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REVIEW

トランスジェンダーの歴史とその語られ方について再考を迫るドキュメンタリー映画『アグネスを語ること』(レインボー・リール東京2022)

50年以上前のトランスジェンダーへのインタビューの記録に基づいた、ドラマ仕立てな部分もあるドキュメンタリー映画で、今回のというより、これまでの映画祭のなかでも最も複雑なテーマを内包していたハイレベルな作品だった気がします。

トランスジェンダーの歴史とその語られ方について再考を迫るドキュメンタリー映画『アグネスを語ること』(レインボー・リール東京2022)

 昨年上映された『ノー・オーディナリー・マン』のチェイス・ジョイント監督の短編『アグネス〜過去から今へ〜』を長編化した作品です。サンダンス映画祭で観客賞と「the Innovator Prize in the NEXT program」という賞を受賞しています。





 1952年、クリスティン・ジョーゲンセンが米国で初めて性別適合手術を受けた人としてデンマークから帰国し、センセーションを巻き起こしました。彼女は戦後の自由、アメリカの自由を象徴する人としてスター的な扱いを受けました。クリスティンは性別を変えたいと望む方の希望でもありました。
 しかしその後、米国の性別適合手術は、性分化疾患の方は受けられる(本人が意図しなくても受けさせる)、性同一性障害の方は(本人が受けたくても)受けられないという二つの道に分かれることになりました。
 UCLAのハロルド・ガーフィンケル教授は60年代、たくさんのトランスジェンダーにインタビューしていましたが、そのなかに、アグネスというトランス女性がいました。彼女は手術を受けたいがために、性同一性障害ではなく他の理由を述べて、インタビュアーの教授を騙して手術を受けます、が、のちにそれが嘘だったと明かし、問題となった人物でした。
 このアグネスのことをはじめ、当時インタビューを受けた様々な方の証言をもとにトークショー風のドラマに再構成したりしながら、通常のドキュメンタリーとは一線を画すような見せ方で製作されたのが、この映画『アグネスを語ること』です。いまの俳優さんが演じていて、そのなかには、『POSE』で悲劇的な死を遂げ、涙を誘ったキャンディを演じていたアンジェリカ・ロスもいます。マックス・ウルフ・バレリオというトランス男性の詩人や、『トランスペアレント』『POSE/ポーズ』などのエピソードの監督をつとめたサイラス・ハワードもいました。
 アンジェリカ・ロスが演じたジョージアという女性(ここに登場する唯一の黒人トランス女性)は、トランスジェンダーの「黒人」の女性であるというだけで、道を歩くと警官に売春婦扱いされ、留置場に入れられたと語りました。ただ自分らしくあるということが、どれだけ厳しく、しんどいことだったか…身につまされました。ジョージアの後に続いた黒人トランス女性たちがストーンウォール暴動に加わり、のちの『パリ、夜は眠らない』『POSE』の物語にも連なっていくのだと思うと、その偉大さに敬意を表さずにはいられません。

 これは割と最近のエピソードですが、米国で有名なケイティ・クーリックのTVトークショーで、2人のトランス女性が出演した回があり、それ自体は画期的だったものの、ケイティがあまりにも下半身のことばかりを聞くのでラヴァーン・コックスがキレて「みんな私たちの股間がどうなっているかということばかり聞きたがる。トランスジェンダーがどれだけ日常生活で困難に直面しているか、どれだけ殺されているか、有色人種のトランスであればなおさらだということに、少しでも思いを馳せてほしい」と言っていたのが痛快で、よかったです。

 監督であり、劇中でトークショーの司会者を演じているトランス男性のチェイス・ジョイントは、こう語っています。
「このようなストーリー/語りでは、トランスの人々は、コミュニティや家族から切り離された孤立した存在であり、それゆえに危害や搾取を受けやすい存在とされます。実際には、トランスコミュニティは「トランス」という言葉が登場し注目される前から、人知れず共になんとか生き、共に世界を構築してきました。“孤立”、それは、実際にはメディアによって作られ、コントロールされた語りであり、本作は、こうした使い古された手法や世間の期待するイメージに反発し、トランスヒストリーの新たな語りの可能性を切り開いています」(コメントの全文はこちら

 チェイス・ジョイントは、UCLAの研究や、当時のトランスの状況について、自身もトランス女性である歴史研究者のJules Gill-Petersonに意見を聞いています。彼女の分析はとても鋭く、的を射ていて、唸らせるものがありました。
 ガーフィンケル教授をはじめ「物語を記述する人」は歴史上常に、白人で、男性で、性的マジョリティで、権力を持っている人たちだったということ。
 表に出て得した人(ジョーゲンセンとか)とそうじゃない人がいる(ジョージアとか)ということ。
 UCLAの研究には、例えば先住民のトランスやアジア系のトランスがいないのですが、それは、メディアに出ることによって被る不利益や危険をわかっていたからだということ。
 虚構と現実の間に人生があるということ。

 たいへん深い作品でした。
 トランスジェンダーに限らず、他のマイノリティも含め、当事者がメディアに出ることのアンビバレントさを鋭く追及するようなところが、特に考えさせられました。
 これまでの映画祭の作品のなかでも、最も複雑でハイレベルなテーマを内包していた作品だった気がします。一度観ただけではわからない部分がある、もう一度観なくては…という気にさせられます。
 この映画が上映されたこと、とても意義深いと思いました。

 

アグネスを語ること
英題:Framing Agnes
監督:チェイス・ジョイント
2022|カナダ/アメリカ|75分|英語
公式サイト
[ドキュメンタリー] / [T]
後援:在日カナダ大使館
★日本初上映
7月9日(土)18:50- @シネマート新宿
7月16日(土)19:00- @スパイラルホール
7月16日(土)19:30- @シネマート心斎橋

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