REVIEW
ただのラブコメじゃない、現代の「夢」を見せてくれる感動のゲイ映画『赤と白とロイヤルブルー』
え、これアマプラ配信だけなの?劇場公開されないなんてもったいなくない?と思うくらい素晴らしかったですし、え、これポルノ映画なの?と思うくらいラブシーンがしっかり描かれてますし、ただのラブコメじゃない、現代の壮大なスケールの「夢」を見せてくれる、素晴らしいゲイ映画でした

『赤と白とロイヤルブルー』は、ケイシー・マクイストンの同名ベストセラー小説をAmazonが映画化した作品で、米大統領の息子と英国の王子の恋の行方を描いたロマンティックラブコメディです。トニー賞も受賞しているゲイの劇作家、マシュー・ロペスが長編映画初監督・脚本を手がけており、『シンデレラ』『ぼくたちのチーム』のニコラス・ガリツィンがヘンリー王子を、『キスから始まるものがたり』シリーズのテイラー・ザハール・ペレスがアレックスを演じています。
<あらすじ>
米国初の女性大統領の息子アレックスと英国のヘンリー王子は、ともに端正なルックスとカリスマ性を兼ね備え、国際的な人気を集めていたが、互いのことを軽蔑しあっていた。ある日、王室行事での二人の口論がタブロイド紙で大きく報じられ、米英関係に亀裂が入りそうになってしまう。事態の修復を図る関係者たちは二人を強制的に仲直りさせるが、やがて両者の間には思わぬ友情が芽生えはじめる…。
正直、軽いタッチのラブコメなんだろうな、くらいに思って観はじめたのですが、まさかの号泣作でした…。2023年にふさわしい、実にアメリカらしい、PRIDEに裏打ちされた、壮大な「夢」を見せてくれた素晴らしいゲイ映画でした。
片や英国王室のケンジントン宮殿に住まう王位継承権2位の王子、片やホワイトハウスに住まうアメリカ合衆国大統領の息子です。年も近く、米英の同盟関係を考えると、当然良好な関係を保つべき二人ですが、ヘンリー王子はなぜかアレックスに冷たくしており、アレックスは「鼻持ちならない」と敵意を燃やしています。ヘンリーの兄・フィリップ王子のウエストミンスター寺院での結婚披露宴の場で、ついに衝突した二人は、巨大なウエディングケーキを倒してしまうという失態をやらかし…あわや外交問題にまで発展しそうな勢い。しかし、マダム・プレジデントは事態の収拾を息子に命令し、アレックスは再び憎きヘンリーに会うはめに。そして、とあるアクシデントをきっかけに、二人は腹を割って話すようになり、まさかの恋が始まる…というストーリーです。
まるでおとぎ話のようなイケメンパワーゲイカップルなのですが、ヘンリーの祖父である英国王は頭が固く、断固として同性愛は認めないため、ヘンリーは誰にも気づかれないよう、「クローゼット」に隠れたまま(文字通りクローゼットに隠れるシーンがあって面白かったです)、アレックスとのデートを重ねます(でも、デートの場所がホワイトハウスだったり、宮殿だったり、高級ホテルだったりして、やたらとゴージャス。そして、これってロマンポルノだったっけ?って思うくらい「濡れ場」がたくさん。結構なセクシーさです。二人が水辺で寄り添うシーンなどはブルース・ウェーバーが撮ったアバクロの広告みたいでした)
王室が同性愛を認めない以上、この恋もいつか終わりを迎える運命だと悲しみに暮れるヘンリー(ロイヤルブルーは色の名前であるだけでなく、ロイヤル(王室)の憂鬱という意味もかけていたのです)。先の見えない恋。切なさがつのります。
しかし、この物語は、世の中が二人の恋を許してくれなかったんだね…と憂い、悲しむ、切ない終わり方にはなりませんでした。後半は予想外の展開を見せ、二人の恋は壮大にして感動的なフィナーレへと向かっていきました。PRIDEに裏打ちされた、現代の「夢」。正直、涙が止まりませんでした…。
米国と英国、首脳二人が揃って女性という設定も素敵でした(ちなみに米国大統領を演じているのはユマ・サーマンです)。しかも英国の首相は黒人女性です。米国の女性大統領はヒラリー・クリントンのようなイメージですが、夫はビル・クリントンのようなアングロサクソンではなく、メキシコ移民です。なので、アレックスもラテン系。移民2世であり、労働者階級です。そういう意味での多様性も素晴らしいです(アジア系の人物はあまり出てこないのですが、大統領選参謀長がイラン系女性、アレックスの身辺お世話係がインド系トランス女性、英国のヘンリーの執事もインド系でした)
一方、これはコメディなので、笑いもふんだんに盛り込まれています。特に「頭をブレグジットさせるわよ」「気をつけろブリティッシュ・インベイジョンだ」といった英国ギャグが面白かったです。アレックスの両親は民主党議員だけあって完璧なアライなのですが、それすらも笑えるように演出されてました(誰かを貶めたり、自分を落としたりとかじゃない、シチュエーションの笑い。「LGBTQのBにもちゃんと声があるわ」「今は抗HIV薬で予防できるのよ」といったセリフを畳みかけるシーンは最高でした)
こんな素晴らしい作品を作った人は、いったいどんな人なんだろう?と思い、調べてみました。
原作の小説を書いたケイシー・マクイストンは、1991年(ミレニアル世代)、保守的なルイジアナ州で生まれたクィア作家(性自認はノンバイナリー)です。2016年のヒラリーが負けたあの大統領選の体験から、この作品を構想しはじめたんだそうです。ケイシーは、自分のような宗教右派の強いLGBTQが生きづらい地域に生まれ育つ子どもたちにも希望を与えられるようにという思いで、この『赤と白とロイヤルブルー』を書きました。ストーンウォール50周年の2019年に発売されたこのヤングアダルトロマコメ小説は『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラーリストに載るほどの大ヒットを記録し、ケイシーは一躍ベストセラー作家となりました。2022年には『タイム』誌が選ぶ「次世代の100人」にも選ばれています。
脚本と監督を務めたマシュー・ロペスは、1977年フロリダ州生まれのゲイの劇作家・脚本家で、スティーヴン・ダルドリーが演出した戯曲『インヘリタンス』は「今世紀で最も重要なアメリカ劇」と評され、ブロードウェイでも上演され、見事、トニー賞演劇部門作品賞など3冠を達成しました(ラテン系劇作家のトニー賞受賞は史上初)。そんな実力派のマシュー・ロペスは、この作品を映画化するにあたり、自身で脚本を書き、監督にも初挑戦しました。
キャスティングもよかったです。特に、英国王を、有名なゲイの俳優スティーヴン・フライが演じていたこと。彼がゲイだと知っていれば、王室に同性愛なんてありえないと激怒するそのセリフのすべてが笑いに変わります(そのシーンは、ストレートがゲイを、ゲイがホモフォビックなストレートを演じるという転倒が起きていたわけです。心憎い演出です)
いかにもアメリカ的で、ちょっと単純に物事が進みすぎていやしませんかね?というツッコミもあるかもしれませんが、これくらいスカッと、気持ちよく、ウットリするような素敵な「夢」を見せてくれる作品があってもいいと思うし、こういう作品がたくさんの観客の目に触れることで、世界もいい方向に変わっていくのでは?とも思います。なので、『赤と白とロイヤルブルー』、ぜひ、気楽にご覧いただき、大いに笑って、泣いて、楽しんでください。
(文:後藤純一)
赤と白とロイヤルブルー
原題:Red, White & Royal Blue
2023年/米国/監督:マシュー・ロペス/出演:ニコラス・ガリツィン、テイラー・ザハール・ペレス、ユマ・サーマン、エリー・バンバー、サラ・シャヒ、マルコム・アトブラ、レイチェル・ヒルソンほか
8月11日からAmazon Prime Videoで配信
INDEX
- トランス女性の生きづらさを描いているにもかかわらず、幸せで優しい気持ちになれる素晴らしいドキュメンタリー映画『ウィル&ハーパー』
- 「すべての愛は気色悪い」下ネタ満載の抱腹絶倒ゲイ映画『ディックス!! ザ・ミュージカル』
- 『ボーイフレンド』のダイ(中井大)さんが出演した『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』第2話
- 安堂ホセさんの芥川賞受賞作品『DTOPIA』
- これまでにないクオリティの王道ゲイドラマ『あのときの僕らはまだ。』
- まるでゲイカップルのようだと評判と感動を呼んでいる映画『ロボット・ドリームズ』
- 多様な人たちが助け合って暮らす団地を描き、世の中捨てたもんじゃないと思えるほのぼのドラマ『団地のふたり』
- 夜の街に生きる女性たちへの讃歌であり、しっかりクィア映画でもある短編映画『Colors Under the Streetlights』
- シンディ・ローパーがなぜあんなに熱心にゲイを支援してきたかということがよくわかる胸熱ドキュメンタリー映画『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング』
- 映画上映会レポート:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024
- 心からの感謝を込めて――【スピンオフ】シンバシコイ物語 –少しだけその先へ−
- 劇団フライングステージ第50回公演『贋作・十二夜』@座・高円寺
- トランス男性を主演に迎え、当事者の日常や親子関係をリアルに描いた画期的な映画『息子と呼ぶ日まで』
- 最高!に素晴らしい多様性エンターテイメント映画「まつりのあとのあとのまつり『まぜこぜ一座殺人事件』」
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 依存症の問題の深刻さをひしひしと感じさせる映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
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- 一人のゲイの「虎語り」――性的マイノリティの視点から振り返る『虎に翼』
- アート展レポート:西瓜姉妹@六本木アートナイト
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