REVIEW
映画『ローンサム』(レインボー・リール東京2023)
レインボー・リール東京、22日(土)最後の回に上映されたのはオーストラリアのゲイ映画『ローンサム』でした。とんでもなくセクシーで、ちょっと切ない、素敵な映画でした。土曜の夜に観るには最高だった気がします。
「『ローンサム』は、初長編『Teenage Kicks(原題)』(2016)でオーストラリア映画界にその名を知らしめた気鋭のクィア映画監督クレイグ・ボアハムが、セクシュアリティと孤独、心の傷を探求した野心作です」という紹介文と、あらすじを読んで、主人公が田舎から都会に出て来て、いい感じの恋人を見つけて、でもそれぞれに事情があり、そのことが原因でうまくいかなくなって…という、イマドキの若いゲイたちの繊細さや複雑さを描くような作品なのかな、というイメージを持っていたのですが、予想をはるかに超えたエロティック作品で、ちょっとビックリしました。
<あらすじ>
田舎町でスキャンダルに巻き込まれたケイシーは、ヒッチハイクで大都会シドニーへ向かう。金も寝床もない彼は、ゲイアプリを通じて知り合ったティブの家に居候しながら仕事を手伝うことに。セックスを通じて二人の距離は縮まり、互いに心を開くようになるが、どちらにも抱えきれない暗い過去があった…。
青い空、どこまでも続く草原。その中に裸で佇むテンガロンハットをかぶったマッチョボーイ…これ、アメリカのCOLTとかのポルノビデオにめっちゃ出てきそうなシチュじゃん!と多くの方が思ったのではないでしょうか。カウボーイは実際、いろんなところでヤリまくって、でも、ヤッた人と話して仲良くなったりとかはしなくて(まるで『ゴッズ・オウン・カントリー』のジョニーのように)、一人、都会を目指します。ケイシー(オーストラリア訛りが強くて、最初「カイシー」って言ってました)は見た目こそ田舎者丸出しのカウボーイですが、意外と要領がよくて、シドニーに着くや、サクサクと欲しいものを手に入れます。そしてアプリで出会ったティブの部屋という寝床と食べ物にありつきます。でも彼は決して他人に心を開かないし、そればかりか、人生に絶望しています。それはなぜなのか、何があったのか、というのが、この映画の重要なストーリーラインです。それを書いたりはしないでおきますが(またこの映画が、それこそ『ゴッズ・オウン・カントリー』のようにどこかで上映される機会があると信じて)、若いのにそんなつらい経験を…本当に気の毒…そりゃあ自暴自棄にもなるよね…と思ってしまうようなシビアさでした。そんなケイシーとたまたま出会った(ハッテンした)ティブも、実は複雑な家庭の事情を抱えていて、二人は互いの境遇ゆえに、また仕事仲間としてリレーションシップを築いていくかに見えたのですが…。
ケイシーもティブも、ゲイであること、インランであること、ポリガミーであること(1対1の関係性にこだわらない)について全く屈託がないのがZ世代らしいと思いますが、そんななかでもケイシーは、農場育ちだからなのか、生来の気質なのかわかりませんが、常識を重んじるような、ちょっとカタいところがあって(私は好きです、そういう人)、また、ティブのことを恋人として好きになりかけているということも関係していると思うのですが、せっかくのティブのお楽しみに水を差してしまう「やらかし」のシーンが描かれます。ちょっと切ないです(そこも含めてアオハルって感じです)
BDSMの描き方に疑問が残る部分もあります。結末にはモヤモヤを感じる方もいらっしゃるかと思います。しかし、ともあれ、ものすごくセックスに重きを置いていて、ゲイにとってのある部分のリアリティがよく描かれている、そういう映画が劇場公開作品として上映されるということはスゴいと思います。(お金欲しさに、興味もあって、ハードなプレイに挑戦してみた、意外とよかった、開眼した、というのはこの世界ではよくあることだし、わかります。そのことと、自分を大切に思ってくれる人とのリレーションシップを希求する気持ちというのは矛盾しないんじゃないかな…どっちがいいとかじゃなくて。そこは意見が分かれるところかもしれません)
青い空の下、どこまでも広がる牧草地に佇むマッチョなカウボーイ。大都会シドニーの美しい夜景。誰もいないビーチ(たぶんヌーディストが集うLady Janeだと思います)。オックスフォードストリートのグラマラスなナイトライフ…オーストラリアらしい鮮やかな光景や、ゲイ的になじみの深い場所が登場するところも魅力的でした。
これだけリアルな作品なのだから、監督さんはゲイの方なのだろうなと思い、ちょっと調べてみたのですが、その通りで、監督のクレイグ・ボアハムはたくさんクィア映画を撮っている方ですし、主人公のジョシュ・レイヴリーもオープンリー・ゲイの俳優(インスタにも大量のセクシー画像が投稿されています)、カメオ出演していたイアン・ロバーツもカミングアウトしている俳優でした(イアン・ロバーツは1980〜90年代に活躍した元プロラグビー選手です。ラグビー界でカムアウトした数少ないヒーローのうちの一人です)。納得です。
クレイグ・ボアハムは、この映画の「ブリリアントなキャスト」たちが、孤独や友情、アイデンティティ、そしてセックスにまつわる「とてもクィアな物語」に身を投じてくれたことについて、「この特別な物語世界にふさわしい熱量で演じてくれた」と感謝しています
また、彼の長年の友人で、共同プロデューサーを務めたディーン・フランシスは「彼の脚本は、クィアのストーリーを包み隠さず語ったというだけでなく、そこにはエモーショナルな真正さがあった」と語っています。「成人指定だと叩かれることには慣れてる」「ぼくらはオーストラリア映画の保守性を押し戻したいという気持ちに駆られてこの作品を作ったんだ」(QNEWS「Racy Aussie gay cowboy drama ‘Lonesome’ screening in Brisbane」より)
ローンサム ★日本初上映
英題:Lonesome
監督:クレイグ・ボアハム
2022|オーストラリア|95分|英語
7月17日(祝)11:45- @スパイラルホール
7月22日(土)19:50- @ユーロライブ
今年もレインボー・リール東京で、貴重な海外のクィア映画(結構な話題作だったり)をたくさん観ることができて、本当に幸せでした。1本たりとも無駄がなく、どの作品も観てよかったと思えました。日本にいるとなかなかわからないことも多いと思うのですが、こうして海外の最新の作品に触れることで、視野が広がったり、人生や生き方にも影響を及ぼしたりもすると思います。ちくわフィルム作品初上映で初めて映画祭に参加したという方もいらっしゃるかと思います。
来年もレインボー・リール東京が開催され、できるだけたくさんの方々が足を運んでくださることを期待します。
(文:後藤純一)
INDEX
- 1920年代のベルリンに花開いたクィアの自由はどのように奪われたのか――映画『エルドラド: ナチスが憎んだ自由』
- クィアが「体感」できる名著『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ』
- LGBTQは登場しないものの素晴らしくキャムプだったガールズムービー『バービー』
- TORAJIRO 個展「UNDER THE BLUE SKY」
- ただのラブコメじゃない、現代の「夢」を見せてくれる感動のゲイ映画『赤と白とロイヤルブルー』
- 台湾映画界が世界に送る笑えて泣ける“同性冥婚”エンタメ映画『僕と幽霊が家族になった件』
- 生き直し、そして希望…今まで観たことのなかったゲイ・ブートキャンプ・ムービー『インスペクション ここで生きる』
- あらゆる方に読んでいただきたいトランスジェンダーに関する決定版的な入門書『トランスジェンダー入門』
- 世界をトリコにした名作LGBTQドラマの続編が配信開始! 『ハートストッパー』シーズン2
- 映画『CLOSE クロース』レビュー
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- クィアな若者がコスメ会社で働きながら人生を切り開いていくコメディドラマ『グラマラス』
- 愛という生地に美という金糸で刺繍を施したような、「心の名画」という抽斗に大切にしまっておきたい宝物のような映画『青いカフタンの仕立て屋』
- “怪物”として描かれてきたわたしたちの物語を痛快に書き換える傑作アニメーション映画『ニモーナ』
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