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REVIEW

“怪物”として描かれてきたわたしたちの物語を痛快に書き換える傑作アニメーション映画『ニモーナ』

エンタメ的にも素晴らしいファンタジックなアドベンチャー・コメディ映画であり、同時に、LGBTQ的にも素晴らしい映画がプライド月間の最終日、世界に配信されました。『ニモーナ』はLGBTQコミュニティにとって記念碑的な作品として末永く語り継がれるであろう、エポックメイキングなクィア・アニメ映画です

“怪物”として描かれてきたわたしたちの物語を痛快に書き換える傑作アニメーション映画『ニモーナ』

 Netflix映画『ニモーナ』は、NDスティーブンソンの2015年の同名のグラフィック・ノベルを原作としたコンピュータ・アニメーション・サイエンス・ファンタジー・アドベンチャー・コメディ映画です。米国のカートゥーン作家/アニメ・プロデューサーのNDスティーブンソンは、自身もジェンダークィアであることをカムアウトしている方です。声優としてゲイの映画作家/俳優のユージン・リー・ヤン、ルポール、インディア・ムーアといったLGBTQコミュニティのメンバーも参加しています。『ニモーナ』はプライド月間の最終日、6月30日にNetflixで配信されました。すでに内外のLGBTQコミュニティから絶賛の声が上がっています。
 
<あらすじ>
1000年前、英雄グロレスが村を襲うモンスターを封じ込めて以来、グロレスの精神を受け継ぐ騎士たちが、王国を守ってきた。バリスター・ボールドハートは史上初めて、庶民出身で騎士の仲間入りを果たそうとしていた。しかし、式典の最中にバリスターの持つ剣が暴発し、女王が亡くなってしまう…濡れ衣を着せられ、お尋ね者となってしまったバリスターの前に現れたのは、変幻自在の能力を持った少女ニモーナ。二人は、真実を探るために動き出す。驚くべきことに、バリスターの剣を差し替えたのは…。







 とても面白かったです。息をもつかせぬ、手に汗握る展開の冒険活劇。次々に真実が明らかになり、形勢が逆転し、一体どうなってしまうのかと、ハラハラドキドキさせられます。壮大なラストにはきっと感動させられると思います。広く、いろんな方たちが楽しめるエンターテインメント作品です。しかし、それだけではありません。この『ニモーナ』がLGBTQ(クィア)的にどのように素晴らしい作品かということを、お伝えしていきたいと思います。(なるべくストーリーや結末には触れないようにしますが、主人公のキャラクター設定に関する基本的な情報などはある程度お伝えしていきますので、ご了承ください)
 
 まず、主人公のバリスターは、下層階級の出身で、有色人種で(声を担当するリズ・アーメッドに似せてキャラクター造形がなされていると思われますので、たぶんパキスタン系のイメージです)、ゲイという、何重にもマイノリティな人物です。なのですが、この王国では、ゲイであるということは被差別の属性ではなく、ふつうに受け入れられているようです(ホモフォビアを感じさせるようなシーンは一つもありませんでした)。王国の英雄も女性、王も女性、騎士学校の校長も女性なので、ジェンダー平等が進んでいて、セクシュアルマイノリティへの偏見もない国なのだと思います(それか、メキシコのフチタンのような母系社会なのかも)
 一方、濡れ衣を着せられ、苦境に陥ったバリスターの前に忽然と現れ、変幻自在の能力でバリスターを助けるニモーナは、デフォルトはちょっとパンクテイストな少女の格好をしているのですが、様々な人間や動物に瞬時に変身する能力を持っています。トランスジェンダーは性別を越境しますが、ニモーナは性別どころか種を変えてしまう、トランスフォームする存在です。その変身した動物がすべてピンクであるということにも象徴されるように、ニモーナは明らかにクィアを体現しています。そんなニモーナは、これまでのクィア映画ではあまり見られなかった、暴れたくてしょうがない、既存の秩序や体制に疑いをはさむ、自由で愉快な撹乱者(30年前の言葉で言えば「トリックスター」のような)であり、ヴィラン(悪者)であることに躊躇がないキャラクターであるというところが新鮮でした。

 バリスターはいかにもゲイらしく、暴力を嫌い、品よく、礼儀正しく、感じのよい人物です。あれだけひどい目に遭っても、穏便に事を運ぼうと、なるべく人を傷つけないようにしようと気遣います。一方のニモーナは暴れるのが大好き。二人はタッグを組んで戦う割には気が合わず、しょっちゅう揉めてしまいます。バリスターがつい、少女の姿のほうがいいじゃないかと言ってしまうシーンがありますが、それはニモーナの自由を押さえつけてしまうような、無意識の差別的な発言でした。バリスターもマイノリティではありますが、ニモーナがもっと困難に直面するマイノリティだということ、自分らしいありようを他人に決められたくないということに思いを馳せることができなかったのです。それは、同性婚が実現し、ゲイの権利が認められた米国で、シスジェンダーであるゲイのなかには、トランスジェンダーの苦しみを理解していない(自らの特権に気づいていない)人がいるということを暗に示しているようにも受け取れます。とても重い、意味のあるシーンだと感じました。
 
 私がこの映画を観てすぐに思い出したのは、『X-MEN』シリーズでした。突然変異で生まれたミュータントたちは人々を救う英雄にもなれるし、“怪物”と見られることもあります。人間社会から忌避されることの切なさが描かれ、ミュータントと人類の共存がテーマになっています。ニモーナのありようとピッタリ重なります。
 LGBTQ(クィア)は長い間、ロコツに“怪物”として描かれてきました(『Disclosure トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』で言及されている通りです)。その名も『モンスター』や『ゴッド・アンド・モンスター』など、同性愛者が“怪物”であるかのように描かれた作品のウケのよさ。ストレートの人たちが“安心して”観ることができるからです。たとえ“怪物”でも“性倒錯者”でもないとしても、クィアの登場人物は、悲劇的な死を遂げるか、不幸になるか…いずれにせよ“かわいそうな存在”として描かれてきました。ニモーナはそうではありません。実に生き生きと暴れ回る、パンクでちょいワルなクィアです(『X-MEN』のミュータントのような切なさはありつつも)。そして、露骨に「人間じゃない」異質なものへの恐怖や憎悪(フォビア)をつのらせた権力者が、狂った独裁者と化していく(モンスターはどちらだ、という話です。現実社会を反映し、とてもリアルです)のを食い止めようと奮闘します。そして壮大なラストシーン…ニモーナは“怪物”の物語を書き換えた存在であり、新時代のヒーローなのです。
 
(文:後藤純一) 
 
 

ニモーナ
原題:Nimona
2023年/米国/102分/原作:NDスティーブンソン/監督:ニック・ブルーノ、トロイ・クエイン/声の出演:クロエ・グレース・モレッツ、リズ・アーメッド、ユージン・リー・ヤン、フランセス・コン、ロレイン・トゥーサント、ベック・ベネット、インディア・ムーア、ルポール・チャールズほか
Netflixで配信中
 

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