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REVIEW

M検のエロティシズムや切ない男の恋心を描いたヒューマニズムあふれる傑作短編映画『帰り道』

出征前に「M検」を受けた学生たちの、帰り道での青春の一幕を描いた短編映画です。東海林毅監督の人間性がにじみ出た素晴らしい作品。泣けます。

M検のエロティシズムや切ない男の恋心を描いたヒューマニズムあふれる傑作短編映画『帰り道』

出征前に「M検」を受けた学生たちの、帰り道での青春の一幕を描いた映画です。たった10分の短編なのに、実に豊穣で多様で奥深いテーマが凝縮された作品です。レビューをお届けします。(後藤純一)




<あらすじ>
昭和19年、福岡のとある村。もうすぐ出征することになっている学生たちが、徴兵検査を受ける。その帰り道、カンジは、明朝出発するサクノスケを誘って川辺に向かい、泳ごうと誘う。そして…


 たった10分の短編なのに、なんと豊穣で、深い映画だろうと感じずには入られません。男どうしのエロティシズム、本気で恋してしまったがゆえの行動の滑稽さや切なさ、"美しくない"人間への限りない愛情、戦争の残酷さ…実に多様で奥深いテーマが凝縮されています。東海林毅監督の人間性がにじみ出た、素晴らしい作品です。(『片袖の魚』を待たずして)この作品だけでも東海林さんが日本のLGBTQコミュニティにおける本当に重要な映像作家の一人であることが証明されたと思います。
 
 ノンケの男友達に密かに恋をしている主人公の気持ち、痛いほどわかります。みなさんも同級生や同じ部活の仲間に恋してしまった経験がきっとあるんじゃないかと思いますが、告白もなかなかできないし、とても苦しい恋ですよね…。たとえ勇気を振り絞って告白したとしても、嫌われるか、いい友達でいようと言われるか…いずれにせよ、成就はしません。それでも、好きなんです。彼の幸せを願わずにはいられないんです。そんな彼の身に何かあったとしたら、身を切られるようにつらいのです。その心情が、見事に表現されていました。

 主人公のカンジが、いわゆるBLとかに出てきそうな美形とかイケメンじゃなく、ゲイ受けする男臭い感じのモテ筋でもなく、つまり、世間的にもゲイ的にも"ブサイク"だと見られるであろう男性だったところにも、意味があると思います。これが世の現実(リアル)だという意味だけでなく、(『老ナルキソス』の主人公もそうでしたが)監督が"美しくない"人間に注ぐ優しいまなざし、限りない愛情を感じさせます。「アンチルッキズム」という声高な感じではなく、堂々とイケてない男性を主人公に据えることで、イケメン至上主義(ルッキズム)に異を唱えるスタンス。なかなかできることではありません。
 
 そして、褌がこんなにも愛おしくて美しくて悲しいものに感じられる作品もないでしょう。この映画を観た方はきっと「まさか褌で泣かされるなんて…」と思うはず(私は亡くなった六尺関係の友人のことを思い出してしまい、自分でもびっくりするくらい泣いてしまいました)
 もしこれが現代の話だったらパンツ(あるいは、水着とか、ケツワレとか?)になると思いますが、パンツでは、あの褌の、一抹のおかしみや悲哀が混ざりあった独特の趣は生まれなかったはずです。
(ちなみに、戦前の男たちは六尺なのでは…と思い、調べてみたのですが、確かに越中も着用されていました。時代考証、合ってました)
 
 「M検」を映画にしたのもいろんな意味で画期的だと思います。『薔薇族』や『さぶ』の小説やコラムでたびたび取り上げられていたので、昭和なゲイの方はご存じかと思いますが、M検とは、徴兵検査において、性病を持っていないかどうか確認するために、男性器や肛門を検査することです(Mは魔羅のM)。もしかして日本初?と思ったのですが、『海軍特別年少兵』という映画で、M検に近いシーンがあったようです。ただ、明確にゲイ・エロティシズムの文脈でM検を描いたのは、この作品が初めてだと思います。お尻までいったらもっとスゴいことになってたと思いますが、役者さんがノンケさんなので、そこまでできなかったんでしょうね…(と思いきや、あるゲイの方が肛門での出演をオファーされたものの、スケジュールが合わず、断念したとツイートしていらっしゃいました。実現してたらよかったですね…)
 
 最後に、この時代の男どうしの愛と性についてです。カンジが好きになったサクノスケや、帰り道に一緒だった友人は、戦時中の(家父長制や男尊女卑が染み付いた)男たちとは思えない、同性愛嫌悪が感じられない「いい奴」です。リアリティがないと言えばそうかもしれませんが、(公にはできないにせよ)案外、こうした出征する男たちの間では愛が芽生えていたかもしれないな、とも思いました。「M検」を終えた男たちの多くは、その晩(今生の最後の色事になるかもしれないと覚悟のうえで)女を買いに行ったそうですが、なかには、男どうしの友情が恋に変わり、その夜にセックスした男たちもいたのではないでしょうか(男色は日本の伝統ですし、明治期まで普通だったそうなので、実はそんなに抵抗感はなかったのではないかと推測します。戦時中を知らないので、なんとも言えませんが…)
 
 たった10分の短編映画とは思えない、いろんな感想やイイタイコトがあふれてくるような作品でした。
 4月20日まで無料で公開されています。ぜひご覧ください。


帰り道
2017年/日本/監督:東海林毅/出演:眼鏡太郎、田中博士、照井健仁ほか
Gyao!で2022年4月20日(水)23:59まで無料公開

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