REVIEW
HIV内定取消訴訟の原告の方をフィーチャーしたフライングステージの新作『Rights, Light ライツ ライト』
ゲイの劇団フラインスグテージの新作が上演されています。昨年、HIV感染を理由に内定を取り消された方が裁判で勝訴しましたが、その原告の方を主人公にした物語です。

昨年9月、北海道の30代男性が、ソーシャルワーカーとして病院に就職しようとし、初めは内定をもらえましたが、病院側が勝手に彼のカルテを見てHIV陽性だと特定し、面接時にHIVに感染していることを告げなかったとして内定を取り消したことに対し、男性が違法だとして病院を訴えていた裁判で、札幌地裁が原告の訴えを認める判決を下した(男性が勝訴した)というニュースがありました。(詳細はこちらとこちらをご覧ください)
ゲイの劇団フライングステージの新作『Rights, Light ライツ ライト』は、このHIV内定取消訴訟の原告の方をモデルに、世間のHIV/エイズ差別に直面し、仲間に支えられながら訴えることを決心するゲイの青年・翔太の物語を、今のコロナ禍の状況ともからめながら描くものです。
翔太は社会福祉士の資格を持っていて、福祉施設で働いています。初めからゲイであることをカミングアウトし、職場の方たちも受け入れてくれます(なかにはびっくりする方も)
職場で献血を勧められ、用紙に「同性との性交渉の経験があるか」という質問が嫌だなあと思いながらも「はい」と答えたら断られるため「いいえ」と答えて献血を受け、その晩、血液センターから連絡を受け、HIV陽性であることがわかります。それを職場の上司の女性に伝えると、取り乱したように大げさに泣きはじめ…(石関準さんの演技の妙)
勘のいいお母さんにも服薬や通院のことを尋ねられ、カミングアウト。全面的にサポートしてくれる、素晴らしいお母さんです。
もともと医療ソーシャルワークの中のHIVソーシャルワークに関心があった翔太は、地元の大きな病院でソーシャルワーカーとして働こうと面接を受け、首尾よく内定をもらいます。しかし、その後、過去にその病院を受診した時の記録を見た院長から、面接時にHIVに感染していることを告げなかったことを咎められ、内定を取り消されます…(その差別的な病院の院長の役を関根さんが演じていて、スゴいと思いました)
理解ある家族にも慰さめられ、元の職場の人たちも復帰を快く受け入れてくれて、翔太は、もうこのことは忘れてしまおうと思ったのですが、ゲイバーでその話をした時に(鈴木賢さんがモデルだと思われる)札幌でパレードとかをやってきた人に「訴えよう、みんなのために。弁護士さんを紹介する」と言われ、弁護士さんに会い、いろんな人に励まされて、翔太は、立ち上がることを決意するのです−−
なかには、元彼のように「裁判なんてやめちゃいなよ」と言う人もいました(リアルです)
意外なところに味方がいたりもしました(ウンウン、そういうことってあるよね、と思いました)
裁判って、お金や体力や精神力や、いろんな意味で大変だし、目立つと叩かれそうだし、(自分もそうですが)とてもじゃないけど独りでは闘えないって思う人が多いと思います。
特別に意識が高いとか行動力があるとかでもなく、どこにでもいるような男の子だった翔太も、最初は訴える気なんてなかったのに、チャレンジしようと思えたのは、応援してくれる人たちがいたから(コミュニティがサポートしてくれたから)なんですよね。でも、その裁判に取り組むなかで、翔太自身も、自分が何のために闘うのかということをしっかり見据え、ものすごく成長していくのです。その心の変化や成長の過程が描かれていたところが、とてもよかったです。
裁判の結果は勝訴とわかっていて、そこにカタルシスがある(感動的に描かれる)ことも予想はつくわけですが、それでも素直に感動できたのは、実際にこの裁判を闘って勝訴を勝ち取った原告の彼がいたおかげだという感謝の気持ちと、ニュースだけではわからない、翔太が経験した具体的ないろんな出来事や感情を人間ドラマとして観ることができたおかげだと思います。
関根さんは、実際に原告の方にお会いしてお話を聞いたそうで、そのことが、このお芝居の生き生きとした「肉付け」に活かされていると思います(あくまでもフィクションだそうです)
ちょっとした短いシーンではありましたが、「たかだか体にできた「しこり」を診てもらうだけなのに、問診票にHIV陽性と書いたら、医師が防護服姿で出て来る」という差別的な対応が生々しく再現されていたことに、インパクトを覚えました(数年前に足が腫れて入院したのですが、もし自分がHIV陽性で診察を拒否されたり、こういう防護服姿で診察されたら…と思うとゾッとしました)。演劇だからこそ可能なことって絶対にあるよなぁと思いました。
それと、府中青年の家事件の裁判や、ダムタイプの「s/n」のことがさりげなく盛り込まれていたのも、個人的には拍手モノでした。『ボーイズ・イン・ザ・バンド』に主演したジム・パーソンズが「僕たちの社会的DNAに刻まれた歴史」と言っていましたが、1970年代からいろんな人たちがそれぞれのスタイルで、ゲイ(をはじめとするセクシュアルマイノリティ)やHIV陽性者が差別されたり自分を肯定できずに苦しんだりすることが少しでもなくなるように、平等に尊厳をもって扱われ、幸せに生きられるように、という思いで、こうした活動を積み重ねてきたわけですが、そうした先人の思いが、今闘いはじめた(昔のことはよく知らない)翔太に「バトン」として渡された感がある演出で、とても素敵だと思いました。
このコロナ禍の時代に発表されるお芝居として、HIV/エイズへの差別をもろに受けてきた人も多いゲイコミュニティから生まれたこの『Rights, Light ライツ ライト』という作品は、とても大きな意味を持っているということも強調しておきたいと思います。
ぜひ多くの方たちにご覧いただきたいです。
なお、観客席の前の方の席は取り払われ、舞台とのソーシャルディスタンスが保たれているほか、受付で手指消毒が実施され、また、劇中で(進行の妨げにならないような形で)窓とドアが開けられ、換気が行われたりもしていました。ぜひマスクを着用してご覧ください。

劇団フライングステージ第46回公演『Rights, Light ライツ ライト』
日程:2020年11月2日(月)~11月8日(日)
会場:下北沢 OFF・OFFシアター(京王井の頭線・小田急線下北沢駅東口徒歩1分)
作・演出:関根信一
出演:石坂純、石関準(フライングステージ)、岸本啓孝(フライングステージ)、清水泰子、関根信一(フライングステージ)、中嶌聡、野口聡人、山西真帆(劇団桃唄309)
INDEX
- たとえ社会の理解が進んでも法制度が守ってくれなかったらこんな悲劇に見舞われる…私たちが直面する現実をリアルに丁寧に描いた映画『これからの私たち - All Shall Be Well』
- おじさん好きなゲイにはとても気になるであろう映画『ベ・ラ・ミ 気になるあなた』
- 韓国から届いた、ひたひたと感動が押し寄せる名作ゲイ映画『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』
- 心ふるえる凄まじい傑作! 史実に基づいたクィア映画『ブルーボーイ事件』
- 当事者の真実の物語とアライによる丁寧な解説が心に沁み込むような本:「トランスジェンダー、クィア、アライ、仲間たちの声」
- ぜひ観てください:『ザ・ノンフィクション』30周年特別企画『キャンディさんの人生』最期の日々
- こういう人がいたということをみんなに話したくなる映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』
- アート展レポート:NUDE 礼賛ーおとこのからだ IN Praise of Nudity - Male Bodies Ⅱ
- 『FEEL YOUNG』で新連載がスタートしたクィアの学生を主人公とした作品『道端葉のいる世界』がとてもよいです
- クィアでメランコリックなスリラー映画『テレビの中に入りたい』
- それはいつかの僕らだったかもしれない――全力で応援し、抱きしめたくなる短編映画『サラバ、さらんへ、サラバ』
- 愛と知恵と勇気があればドラゴンとも共生できる――ゲイが作った名作映画『ヒックとドラゴン』
- アート展レポート:TORAJIRO 個展「NO DEAD END」
- ジャン=ポール・ゴルチエの自伝的ミュージカル『ファッションフリークショー』プレミア公演レポート
- 転落死から10年、あの痛ましい事件を風化させず、悲劇を繰り返さないために――との願いで編まれた本『一橋大学アウティング事件がつむいだ変化と希望 一〇年の軌跡」
- とんでもなくクィアで痛快でマッチョでハードなロマンス・スリラー映画『愛はステロイド』
- 日本で子育てをしていたり、子どもを授かりたいと望む4組の同性カップルのリアリティを映し出した感動のドキュメンタリー映画『ふたりのまま』
- 手に汗握る迫真のドキュメンタリー『ジャシー・スモレットの不可解な真実』
- 休日課長さんがゲイ役をつとめたドラマ『FOGDOG』第4話「泣きっ面に熊」
- 長年のパートナーががんを患っていることがわかり…涙なしに観ることができない、実話に基づくゲイのラブコメ映画『スポイラー・アラート 君と過ごした13年と最後の11か月』







