REVIEW
『グリーンブック』でゲイを守る用心棒を演じたヴィゴ・モーテンセンが、自らゲイの役を演じた映画『フォーリング 50年間の想い出』
『グリーンブック』でゲイのドクター・シャーリーの運転手兼用心棒を務めたヴィゴ・モーテンセンが監督デビューを果たし、自身の親子関係を反映させた半自伝的な脚本をもとに描いたヒューマンドラマ作品。今作ではヴィゴ・モーテンセン自身がゲイの役を演じています。
『ロード・オブ・ザ・リング』のアラルゴン役でブレイクしたヴィゴ・モーテンセン。『グリーンブック』では運転手兼用心棒を演じ、あの絶世のイケメンが、だらしなく太った粗野で無教養なおっさんに!というところもスゴかったのですが、初めは気が合わないように見えたドクター・シャーリーと次第に心を通わせていき、黒人でゲイであるドクター・シャーリーと人種やセクシュアリティを越えて友情を育み、彼のピンチを救い、守り通すという、アライを地で行く姿がとても感動的で、胸を熱くした人も多かったことでしょう、結果、『グリーンブック』はアカデミー作品賞という栄誉に輝きました。そんなヴィゴ・モーテンセンが監督デビューを果たし、自身の親子関係を反映させた半自伝的な脚本をもとに描いたヒューマンドラマ作品が『フォーリング 50年間の想い出』です。今作ではヴィゴ・モーテンセン自身が、パートナーと一緒に養子を育てているゲイの役を演じています。レビューをお届けします。(後藤純一)
<あらすじ>
航空機のパイロットであるジョンは、パートナーのエリックや養女モニカとロサンゼルスで暮らしている。ある時、田舎で農場を経営する父ウィリスが認知症となり、引退後に住む家を探すためジョンのもとへやって来る。ジョンは思春期の頃から保守的な父との間に心の溝があったが、認知症で過去と現在の出来事が混濁する父と向き合ううちに父子の50年間の記憶がよみがえり、不器用な父の秘めた思いに気づいていく…
ジョンの父親のウィリスは、最初からほぼ最後まで、差別まるだしで下品で乱暴で、あたりかまわず全員に迷惑をかけています。ゲイである自分の息子も容赦なくFワードで罵り、娘のサラの子どもたち(Z世代の、髪を染めてたり、ゴスだったり)、つまりかわいい孫にもそのような差別語を使う始末…。ジョンの回想のシーンを通じて(いい父親だったと思えるようなエピソードもなくはないのですが)さらに、独占欲が強く、疑い深くて、破廉恥で、家族を不幸にしてきた人物であったことが浮き彫りになります。
正直、父親の言動はとてもつらかったです。差別語に耐えられない方、HSPの方、感受性の強い繊細な方、怒鳴り声や罵声が苦手な方は観ないほうがよいかもしれません…。
こうしたウィリスの差別まるだしで下品で乱暴な言動は、彼のパーソナリティなのだと言えばそうかもしれませんが、近年、盛んに言われている「Toxic Masculinity(有毒な男性性)」の表れだとも言えます。昔のアメリカは、こういうタイプの男たちがあふれていたし(だからこそウィリスもそういうキャラでいられたし)、ホモソーシャルな関係性のなかで「有毒な男性性」が煮詰められていったのではないかと想像されます。
数年前に観たアメリカのコメディドラマで、まさにこういう感じの差別まるだしで下品で乱暴なおじいちゃんが田舎から出てきて、孫たちが呆れかえりながら軽くいなす(笑いをとる)シーンがあったのを憶えていますが、おそらくこのような人物を今、ガチで登場させるのは困難で、笑いにしてしまうか、このように認知症という設定にするしかないのだと思います。
また、息子のジョンがもしストレートだったら、父親の「有毒な男性性」を受け継いでしまう可能性もあり、ドラマとして成立しなくなってしまうことを避けるため、ジョンはゲイである必要があったのだなと思いました。
ジョンにはエリックというアジア系(たぶん中国系)のパートナーがいて、モニカという(中国系+ハワイ系の)養女もいて、幸せな家庭を築いています。
ジョンの妹のサラも、ちょっとしか出てきませんが、実に魅力的な、素敵な女性です。
2人とも、あの父親の家でよくぞこんなに…と驚くような、常識をわきまえ、他人に気を遣える、それでいて多様性や個性を重んじ、寛容で、世界と未来を信じている、たいへん素晴らしい人です(子ども時代の苦労を知るにつけ、現在の姿とのギャップに、涙を誘われます)
そんな2人と、田舎の農場で「有毒な男性性」に冒され、世界を呪いながら生きてきた父親との対比…まるで現在のアメリカの分断を象徴するかのようです(ちなみに2人はカリフォルニアに住む民主党支持者、父親は田舎に住む共和党支持者です)
しかし、ヴィゴ・モーテンセンは、そうしたアメリカの社会的な問題を描きたいのではなく、時代遅れな父親を笑い者にしたいわけでもありません。絶望なまでに意思疎通が困難な、到底理解しあえない父親を、それでも、子どもの頃には、少しは優しくしてくれた思い出もあるし、自分を育ててくれた親が認知症になってしまったのを放っておくわけにはいかないと、精一杯手を差し伸べ、できる限り面倒を見ようとするのです。この映画は、歩み寄り、赦し、寛容、和解ということがテーマだと思います。
果たして、年老いた認知症のウィリスは、息子・ジョンの懸命な介護や献身的な姿勢に胸を動かされ、差別的で乱暴な態度を改めるようになるのか、それとも…(結末は、ぜひ、映画館でご覧ください)
映画を観ながら、どうしても、自分の父親のことを思い出さずにはいられませんでした。ご覧になった方はみなさん、そうだと思います。
私の父親は(青森の田舎の割には)あんなに差別むきだしではなかったし、むしろ、私が予想だにしなかったシンパシーを示してくれて、本当に救われましたし、幸いでしたし、感謝してもしきれません(先に母親にカミングアウトしたのですが、本を読んで理解し、それとなく父にうまく説明してくれて、ある日、父親から手紙が来て、「今まで独りで悩んできたんだね。気づいてあげられなくてごめんね」と書いてあって、号泣…。その後、パレードや二丁目祭りを見に来てくれたり。両親と私のパートナーと4人で旅行したこともありました)
でも、世の中には、ジョンと同じような経験をしている方も、きっといらっしゃると思います。高齢の父親の面倒は見なくちゃいけない、でもゲイに理解がある人じゃないとしたら…本当につらいですよね…(多くの方はカミングアウトしていないと思いますし、父親に伝わっていてなおかつ差別的ということはあまりないのかもしれませんが…)
今まであまり考えたことのなかったことについて、思いをめぐらせるきっかけになりました。
初監督作品とは思えないクオリティで、特に音楽が素晴らしかったです。ショパンのワルツ第7番嬰ハ短調が使われているシーンにはグッときます。
俳優陣も、演技派が揃っている印象です。医者の役で『裸のランチ』のデヴィッド・クローネンバーグが出演しているのも見どころかもしれません。
怒鳴り声や罵声や争い事や差別語に対して敏感な方には決してオススメしないのですが、親との関係について思うところがある方など、ご覧になってみてはいかがでしょうか。
フォーリング 50年間の想い出
原題:Falling
2020年/カナダ・英国/112分/監督:ビゴ・モーテンセン/出演:ランス・ヘンリクセン、ビゴ・モーテンセン、テリー・チェン、スベリル・グドナソン、ローラ・リニー、デビッド・クローネンバーグほか
(C)2020 Falling Films Inc. and Achille Productions (Falling)Limited・SCORE (C)2020 PERCEVAL PRESS AND PERCEVAL PRESS INC. ・A CANADA - UNITED KINGDOM CO-PRODUCTION
INDEX
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- アート展レポート:能村個展「禁の薔薇」
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- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
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- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
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- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
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