REVIEW
女性と同性愛者を抑圧し、ペストで死ぬ人々を見殺しにする腐敗した権力者への叛逆を描いた映画『ベネデッタ』
『氷の微笑』『ショーガール』のポール・バーホーベン監督による“問題作”。家父長制社会において女性と同性愛者を抑圧し、我が世を謳歌する腐敗したカトリック教会の権力者を、ある意味ジャンヌダルクのように撃つ、実在のレズビアンの聖女・ベネデッタを描いた痛快な映画です。
![女性と同性愛者を抑圧し、ペストで死ぬ人々を見殺しにする腐敗した権力者への叛逆を描いた映画『ベネデッタ』 女性と同性愛者を抑圧し、ペストで死ぬ人々を見殺しにする腐敗した権力者への叛逆を描いた映画『ベネデッタ』](assets/images/review/CINEMA3/Benedetta/bndt_top.jpg)
17世紀、イタリア・ペシアの町の修道院に実在したベネデッタという女性は、手や足に聖痕が現れたり、イエスの声を聞いたりしたことで聖女と見なされ、人々から崇められ、修道院長に上り詰めるも、同じ修道院で働く女性と性的関係を持っていたことから宗教裁判にかけられました。残っている記録に基づき、ベネデッタという女性のドラマを再構築したジュディス・C・ブラウンの『ルネサンス修道女物語—聖と性のミクロストリア』という本が、この映画の原作です。ポール・バーホーベン監督は「ベネデッタの物語の独特な性質に惹かれたんだ」と語っています。「17世紀初めにレズビアンの裁判があったこと、裁判の記録や本書のセクシュアリティの描写がとても詳細なことにも感銘を受けた。そしてこの時代、女には何の価値もなく、男に性的喜びを与え、子を産むだけの存在とみなされていたにもかかわらず、ベネデッタが手段はどうあれ、完全に男が支配する社会で、才能、幻視、狂言、嘘、創造性で登り詰め、本物の権力を手にした女性だったという点だ。私の映画の多くは女性が中心にいる。つまり、ベネデッタは『氷の微笑』『ショーガール』『ブラックブック』『エル ELLE』のヒロインたちの親戚というわけさ」
バーホーベンといえば『氷の微笑』『ショーガール』でその名を記憶している方も多いことでしょう。シャロン・ストーンが椅子に座ってわざとスカートの中身が見えるように足を組み替えるシーンで世界に衝撃を与え、ラスベガスのショービズの世界でどんな手を使ってでものし上がろうとする女たちの逞しさとリアリティを描いた監督です。今回の映画『ベネデッタ』は、そんな『氷の微笑』『ショーガール』の系譜に連なる、バーホーベン節が炸裂した作品です。
この映画はカトリック教会を侮辱したとして抗議を受け、同性愛を描いたことでロシアで上映禁止になるなど、“問題作”として認知されています。しかし、男性が権力を独占し、「女には何の価値もなく、男に性的喜びを与え、子を産むだけの存在とみなされていた」中世にあって、女性(しかも女性と性的関係を持っていた女性)が、一方的に虐げられるのではなく、腐敗した教会の権力者を出しぬき、反旗を翻す様は痛快で、ある意味ジャンヌダルクのようでもあり、革命的でもあります。
<あらすじ>
17世紀、現在のイタリア・トスカーナ地方にあたるペシアの町。幼い頃から聖母マリアと対話し、奇跡を起こすと噂されていたベネデッタは、6歳でテアティノ修道院に入る。18歳になったある日、彼女は修道院に逃げてきた若い女性バルトロメアを助け、やがて二人は秘密の関係を結ぶようになるが、ベネデッタが新しい修道院長に就任したことで波紋が広がっていく……。
冒頭、6歳のベネデッタが親に連れられてぺシアの街にやってきて、聖母マリアに祈っていると、盗賊のような荒くれ男たちが現れ、金品を強奪しようとするのですが、ベネデッタが聖母マリアの報いを受けると言うと、隻眼の盗賊の長の見える方の目に鳥のフンが落ちてきて…そして男たちは奪った金品を返し、踵を返して去って行くというシーンが描かれます。これがすべての始まりです。
ベネデッタが入る修道院は、シャーロット・ランプリング(伝説の『愛の嵐』に主演。フランソワ・オゾンの『スイミング・プール』やアンドリュー・ヘイの『さざなみ』などゲイの監督にも愛されてきた大女優です)が院長を務めていますが、ベネデッタの父親に多額の寄進を迫ります。「宗教をビジネスとしてしかとらえていない」人物です。
成人したベネデッタは、イエス・キリストのビジョン(夢というか)を視るようになります。ある夜、磔刑に処されたイエスの手に自身の手を重ね合わせ、彼女の手にも同じ傷(聖痕)が現れます。そして、イエスの言葉をイタコのように発するようになるのです(ちょっと『エクソシスト』で悪魔に取り憑かれたリンダ・ブレアのようでもあります)。それが本物なのか自作自演なのかをめぐって、修道院や教会はすったもんだしますが、ベネデッタは聖女と崇められ、とうとう、新しい修道院長に任命されるのです。本当はどちらだったのかということは、この映画ではあまり意味を持たないように思えます。たぶん監督もそこにはこだわっていないはずです。
いろんな見方ができ、いくつも問題提起をしていると思うのですが、大事なのは、一人の勇敢なレズビアン女性による男社会(家父長制社会)への挑戦・反抗を、史実に基づきながらも、現代社会への風刺とも受け取れるやり方で描いたというところだと思います。
17世紀当時、修道院の女性たちは決して司祭(神父)や教皇にはなれませんでした。教会の権威や権力はすべて男性のものであり、女たちは男に仕え、媚を売りながら、狭い世界でささやかなポジションを争っていがみ合い(分断され)、鬱屈とした暮らしをしています。しかし、ベネデッタは聖女となることで、人々から崇められ、神父という男性からも敬われ、修道院長になります。めでたしめでたし…ではありませんでした。
ベネデッタは一方ではイエスとの多分にセクシャルな愛を幻視し、現実社会では女性と愛し合い、セックスの悦びを知ります(極めて地味で清貧な修道院社会にあって、このベッドシーンのなんと人間的でカラフルなことか)。おそらく、女性やゲイの見方とは異なり、世のノンケ男性たちのなかには、修道院という厳格に性行為を禁じられたなかでベネデッタとバルトロメアがセックスしていることに「なんてふしだらな」「みんな我慢してるのに」と憤りを覚える方もいるのではないかと思います。フランソワ・オゾンが『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』で告発したように、カトリックの世界で神父たちがさんざん少年たちを虐待してきたことはよく知られています。そしてこの映画でも、フィレンツェの教皇代理が女性を侍らせ、妊娠までさせている様が描かれています。つまり、修道院の中でセックスするなと怒るのは完全に「おまゆう」案件なのです。相手が女性だから許せない、カトリックは同性愛禁止だろ、などという主張がホモフォビアに基づく同性愛差別であることは言うまでもありません。
そうしたことを踏まえると、この映画は、異性愛男性たちが支配する社会のミソジニー(女性嫌悪)とホモフォビア(同性愛嫌悪)を告発する作品だと言えます(やり方は手荒いですが…女性への拷問のシーンとか…それが中世なのでしょうが…つらいです)
もう一点、この映画がスゴいのは、当時のペスト禍において、フィレンツェの教皇代理というお偉いさん(たぶん街でいちばんの権威であり、力を持った人)が、バタバタと人が亡くなっているのを無慈悲に見殺しにしている様を痛烈に描いているところです(この映画は2021年公開ですので、明らかにコロナ禍の状況の風刺です)。この教皇代理を演じているのが、『マトリックス』シリーズのメロヴィンジアン役(感じの悪いフランス男)でおなじみのランベール・ウィルソンであるというのが絶妙です。
この教皇代理が象徴するのは、当時のカトリック教会(や家父長制社会)の腐敗です。異性愛男性の権力者・為政者が、自分のことは棚に上げて嘘くさい“道徳”を説き、女性や同性愛者を虐げながら(ちなみに中世では、“魔女”とみなされた女性だけでなく、同性と交わった男性も火あぶりにされていました)、宗教の名の下に人々を裁き、ペストで死に行く人々を救うこともせず…今の日本の状況にそっくりじゃないでしょうか。
あまり結末には触れないようにしますが、ベネデッタはこの腐ったクソ社会にNOを突きつけ、たった一人、反旗を翻しながらぺシアの町をペストから救うヒロインとなるのです。その様は痛快で、胸がすく思いがしました。終盤の展開にぜひ注目してください。カタルシスが得られるはずです。
余談ですが、ベネデッタ(ヴィルジニー・エフィラ)がドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』のサマンサ(キム・キャトラル)にどことなく似ていると思うのは私だけでしょうか…。
ベネデッタ
原題:Benedetta
2021年/フランス/131分/R18+/原作:J.C.ブラウン『ルネサンス修道女物語―聖と性のミクロストリア』/監督:ポール・ヴァーホーヴェン/出演:ヴィルジニー・エフィラ、シャーロット・ランプリング、ダフネ・パタキア、ランベール・ウィルソン、オリビエ・ラブルダン、ルイーズ・シュビヨットほか
INDEX
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