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ゲイクラブのシーンでまさかの号泣…ゲイのアフガニスタン難民を描いた映画『FLEE フリー』

今年のアカデミー賞で3部門にノミネートされるなど世界的に高く評価されている映画『FLEE フリー』が公開中。アフガニスタンの戦火から逃れ、命からがら北欧にたどり着き、難民となったゲイの青年の真実をアニメーションで表現した作品です。つらく苦しい過去の記憶だけでなく、希望や幸福も描かれています。ゲイクラブのシーンで号泣したのは生まれて初めてです…。

ゲイクラブのシーンでまさかの号泣…ゲイのアフガニスタン難民を描いた映画『FLEE フリー』

今年のアカデミー賞で、史上初となる国際長編映画賞、長編ドキュメンタリー賞、長編アニメーション賞3部門同時ノミネートを果たしたドキュメンタリー映画『FLEE フリー』が、いよいよ公開されました。戦火を避けて祖国アフガニスタンから家族といっしょに脱出し、安全な地への密入国を試み、家族もバラバラになり、たった一人で北欧のデンマークにたどり着いて、難民として生き延びたゲイの青年の真実をアニメーションで表現した作品です。過去の苦しみや、真実を誰にも言えなかったつらさも描かれますが、一方で、希望や幸福も描かれています。片時も目が離せない、掛け値なしの名作です。ゲイクラブのシーンで号泣したのは生まれて初めてです…。レビューをお届けします。(後藤純一)
 


 紛争、難民、人種差別、同性愛者弾圧など現代社会を覆う数々の問題が内包されたドキュメンタリー映画『FLEE フリー』。祖国から逃れて生き延びるために奮闘する人々の過酷な日々、居場所を奪われ、自身の命が保証されなくなるということがいかに人間の尊厳を傷つけ、健全な社会生活を脅かすかということが如実に描かれています。
 勇気をもって真実を語ってくれた主人公のプライバシー保護のために、実写ではなく、ほとんどがアニメーションで描かれています。それゆえに、つらい出来事を語るシーンも、露骨ではない、どなたでも観ていただけるような描写になっていますし、子ども時代のお話なども生き生きと、鮮やかに描かれていてホッとできますし、主人公の心情をファンタジックに描くようなシーンなどもあって、よかったです。そういう意味では、重苦しい現実を描いた、観るのがつらくなるタイプのドキュメンタリーというよりは、真実のストーリーを描いた、喜びや幸福感や感動もあるアニメ作品だと思っていただいてよいかと思います。
  
<ストーリー>
アフガニスタンのカブールで生まれ育ったアミン。幼い頃に父が警察に連行され、帰って来ず、残った家族とともに暮らしていたが、武装勢力の攻撃を避けるために家族で祖国を脱し、ロシアに逃れた。やがて家族とも離れ離れになり、数年後、たった一人でデンマークへと亡命したアミンは、30代半ばとなり、研究者として成功を収め、恋人の男性と結婚を果たそうとしていた。だが、彼には恋人にも話していない、20年以上も抱え続けていた秘密があった。あまりに壮絶で過酷な半生を、親友である映画監督の前で、アミンは静かに語り始める…。

 実際のインタビューの場面をそのままリアルに再現したような冒頭のシーンから、好きな格好をして街を走り回っていたカブールでの子ども時代のファンタジックな回想のシーンへ。アニメーションだからこその表現。観客は一気にその世界観に引き込まれていきます。そして、アミンとその家族を翻弄する苛酷な運命に、誰もが胸を痛め、祈るような気持ちにさせられます。
 果たしてこれは、自分には関係のない“遠い国の出来事”だろうか? 私たちもいつ難民になるとも限らないのでは?とも思わせます。
 
 アミンは、『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』のような同性愛ゆえの弾圧ではなく、90年代のアフガニスタン紛争(内戦)の激化※で家族ともども国外に逃れ、難民として受け入れてくれる安全な国へとたどり着くまでに、想像を絶するような経験をしました。が、映画の最初のほうの子ども時代の回想のシーンのなかで、「アフガニスタンにはゲイはいない」と、絶対に家族にカミングアウトできない、もし言ったら「名誉殺人」の対象になってしまう…といったことが語られていました(現在のタリバン政権下では、おそらくチェチェンやイランと同様の迫害に遭うことでしょう…)。また、思春期の頃のアミンが、自身のセクシュアリティについて、これは病気なんじゃないかと悩むシーンも描かれていました。

※映画を観ただけでは「なぜ家族で避難せざるをえなかったのか」がよくわからない方もいらっしゃるかと思い、ちょっと補足を。アフガニスタンは1978年のアフガニスタン人民民主党政府の成立以来、各地でムジャーヒディーンと呼ばれる武装勢力の蜂起が発生し、1979年にソ連が軍事介入。その後の戦闘を経て、1985年に成立したソ連のゴルバチョフ政権による外交政策の転換によってソ連軍が撤退。ムジャーヒディーン各派(この武装勢力の中からタリバンが生まれます)が人民民主党政府への攻撃を強め、内戦状態になり、1994年には首都カブールへの攻撃が激しくなります。これにより、数百万人もの難民が発生したのです。アミンと家族は、タリバンがカブールを占拠する直前に脱出し、難を逃れたのです。

 現在のアミンには最愛のパートナーがいて、結婚して新居で暮らそうというプランを立てたりもしているのですが、そんなパートナーにすら言えないことがあり、アミンは苦悩していました。故郷を失い、唯一の心の拠り所となるはずの我が家でも、気を抜くことができません。難民になるというのはこういうことなのか…と驚き、身につまされました。
 そんな、絶対に他人には打ち明けられなかった過去について、プライバシーが保護された状態ではあるものの、アミンが打ち明ける勇気を持てたのは、この映画のヨナス・ポヘール・ラスムセン監督が10代の頃にアミンと知り合い、20年以上にわたって友達でいたからです。二人の出会いのシーンもとても印象的でした。
「トラウマとなる過去を描いたわけですから、彼が映画と向き合うのは辛かったと思います。最初に私とアミン、彼のパートナーの3人で観たとき、エンドロールが流れた後も、私たちはしばらく動けずにいました。そしてアミンは言ったのです。『僕にはこれが素晴らしい映画かどうかわからない。自分の感情と切り離すことができないから』と。彼は難民でゲイという2つの葛藤を抱えて人生を送り、そんな自分の運命が観客に受け入れられるのか、心配していたのだと思います。その後、作品が公開され、多くの観客を感動させ、同じ経験をした世界中の何百万人もの難民の人たちの代弁者となったことで、今は喜んでいるはずです」と監督は語っています。

 『チェチェンへようこそ』が同性愛者弾圧から逃れようとするゲイの姿を描いていたように、『FLEE フリー』でも、アミンがゲイであるがゆえに(ただでさえ難民なのに)さらなる苦難に直面するのでは…と予想していたのですが、その予想をいい意味で裏切るシーンが描かれていて…私のこれまでの映画体験のなかでも最も、感動しました。難民としてのアミンに感情移入していた観客たちは、たとえストレートの方であっても、きっとあのシーンで救われたような気持ちになり、ゲイの世界を祝福してくれるだろうと思います。素晴らしかったです(ぜひ映画館でご覧いただきたいです)
 
 故郷を追われ、様々な苦難の末にたった一人で(しかも15歳の時に)デンマークで難民となったアミンの真実に触れて、ある意味逆説的に、人は故郷、そして家庭という「Home」を心の拠り所とし、帰る場所があることで安心を得られ、生きていける、だからこそ家族の絆を大切にするし、家族の愛情はかけがえのないものだということが、ひしひしと伝わってきます。それは古今東西変わることのなかった人間社会にとっての普遍的な真理とも言えますが、そのことは異性愛であろうと同性愛であろうと関係なく普遍的なのだということをも感じさせます。
 
 難民を描いた映画ということで、否応なしにシリアやウクライナの戦火から逃れた(あるいは避難したくてもできない)人々のことも思わせます。
「現在のウクライナ情勢とともに、この『FLEE フリー』が言及されることは、ある意味で不幸です。また、アフガニスタンでは昨年の夏、この映画が描く1990年代と同じような状況となり、ひじょうに不安定です。ウクライナといい、アフガニスタンといい、現実と映画がリンクするのは事実でしょう。人々が安全な場所にたどり着く。そんな希望を信じていれば、地球の反対側へ行ったとしても、新しい人生を築き始められるのですが……」と監督は語っています。

 アフガニスタンにせよ、ベトナムにせよ、シリアやウクライナにせよ、チェチェン(ロシア)にせよ、人々から故郷を奪い、難民にするのは、戦争であったり、国家によるマイノリティ迫害であったりという「人災」です。世界から戦争をなくし、独裁志向の権力者の暴走を食い止め、強権国家のLGBTQ弾圧をやめさせるために、私たちに何ができるでしょうか――『チェチェンへようこそ』のデヴィッド・フランス監督は、民主主義を守ることがLGBTQの未来の唯一の希望であると語っていますが、LGBTQに限らず、民主主義を守ることが未来の唯一の希望なのだと思いました。
 
 最後に、この映画で用いられている音楽について。アミンは「ウォークマン」で音楽を聴くのが大好きな子で(この下に載せている公式サイトのトップページ、真ん中に描かれている小さな子が、子ども時代のアミンです)、a-haの「Take On Me」とか、ロクセットの「Joyride」とか、思わず「懐かしい!」と言ってしまいそうになるような、素敵な曲が流れていました。ゲイにとって音楽がいかに大切な友達かということが生き生きと描かれていたと思います。

  
 
FLEE フリー 
原題:Flee
2021年/89分/デンマーク・スウェーデン・ノルウェー・フランス合作/監督:ヨナス・ポヘール・ラスムセン

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