REVIEW
結婚もできない、子どももできないなかで、それでも愛を貫こうとする二人の姿を描いたクィアムービー『フタリノセカイ』
自身もトランス男性である飯塚花笑監督による、FTMの真也と恋人ユイの10年を描いた映画です。結婚もできない、子どももできないなかで、それでも愛を貫こうとする二人のひたむきさや勇気に胸を打たれます。
トランスジェンダーである自身の経験をベースにした『僕らの未来』が、ぴあフィルムフェスティバル PFFアワード2011において審査員特別賞を受賞し、国内外で高い評価を得た飯塚花笑監督による新作。トランス男性の主人公とその彼女が、結婚して人生を共に歩みたいと望むも、様々なハードルが…というリアリティを、それぞれの視点で描いた恋愛ドラマ作品です。結婚もできない、子どももできない、それでも貫ける愛は存在するのか、というテーマで、飯塚監督が「見たかった世界」を描いた作品だそうですが、期せずして素晴らしくクィアな作品が誕生したのでは?と思いました。
<あらすじ>
出会った瞬間に運命を感じた、トランス男子の真也とユイ。激しく惹かれ合うなかで、結婚して家庭を作りたいと願う二人だったが、恋人がトランスジェンダーであることでユイは葛藤を抱き、さらにさまざまな問題が降りかかってくる。一度は別れたものの、再び出会ったことでお互いがかけがえのない存在だと再認識する真也とユイ。今度こそ一緒に人生を歩んでいこうと決意した彼らは、ある決断をするのだった…。
群馬の田舎で、お互いに一目惚れ的に恋に落ちる、お弁当屋で働く真也と、保育士のユイ。年も近い、お似合いのカップルで、傍目からはいい感じに見えます。しかし、真也には秘密があり、ユイも最初は全然気づかなかったのですが、実はトランスジェンダーで、まだ手術を受けていないので身体が女性のままであるということがわかって、手術を受けて戸籍性を変えれば結婚はできるけど、二人で子どもを産むことはできないということに、ユイはショックを受けますが(保育士ですから、子どもが好きなのです)、それでも一緒にいようと決意し、本を読んだりして勉強し…という展開が、まず胸熱です。もっと胸熱なのは、予告編にもあるように、理解しているようでいてあまり息子のことを理解していなかった真也の母に対して、ユイが「パートナーシップがどうとかLGBTがどうとか、こんな田舎に住んでたらあたしたちには関係ない」と怒りをぶつけるシーンです。
行き詰まりを感じた二人は、別れを選択し…とても切ないのですが、その後の展開が、ちょっと驚きです。悪いノンケが出てきます(逆に、いいノンケも出てきます。真也には男友達がいて、真也をちゃんと男として見ていて、たぶんトランスジェンダーとしての苦労とかもわかったうえで、飲みに行ったり、男のつきあいをしています。ホントにいい人だなぁと思います)
さらに、第三のキャラクター、俊平が登場します。俊平はたぶんジェンダークィア(ノンバイナリー)で、たぶんパンセクシュアルなのですが、終盤、とても重要な役割を果たします。
日本映画でトランスジェンダーを描いたドラマ作品といえば、トランスジェンダーであることで世間の無理解や偏見に直面し、心が痛む様をリアルに描いたり、手術を受けて悲劇的な死を遂げたり、育児放棄された女の子を育てるトランス女性という母親的な姿を描くことで世間の共感を呼んだりという作品が多かったと思いますが、トランス男性を描いた作品は初めてではないかということ、そして、トランスジェンダーの本気の恋を描いたのもほとんど初めてではないかと思います(『彼らが本気で編むときは、』は最初から二人が安定的なパートナー関係にあって、恋愛は描かれていないんですよね)。それだけでも画期的なのですが、もしこの映画が、真也とユイの恋愛だけを描くものだったら、見た目は男女のカップルですし、真也がトランスジェンダーであるがゆえにいろんな困難に直面はするものの、そのことを除けばあくまでも"普通"の男女ですよ、という趣の作品になりかねなかったと思うのですが、俊平というキャラクターの活躍のおかげで、この映画が稀に見るクィアな作品になったという点が、とてもよかったです(ネタバレになるので、あまり詳しく言えないのですが…)。この映画の"普通”じゃないところが、もっと高く評価されてよいと思います。
キャスティングが絶妙だと思いました。
坂東龍汰さんは本当にトランス男子に見えるし、ちょっと陰のある真也という役を見事に演じていると思います。また、俊平を演じた松永拓野さんは、ゲイにも見えるしトランスジェンダー(ノンバイナリー)にも見える、スゴい方です。このお二人を出演させた時点でこの映画は成功だと思うくらい、逸材だと思います。儚げに見えながら芯の強さや情熱を持っているユイという女の子をしっかり演じた片山友希さんも、とてもよかったです(『俺のスカート、どこ行った?』にも出てたんですね)
こちらのインタビュー記事で監督さんも「トランスジェンダーか、トランスジェンダーをよく理解している人がいいと思ってたんですけど、会ったときに、坂東君は真也にぴったりだと思った」と語っていますが、坂東さんでよかったと思います(これまで、トランス女性の役を男性が無理やり演じる作品ばかり目立っていましたが、ちょっと女性的な面影も感じさせる男性がトランス男性を演じるほうがどれだけいいかということも雄弁に物語っていたと思います)
それから、群馬つながりである秀吉が、エンディングに「ひだまりのいろ」という歌を書き下ろしています。いい歌です。
あまり詳しく言えないので恐縮ですが、ジェンダーとセクシュアリティの未来を感じさせます。あと何年後かに、『フタリノセカイ』は時代を先取りしてたよね、やっと時代が『フタリノセカイ』に追いついたよね、と言われるのではないでしょうか。
終わり方についてどう感じるかは、観た方々の間で賛否あるそうです(個人的には素晴らしいと感じましたし、感動すら覚えました)。ぜひ、ご覧になってみてください。
フタリノセカイ
2021年/83分/PG12/日本/監督:飯塚花笑/出演:片山友希、坂東龍汰、松永拓野ほか
新宿シネマカリテほかで上映中
INDEX
- ハリウッド・セレブたちがすべてのLGBTQに贈るラブレター 映画『ザ・プロム』
- ゲイが堂々と生きていくことが困難だった時代に天才作家として社交界を席巻した「恐るべき子ども」の素顔…映画『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』
- ハッピーな気持ちになれるBLドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(チェリまほ)
- 僕らは詩人に恋をする−−繊細で不器用なおっさんが男の子に恋してしまう、切ない純愛映画『詩人の恋』
- 台湾で婚姻平権を求めた3組の同性カップルの姿を映し出した感動のドキュメンタリー『愛で家族に〜同性婚への道のり』
- HIV内定取消訴訟の原告の方をフィーチャーしたフライングステージの新作『Rights, Light ライツ ライト』
- 『ルポールのドラァグ・レース』と『クィア・アイ』のいいとこどりをした感動のドラァグ・リアリティ・ショー『WE'RE HERE~クイーンが街にやって来る!~』
- 「僕たちの社会的DNAに刻まれた歴史を知ることで、よりよい自分になれる」−−世界初のゲイの舞台/映画をゲイの俳優だけでリバイバルした『ボーイズ・イン・ザ・バンド』
- 同性の親友に芽生えた恋心と葛藤を描いた傑作純愛映画『マティアス&マキシム』
- 田亀源五郎さんの『僕らの色彩』第3巻(完結巻)が本当に素晴らしいので、ぜひ読んでください
- 『人生は小説よりも奇なり』の監督による、世界遺産の街で繰り広げられる世にも美しい1日…『ポルトガル、夏の終わり』
- 職場のLGBT差別で泣き寝入りしないために…わかりやすすぎるSOGIハラ解説新書『LGBTとハラスメント』
- GLAADメディア賞に輝いたコメディドラマ『シッツ・クリーク』の楽しみ方を解説します
- カトリックの神父による児童性的虐待を勇気をもって告発する男たちの連帯を描いた映画『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』
- 秀才な女子がクラスの男子にラブレターの代筆を頼まれるも、その相手は実は自分が密かに想いを寄せていた女子だった…Netflix映画『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』
- 映画やドラマでトランスジェンダーがどのように描かれてきたかが本当によくわかるドキュメンタリー『Disclosure トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』
- 人生のどん底から抜け出す再起の物語−-映画『ペイン・アンド・グローリー』
- マドンナ「ヴォーグ」の時代のボールルームの人々をシビアにあたたかく描く感動のドラマ、『POSE』シーズン2
- 「夢の国」の黄金時代をゲイや女性や有色人種の視点から暴いた傑作ドラマ『ハリウッド』
- ゲイタウンでポルノショップを40年近く経営していたノンケ夫婦の真実の物語『サーカス・オブ・ブックス』
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