチテアター」の舞台を席捲したが、この無遠慮極まりない若者がいつかドイツを代表する異才の映画監督になろうとは、当事、だれも想像もしていなかった。間もなく、この、カリスマ性に満ち、高い要求を突き付けるファスビンダーの下に、俳優、取り巻き連中や恋人などが集結する。次々に発表される新作はベルリンやカンヌの映画祭で話題を集める。しかし若き監督は仕事でもプライベートでも周囲を二極化させ、自身の身体を痛めつけるような無茶な仕事ぶりや過度な麻薬摂取などによって、その犠牲となる者も生まれてくるのだった…。
予想以上にゲイ映画でした。しかもハードなゲイ。ライナーの愛と性の遍歴、孤独や渇望が実にリアルに描かれていました。
ヒゲ面のライナーはだいたい革ジャンを着ていて(レザーの帽子もかぶったり)、Sで、男臭くガサツで、ビールとキューバ・リブレでふくらんだ腹を隠そうともせず、そんななりでも男と恋に落ちては、泣いたり、泣かせたり…。ある意味では魅力的ですが、ある意味で鬼畜でもある、本当に人間臭い人でした。
SEX、DRUG、ROCK'N ROLLを地で行くような、自由で奔放なゲイの芸術家人生でした。
例えばあの『ケレル』でブラッド・デイヴィスのケツを掘っていたり(画像はこちら)、『13回の新月のある年に』にも出演していたセクシーな黒人俳優、ギュンター・カウフマンが、ライナーが惚れ込んだ恋人というか愛人であり、ギュンターはそれを利用してファスビンダー作品に主演したりもする(いわばファスビンダー作品の「ミューズ」の一人となった)ということ、ライナーは愛憎入り交じる感情を彼に抱いていて、時にサディスティックに(ひどいやり方で)責めたりもするのですが、恋愛関係が終わった後も彼を映画に起用していて、それはやっぱり愛だよなぁと思わせます。
ファスビンダー作品にも出演していたハンサムなアルミン・マイアーも登場します。アルミンは不遇な生い立ちの人だったのですが、ライナーに人生の希望を見出し、彼に尽くし、良い恋人であろうと努力してきました。でも、ライナーのバースデイに呼ばれず、一人、家に残されてしまい、負の感情が押し寄せて…(フランシス・ベーコンの恋人だったダイアーを思い出させます)
だいたいにしてファスビンダーの映画製作の現場は、プロデューサーにしても俳優にしてもスタッフにしてもゲイだらけだったということもわかりました。トランス女性もいました。
トランス女性といえば、うらぶれた路地でボロ雑巾のように男に捨てられた哀れなトランス女性に、ライナーが車を降りて優しく声をかけるシーンにグッときました(これが『13回の新月のある年に』のエルヴィラの物語へとつながります)
時にコメディタッチで、笑わせてもくれます。ウォーホールと対談するためにNYに招待された時、仕事は上の空で、夜は勇んでレザーマンが集う(SM的な雰囲気の)クルージングスポットに出かけるのですが、フェラしてくれた青年が、事が終わったあと、サインを求めてきて、ライナーも普通にそれに応えるというシーンがありました。
クスリ漬けだし、時に差別的な言動もあって、決して褒められた人ではないのですが、ただ言えるのは、彼は、常に弱い立場の人の側に立っていたということです。クィアだけでなく、人種的マイノリティや、セックスワーカーや、貧しい人たち、社会のはみ出し者、アウトサイダーの味方であろうとしていたことは確かです。
映像の色合いや照明、美術(舞台セット)がファスビンダー作品を意識した演出で、印象的でした。
これまでゲイの偉人についての伝記映画は、オスカーに輝いた『ミルク』や、アラン・チューリングの生涯を描いた『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』、フランシス・ベーコンの『愛の悪魔』、『ボヘミアン・ラプソディ』、『イヴ・サンローラン』、『トム・オブ・フィンランド』など様々ありましたが、『異端児ファスビンダー』ほどセックスのシーンを赤裸々に描いた自由奔放な作品はなかったと思います。
あと1回、21日(日)17:20〜渋谷ユーロライブ「ドイツ映画祭 HORIZONTE 2021」にて上映されます。
異端児ファスビンダー
原題:Enfant Terrible
2020年/135分/ドイツ/監督:オスカー・レーラー/出演:オリヴァー・マズッチ、カティア・リーマン、ハリー・プリンツ、アレクサンダー・シェアー、エルダル・イルディズ、アントン・ラッティンガー、フェリックス・ヘルマンほか
INDEX
- トランスジェンダーの歴史とその語られ方について再考を迫るドキュメンタリー映画『アグネスを語ること』(レインボー・リール東京2022)
- 「第三の性」「文化の盗用」そして…1秒たりとも目が離せない映画『フィンランディア』(レインボー・リール東京2022)
- バンドやってる男子高校生たちの胸キュン青春ドラマ『サブライム 初恋の歌』(レインボー・リール東京2022)
- 雄大な自然を背景に、世界と人間、生と死を繊細に描いた『遠地』(レインボー・リール東京2022)
- 父娘の葛藤を描きながらも後味さわやかな、美しくもドラマチックなロードムービー『海に向かうローラ』
- 「絶対に同性愛者と言われへん」時代を孤独に生きてきた大阪・西成の長谷さんの人生を追った感動のドキュメンタリー「93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて~」
- アジア系ゲイが主役の素晴らしくゲイテイストなラブコメ映画『ファイアー・アイランド』
- ミュージシャンとしてもゲイとしても偉大だったジョージ・マイケルが生前最後に手がけたドキュメンタリー映画『ジョージ・マイケル:フリーダム <アンカット完全版>』
- プライド月間にふさわしい名作! 笑いあり感動ありのドラァグクイーン演劇『リプシンカ』
- ゲイクラブのシーンでまさかの号泣…ゲイのアフガニスタン難民を描いた映画『FLEE フリー』
- 男二人のロマンス“未満”を美味しく描いた田亀さんの読切グルメ漫画『魚と水』
- LGBTQの高校生のリアリティや喜びを描いた記念碑的な名作ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』
- LGBTQユースの実体験をもとに野原くろさんが描き下した胸キュン青春漫画とリアルなエッセイ『トビタテ!LGBTQ+ 6人のハイスクール・ストーリー』
- 台湾での同性婚実現への道のりを詳細に総覧し、日本でも必ず実現できるはずと確信させてくれる唯一無二の名著『台湾同性婚法の誕生: アジアLGBTQ+燈台への歴程』
- 地下鉄で捨てられていた赤ちゃんを見つけ、家族として迎え入れることを決意したゲイカップルの実話を描いた絵本『ぼくらのサブウェイベイビー』
- 永易さんがLGBTQの様々なトピックを網羅的に綴った事典的な本『「LGBT」ヒストリー そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』
- Netflixで今月いっぱい観ることができる貴重なインドのゲイ映画:週末の数日間を描いたロマンチックな恋愛映画『ラ(ブ)』
- トランスジェンダーのリアルを描いた舞台『イッショウガイ』の記録映像が期間限定公開
- 宮沢賢治の保阪嘉内への思いをテーマにしたパフォーマンス公演「OM-2×柴田恵美×bug-depayse『椅子に座る』-Mの心象スケッチ-」
- 絶望の淵に立たされた同性愛者たちを何とか救おうと奮闘する支援者たちの姿に胸が熱くなる映画『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』