REVIEW
1920年代のベルリンに花開いたクィアの自由はどのように奪われたのか――映画『エルドラド: ナチスが憎んだ自由』
およそ100年前、キャバレー「エルドラド」を中心にベルリンにはたくさんのクィアが集まる店があり、多様なセクシュアリティが花開き、性革命が起こっていましたが、30年代、自由が急速に奪われていき…という知られざる歴史に光を当てたドキュメンタリー映画です。
Netflixで今年の6月から配信されているドイツ映画『エルドラド: ナチスが憎んだ自由』をご紹介します。
1920年代のベルリン。一時期は80〜120軒ものGAY(クィア)のお店があったそうで(スゴいですね!)、その中心が「自由はここにある!」という看板を掲げた「エルドラド」というクラブ(キャバレー)でした。ドラァグしてる人もいれば、ゲイもレズビアンもトランスジェンダーも、いろんな人たちが集まって踊ったり、ショーを楽しんだり、たいへんきらびやかなお店でした。
そこに来ていた、のちに世界的なテニス選手となるゴットフリート・クラムは、マナスという青年と出会い、恋に落ちます。ゴットフリートの妻のリサも女性とつきあったりして、二人はお互いに信頼関係で結ばれたうえで、自由なセクシュアリティを謳歌していました(今で言うポリアモリーとか、オープン・リレーションシップ)
「エルドラド」の客の中には、性科学者で世界初の同性愛権利擁護団体を作り、性科学研究所を設立し、世界初の性別適合手術も行なったマグヌス・ヒルシュフェルトもいました。ヒルシュフェルトのおかげで身体も女性になることができたトランスジェンダーのトニとシャーロットは、深い絆で結ばれ、パートナーに。性科学研究所は、性に関する博物館であり、クィアの人々のカウンセリングの場所でもあり、社交場でもありました。世界中から性別適合手術を受けたい方が列をなして訪れました。
ベルリンは世界のGAY(クィア)の憧れの街。「エルドラド」は性の自由の象徴でした。
「エルドラド」の客の中にはもう一人、重要な人物がいました。のちにSA(ナチスの準軍隊的組織)の隊長となるヒトラーの右腕、エルンスト・レームです。レームがゲイであったことは公然の秘密でしたが、ヒトラーは「分別を保つ限り彼の私生活は問わない」というスタンスでした。レームは「エルドラド」でカール・エルンストに出会い、SAにスカウトしました。SAは男だけの集団で、男らしさを称え合う「男の園」のような組織になっていきます。
レームが医師に送っていた手紙(そこには「誇りに思う自分もいる」とも書かれていました)がのちに、新聞にすっぱ抜かれ、レームがゲイであることが公にされるのですが、そんな大スキャンダルがあったにもかかわらず、ナチスは選挙に勝利します。
ベルリンの「エルドラド」というキャバレーが(「スタジオ54」や「パラダイス・ガレージ」のように)当時の世界最先端のクィアのクラブだったということだけでも素敵なお話なのですが、そこにヒルシュフェルトもレームも来て顔を合わせていたということが本当に興味深いです。事実は小説より奇なりです。ナチスが政権を握ってから、この二人がどういう運命を辿ったか、というところに、ファシズムの本質が本当によく現れています。(『チェチェンへようこそ
』のデヴィッド・フランス監督も語っているように、民主主義が壊れてしまったらLGBTQに未来はありません。そのことは21世紀の今でも真実なのです)
世界的なテニスプレーヤーとなるゴットフリートと、彼氏のマナスのその後の運命にも注目してみてください。
そしてもう一人、米国に逃れたおかげで生き延び、100歳を超えて、この映画に時代の生き証人として出演している奇跡の人、ウォルター・アーレンというゲイの方にも注目してください。本当に素晴らしい語り手です。その表情だけで、本当に多くのことを伝えてくれます。(まだ存命なのだと思っていたら、この9月に亡くなったそうです。R.I.P.)
この映画は、当時のベルリンの、自由と抑圧が隣り合わせだった状況を実に見事に描きながら、(単純に現在に当てはめることはできないものの)ある意味、現代に警鐘を鳴らすような作品でもあると言えるでしょう。大衆の差別心に訴え、選挙で勝って議会を掌握し、緊急事態条項を利用して独裁政権を樹立した「ナチスの手口」は、いつまた、どこかの国の政治家に利用されるとも限りません。
ドキュメンタリーではありますが、キャバレーのシーンや、主要な登場人物のシーンは、再現フィルムのようなイメージ映像のような感じで新たに撮られていて、観やすいです。『月の光』など、使われている音楽も印象的です。
エルドラド: ナチスが憎んだ自由
原題:Eldorado – Alles, was die Nazis hassen
英題:Eldorado: Everything the Nazis Hate
2023年/ドイツ/1時間32分/監督:ベンヤミン・カントゥ
Netflixにて配信中
INDEX
- 映画『孔雀』(レインボー・リール東京2023)
- クィアな若者がコスメ会社で働きながら人生を切り開いていくコメディドラマ『グラマラス』
- 愛という生地に美という金糸で刺繍を施したような、「心の名画」という抽斗に大切にしまっておきたい宝物のような映画『青いカフタンの仕立て屋』
- “怪物”として描かれてきたわたしたちの物語を痛快に書き換える傑作アニメーション映画『ニモーナ』
- 映画『怪物』レビュー
- 恋に翻弄されるゲイの愚かで滑稽で愛すべき姿態をオゾン流にキャムプに描いた大傑作メロドラマ『苦い涙』
- ドリアン・ロロブリジーダさん主演の素敵な短編映画『ストレンジ』
- クラシックの世界のリアルを描いた登場人物がクィアだらけの映画『TAR/ター』
- 僕らはこんな漫画をずっと読みたかったんだ…田亀源五郎『魚と水』単行本
- PrEPについて楽しく学べるポップでセクシーな映画『The PrEP Project』
- ゲイカップルが世界の運命を決める――M.ナイト・シャマランの最新作『ノック 終末の訪問者』
- レポート:『OUT IN JAPAN 2023 Spring 写真展 by LESLIE KEE』『アキラ・ザ・ハスラー 「Here’s Your Playground」』
- 高校生のひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして最高のクィア・コメディ映画『あの夏のアダム』
- 中国で男娼として生きる主人公やその周囲の若者たちの群像をせつなく美しく描いた映画『マネーボーイズ』
- 50代以上のゲイの方たちの食事会の様子を通じて人生を映し出した映画『変わるまで、生きる』
- これまで見捨てられがちだった人々をも包み込んで慈しむような素晴らしいゲイ映画『老ナルキソス』
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