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映画『怪物』レビュー

カンヌで脚本賞とクィア・パルムを受賞したことで話題の映画『怪物』。受賞も納得の、とてもいい映画でした。観てよかったです。

映画『怪物』レビュー

  『怪物』がクィア映画だということは、カンヌでクィア・パルム(最優秀LGBTQ映画賞)を受賞するまで「誰も知らない」ことだったと思います。授賞理由としてジョン・キャメロン・ミッチェルは、「私たち審査員は、10日間で12本の映画を観ました。1本を選ぶのは大変な作業でしたが、ある作品が満場一致で選ばれました。その物語の中心にいるのは、他の子どもたちと同じように振る舞うことができず、またそうしようともしない、とても繊細で、驚くほど強い2人の少年です。世間の期待に適合できない2人の少年が織りなす、この美しく構成された物語は、クィアの人々、なじむことができない人々、あるいは世界に拒まれている全ての人々に力強い慰めを与え、そしてこの映画は命を救うことになるでしょう。登場人物のあらゆる面を、繊細な詩、深い思いやり、そして見事な技術で表現した是枝裕和監督の『怪物』に、私たち審査員は満場一致でクィア・パルム賞を授与します」とコメントしました。絶賛です。『怪物』は、にわかにクィア映画として注目を集めることになったのですが、是枝監督は「LGBTQに特化した作品ではなく、少年の内的葛藤の話」「誰の心の中にでも芽生えるのでは」とコメントして、「LGBTQを扱っているのに”普遍的な”作品ですと言われるのはもうウンザリ」といった反応を引き起こすことになってしまいました…。この監督コメントとその後のSNSでの反応については、まずは映画を観てからだ、と思っていたのですが、それ以前に問題があって、私はカンヌの前に映画館で、夥しい血が流れ、「怪物だーれだ?」という子どもの声が不気味に響く予告編を観て、これはホラーとかバイオレンスな映画に違いないと思い、是枝作品は好きだけど観るのはよそうと思っていたのです。公開後の、観た方の感想の中にも、「いじめのシーンがトラウマを呼び起こす」といったコメントが見られ、やっぱり血がたくさん流れる凄惨な映画なんだな…と思い、なかなか踏ん切りがつかず…でも、ゲイに関する映画はなるべく観なければ、しかもクィア・パルム受賞作だし、という義務感で、覚悟を決めて、思い腰を上げ、沈痛な面持ちで劇場に向かいました…。

<あらすじ>
大きな湖のある郊外の町。息子を愛するシングルマザー、生徒思いの学校教師、そして無邪気な子どもたちが平穏な日常を送っている。そんなある日、学校でケンカが起きる。それはよくある子どもどうしのケンカのように見えたが、当人たちの主張は食い違い、それが次第に社会やメディアをも巻き込んだ大事へと発展していく。そしてある嵐の朝、子どもたちが忽然と姿を消してしまう…。







 いやあ、よかったです。観てよかったと思いました。いい映画だと思いました。ていうか泣きました。
 いじめのシーンも、確かに小学校の頃にいじめられた経験がある方にとっては、辛い記憶が呼び覚まされる、しんどいシーンではあったかと思いますが、『夜間飛行』のような凄惨な暴力ではありませんでした。血も思ったほど流れませんでした。
 
 序盤、息子の湊(みなと)が担任の先生にひどいことをされたと母親が学校に乗り込んでいったときの先生たちの対応が、国会の政府答弁のように非人間的な、憤りを感じさせる展開で(ちょうど今月、国会がひどいことになっていたので)心の中でギリギリと歯ぎしりする思いでした。そして湊は、命知らずなとんでもないことをしてしまい(それは、車のなかで早織が言ったなにげない、しかし、典型的に異性愛規範な言葉の直後だったので、てっきり湊は自身のセクシュアリティのことをお母さんに認めてもらえないと悟って絶望したのだと思いました)、母親は何がなんだかわけがわからず…という展開で、もうこの辺りで、目が離せなくなっていました。
 
 思春期の男の子たちの同性愛を描くにあたって何か偏見やステレオタイプがあるかというとそんなことはなく、リアルだと感じましたし、二人の男の子の『銀河鉄道の夜』を彷彿させるようなシーンも、とてもよかったです。人間のよい面も描く、希望を捨てていない、優しい作品だと感じました。
 ジョン・キャメロン・ミッチェルがああいうふうにコメントしたのも頷けます。クィア・パルムを受賞したのも納得でした。

 依里(より)くんの、天真爛漫な、ちょっと引いてしまうくらいの、大人もドキドキするようなかわいらしさ、天使のような雰囲気を、そして、そのような雰囲気であるがゆえにクラスの男子たちからいじめられてしまうというリアリティを、あの子役の男の子からよく引き出したものだと感心しました。地でやってるのではないとしたら、怪演と言ってよいのでは。
 田中裕子さん、永山瑛太さん、安藤サクラさん、中村獅童さんといった豪華俳優陣の演技も本当に凄かったです。うならせるものがありました。日本アカデミー賞で賞を獲るのではないでしょうか。

 そして、坂本龍一さんの音楽です。グレゴリオ聖歌「怒りの日(Dies irae)」(カトリック教会において死者のためのミサとして歌われてきた聖歌)を思わせる旋律から始まる主題的な曲も印象的でしたが、二人の男の子の『銀河鉄道の夜』のようなシーンで奏でられる音楽の、なんと繊細で優しく、素晴らしかったことか…坂本龍一さんがこの二人の男の子の愛を祝福するために、限りなく優しい音楽をつくってくれたのだなと思うと、そのことだけでも泣けてきました。
 
 さて、是枝監督の「LGBTQに特化した作品ではなく、少年の内的葛藤の話」「誰の心の中にでも芽生えるのでは」というコメントですが、私は納得できました。「おっしゃることよくわかります」と思いました。その理由を説明しようとすると、この映画の構成や結末に近い部分を種明かししなければいけなくなりますので、次のページに分けてお伝えすることにいたします。
 

怪物
2023年/日本/125分/G/脚本:坂元裕二/監督:是枝裕和/出演:安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希、角田晃広、中村獅童、田中裕子ほか


 

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