REVIEW
近年稀に見る号泣必至の名作ゲイ映画『世界は僕らに気づかない』
ゲイで、ミックスルーツで、父親が家にいなくて、母親はフィリピンパブで働いていて…という群馬の男子高校生が、やり場のない怒りを母親にぶつけながら、自分の手でなんとか道を切り開こうともがく姿を熱く描いた人間ドラマ。号泣必至の名作です。
『フタリノセカイ』の飯塚監督がとんでもない名作を届けてくれました。
『世界は僕らに気づかない』は、群馬のフィリピン系のゲイの高校生が主人公。ゲイで、ミックスルーツで、父親が家にいなくて、母親はフィリピンパブで働いていて、学校で容赦なくいじめられ…そんな生きづらさや苦しみ、やり場のない怒りを母親にぶつけながら、自分の手で父親を探したり、なんとか道を切り開こう、幸せを見つけようともがく姿を、限りなくヒューマンな眼差しで熱く描いた人間ドラマです。群馬県で初めて「パートナーシップ宣誓制度」を導入した大泉町(や隣接する太田市)が舞台で、おそらく「パートナーシップ宣誓制度」実現後の社会をリアルに描いた初めての長編商業映画でもあります。レビューをお届けします。(文:後藤純一)
<あらすじ>
群馬県に住む高校生の純悟は、フィリピンパブに勤めるフィリピン人の母親を持つ。父親のことは母親から何も聞かされておらず、ただ毎月振り込まれる養育費だけが父親との繋がりである。純悟には恋人の優助がいるが、優助からパートナーシップを結ぶことを望まれても、自分の生い立ちが引け目となり、なかなか決断に踏み込めずにいた。そんなある日、母親のレイナが再婚したいと、恋人を家に連れて来る。見知らぬ男と一緒に暮らすことを嫌がる純悟は、実の父親を探すことにするが…。
後半30分は泣きっぱなしでした…。号泣です。
『世界は僕らに気づかない』というタイトルから、「世界に見捨てられた人々」を描く映画なのかなと思って観はじめたのですが、決してそうではありませんでした。厳しい現実のなかにあっても、世間には(群馬の町には)人情が息づき、人々の優しさに触れたりもします。自らひたむきに追い求めれば、誰かが手を差し伸べてくれます。世の中捨てたもんじゃないと思えます。「世界は確かにこうなっている」と思えます。いま辛い思いをしているような方にも生きる希望を抱かせてくれます。間違いなく愛を描いた作品だと思います(決して薄っぺらで偽善的な「愛」ではなく、泥まみれで愛憎入り交じるような、人間讃歌的な愛です)
主人公の純悟(お母さんは「ジュン」と呼ぶので、ジュンと書きますね)は、言われなければゲイだとわからないような感じの、ちょっと不良っぽいところもあるような、男の子っぽい男の子です。それでいてジュンは、自身がフィリピン系のダブル(ミックスルーツ)であり、お母さんがフィリピンパブ勤めであり、お父さんがいない(いるけど養育費を送ってくるだけで、どこの何者なのか知らされていない)という境遇に苛立ちや不満を抱えていて、お母さんとケンカばかりして、いつも怒っていて、どこか自暴自棄で、幸せな未来を思い描けずにいます。そのせいで、せっかくいい彼氏がいるのに、うまくいかなくなってしまうのです…。
家庭環境など自身の境遇ゆえに苦悩し、将来に夢を描けず、自分をうまく愛することができず、自暴自棄になってしまっているゲイを描いた映画には名作が多いと思います。古くは『マイ・プライベート・アイダホ』や『リビング・エンド』、最近だと『ゴッズ・オウン・カントリー』もそうですよね。それは、世の中にそういうゲイの人たちがたくさんいたからだし、観客も身につまされ、感情移入しながら観て、作品を支持してきたのだと思います。かく言う私も、そういう映画に深くハマり、泣き、愛してきた人の一人です。自分の心の奥底に澱のように沈殿している「ゲイとしての苦悩という原体験」が喚び起こされ、琴線のようなものに触れると同時に、どこかそういう主人公たちをセクシーだと感じてきた気がします。『世界は僕らに気づかない』もまさにそういう作品でした。
ジュンの境遇は(エスニックマイノリティであるというところや家にお父さんがいないというところは異なりますが)とても他人事とは思えないものがありますし、と同時に、ジュンは(自分とは異なり)男の子っぽい男の子で、いかにも男子高校生らしい性欲も持ち合わせていて、リアルだし、セクシーです(ライトではありますが、男の子どうしの性愛を隠さず描いたところもたいへん好感が持てます)
そんなジュンが、世界を呪い、憎まれ口を叩き、破滅し…というのではなく、斜に構え、静かに絶望するというのでもなく、怒りながら、自分なりのやり方でもがき、なんとか人生の突破口を見出そうとする姿のひたむきさに胸を打たれますし、そして、そんなジュンだから「ほっとけない」と思って力を貸してくれる大人が現れて…という展開にも胸が熱くなります。まだ人情というものが残っている地方の町だからこそありえた物語。群馬の田舎町のひなびた景色が、郷愁を誘います。
ジュン役の堀家一希(ほりけかずき)さん、お母さん役のGOW(ガウ)さんの熱い演技がこの映画の大黒柱になっていますし、どの俳優さんもすごくいいです。役に説得力があります。『フタリノセカイ』で素晴らしくクィアな役を演じた松永拓野(まつながたくや)さんが、今回はちょっとビックリするような役で登場しているのも興味深いです。
脚本・監督は群馬出身でトランス男性の飯塚花笑さん。トランスジェンダーである自らの経験を元に制作した『僕らの未来』(2011年)が国内外で注目を集め、2022年公開の『フタリノセカイ』で商業デビューを果たしました。今回の『世界は僕らに気づかない』は、レプロエンタテインメント主催の映画製作プロジェクト「感動シネマアワード」でグランプリを受賞した企画として製作されました。今年3月、日本の国際映画祭としてアジア中の優れた映画を見出してきた「大阪アジアン映画祭」のコンペティション部門に選出され、「来るべき才能賞」に輝きました。国内外の上映も続々と決まり、2023年、話題になること間違いなしの作品です。来年1月13日から全国でロードショー公開されます。ぜひご覧ください。
世界は僕らに気づかない
2022年/日本/112分/脚本・監督:飯塚花笑/出演:堀家一希、GOW、篠原雅史、村山朋果、岡田信浩、宮前隆行、田村菜穂、藤田あまね、鈴木咲莉、加藤亮佑、高野恭子、橘芳美、佐田佑慈、竹下かおり、小野孝弘、関幸治、岩谷健司、松永拓野ほか
2023年1月13日(金)よりシネマカリテ、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー
(C)「世界は僕らに気づかない」製作委員会
INDEX
- 心からの感謝を込めて――【スピンオフ】シンバシコイ物語 –少しだけその先へ−
- 劇団フライングステージ第50回公演『贋作・十二夜』@座・高円寺
- トランス男性を主演に迎え、当事者の日常や親子関係をリアルに描いた画期的な映画『息子と呼ぶ日まで』
- 最高!に素晴らしい多様性エンターテイメント映画「まつりのあとのあとのまつり『まぜこぜ一座殺人事件』」
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 依存症の問題の深刻さをひしひしと感じさせる映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
- アート展レポート:ジルとジョナ
- 一人のゲイの「虎語り」――性的マイノリティの視点から振り返る『虎に翼』
- アート展レポート:西瓜姉妹@六本木アートナイト
- ラベンダー狩りからエイズ禍まで…激動の時代の中で愛し合ったゲイたちを描いたドラマ『フェロー・トラベラーズ』
- 女性やクィアのために戦い、極悪人に正義の鉄槌を下すヒーローに快哉を叫びたくなる映画『モンキーマン』
- アート展レポート「MASURAO GIGA -益荒男戯画展-」
- アート展レポート:THE ART OF OSO ORO -A GALLERY SHOW CELEBRATING 15 YEARS OF GLOBAL BEAR ART
- 1970年代のブラジルに突如誕生したクィアでキャムプなギャング映画『デビルクイーン』
- こんなに笑えて泣ける映画、今まであったでしょうか…大傑作青春クィアムービー「台北アフタースクール」
- 最高にロマンチックでセクシーでドラマチックで切ないゲイ映画『ニュー・オリンポスで』
- 時代に翻弄されながら人々を楽しませてきたクィアコメディアンたちのドキュメンタリー 映画『アウトスタンディング:コメディ・レボリューション』
- トランスやDSDの人たちの包摂について考えるために今こそ読みたい『スポーツとLGBTQ+』
- 夢のイケオジが共演した素晴らしくエモいクィア西部劇映画『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』
- アート展レポート:Tom of Finland「FORTY YEARS OF PRIDE」
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