REVIEW
これ以上ないくらいヘビーな経験をしてきたゲイの方が身近な人たちにカミングアウトする姿を追ったドキュメンタリー映画『カミングアウト・ジャーニー』
2022年12月3日、TOKYO AIDS WEEKSの企画の一環として、『カミングアウト・ジャーニー』という映画の世界初上映+トークイベントがオンライン開催されました。レビューをお届けします。

この映画の主人公は、ハツラツとして明るく、キャピキャピした雰囲気のゲイの方、福正大輔(ふくしょうだいすけ)さん。広島県出身で、高校時代は生徒会長をやっていて、東京に出てきて働きながらお芝居をやったり、ゲイバーでミセコをしたりという、割とキラキラした感じの人生を送ってきました(そういう方、多いと思います)。しかし大輔さんは、パッと見の明るさからは想像もできないような、ヘビーな体験をしてきました。20、30代の頃は薬物やアルコール、セックスに依存し続けてきたのです(すべては書けないのですが、もっといろいろあります)
この映画は、大輔さんが周囲の大切な人にカミングアウトする姿を追いながら、これまで抱えていた苦しみがどんなものだったかということを明らかにし、そして、40歳になった今の境地、カミングアウトしようと決意した意味を伝えていきます。
芝居仲間の方、職場の方、高校時代の恩師と親友、そしてお母さん。涙する方もいれば、「何やってんの」と言う方もいれば、それぞれにリアクションは異なりますが、みなさん親身に寄り添い、大輔さんのことを心から大切に思い、心配しているからこその態度で接してくださっていて、なんて優しいんだろうと感動させられます。
ゲイであるということだけでも受け容れられない方もいるなかで、大輔さんの場合は、さらにもっとたくさんカミングアウトすることがあって、たぶんこれほどまでに重い秘密を抱えた人はそうそういないと思うのですが、周囲のみなさんが、それらをすべて受け止め、突き放したり見捨てたりせず、あくまでも味方であり続けようとしてくれる姿に、本当に勇気をもらえます。世の中捨てたもんじゃないと思えるし、どんな失敗をしたって、決して人生終わりじゃないし、きっと誰か助けてくれる人がいる、と思えます。そこが、この映画のいちばんの素晴らしいところだと思います。
映画を観終わって思ったのは、依存症になるのは親子関係が原因で幼少期に十分な愛情が得られなかったからだとよく言われるけど、やっぱりゲイが世間から受ける蔑視や差別感情の蓄積(ある意味、虐待のような)がものすごく関係しているんじゃないかということです。
大輔さんと同じように満たされない思いを抱えて、独りで闘ったり、依存症に苦しんだりしている人は、少なくないと思います。
クスリのことも、病気のことも、ある意味、失敗かもしれませんが、大輔さんがそれを聞いて「涙が止まらなかった」と語っていたように、「人には失敗する権利がある」のです。そう思えることで救われるし、回復に向かっていけるんだと思います。失敗してもいいんだよと言ってくれる、猶予を与えてくれる社会になってほしいと強く思います。
RUSH裁判や、AIDS文化フォーラムin横浜のときにも感じましたが、失敗した人を排除したり、厳罰主義的に禁止するだけでは何もよくなりません。気をつけようねという言葉は親や友達のようなサポーティブな信頼関係のなかでこそ意味を持つし、真にインクルーシブな社会ってそういうものじゃいかと思いました。
「ダメ、ゼッタイ」じゃなく、まずは依存症の人や失敗した人の苦しみに寄り添いましょう。苦しみの根っこには、親子関係もあるかもしれないけど、社会の問題(ホモフォビアや構造的な差別)もあることに気づきましょう。ということを世間の皆さんに伝えるとともに、多かれ少なかれ大輔さんと似たような経験をしてきた方たちを励まし、勇気づけるような作品だと感じました。
繰り返しになりますが、苦悩を絵に描いたような人物像ではなく、明るく元気な愛されキャラである大輔さんが主人公であるというところが、この映画を非凡なものにしていると思います。
監督を務めたのは、2018年のレインボー・リール東京に『HIV x LOVE ?』という短編を出品したり、今年のレインボーマリッジフィルムフェスティバルに『夫=夫』という作品で参加するなどしてきたオープンリー・ゲイの山後勝英さんです。
今後、この映画が各地で上映されるようになっていくと思いますので、ぜひご覧ください(上映が決まったら、g-lad xxの映画情報でもお伝えします)
なお、大輔さんは来年1月、HIV内定取消訴訟の原告の方をフィーチャーした劇団フライングステージの『Rights, Light ライツ ライト』を基にした『結婚披露宴』というお芝居をするそうです。
結婚披露宴
日時:2023年1月15日(日)14時半、1月22日(日)16時
会場:APOCシアター(東京都世田谷区桜丘5-47-4)
出演:福正大輔
INDEX
- 50代以上のゲイの方たちの食事会の様子を通じて人生を映し出した映画『変わるまで、生きる』
- これまで見捨てられがちだった人々をも包み込んで慈しむような素晴らしいゲイ映画『老ナルキソス』
- 驚くべき魂を持った人間の崇高な最期を描いた映画『ザ・ホエール』
- ゲイと女性2人の美大同級生たちの人生模様を料理とともに描くドラマ『かしましめし』
- ゲイである父、娘たち、元彼の人間模様を描き、人間の「尊厳」や「愛」を問う映画『すべてうまくいきますように』
- レビュー:リン・モンホワン『同棲時間』公演記録映像上映+アフタートーク
- レビュー:リン・モンホワン『赤い風船』『アメリカ時間』
- 大興奮!大傑作!本当に面白いクィアSFアクションムービー『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
- 実にポップでインテレクチュアルでエモーショナルで画期的な『極私的梅毒展』@akta
- 女性と同性愛者を抑圧し、ペストで死ぬ人々を見殺しにする腐敗した権力者への叛逆を描いた映画『ベネデッタ』
- トランスジェンダーへの偏見や差別に立ち向かうために読んでおきたい本:『トランスジェンダー問題: 議論は正義のために』
- 『痛快!明石家電視台』ドラァグクイーン大集合SP
- 殺伐とした世界に心を痛めるすべての人に観てほしいドラマ『THE LAST OF US』第3話
- 3人のドラァグクイーンのひと夏の旅を描いたハートフル・コメディ映画『ひみつのなっちゃん。』
- 40歳のゲイの方が養護施設で育った複雑な生い立ちの20歳の男の子を養子に迎え入れ、新しい家族としての生活を始める姿をとらえたドキュメンタリー映画『二十歳の息子』
- 貧しい家庭で妹の面倒を見る10歳のゲイの男の子が新しい世界を切り開こうともがき、成長していく様を描いた映画『揺れるとき』
- ゲイコミュニティへのリスペクトにあふれ、あらゆる意味で素晴らしい、驚異的な名作『エゴイスト』
- ドラァグクイーンの夢のようなロマンスを描いたフランス発の短編映画『パロマ』
- 文藝賞受賞、芥川賞候補の注目作――ブラックミックスのゲイたちによる復讐を描いた小説『ジャクソンひとり』
- ドラァグクイーンによる朗読劇『QUEEN's HOUSE〜あなたの知らないもうひとつの話〜TOKYO』