REVIEW
涙、涙…実在のゲイ・ルチャドールを描いた名作映画『カサンドロ リング上のドラァグクイーン』
80年代に活躍した伝説のゲイ・ルチャドール(メキシコのプロレス「ルチャ・リブレ」のレスラー)、カサンドロ。その光と影、複雑な家庭環境や、ゲイとしての生き様…涙なしには観ることができない、感動の伝記映画です
80年代初め、ゲイのレスラー、サウル・アルメンダリスはテキサス州エルパソに住みながら、ルチャ・リブレ(プロレス)に参加するためメキシコのフアレスにしばしば通っていました。彼は初めエル・トポ(やられ役)としてレスリングをしていたのですが、新しいトレーナーに見出され、女装のレスラー「エキゾティコ」として出場すべきだとアドバイスを受けます。そうして新たなキャラクター、カサンドロが誕生し、人気を博していくのです。この映画『カサンドロ リング上のドラァグクイーン』は、実在したドラァグ・レスラー、カサンドロの半生を描いた伝記映画です。
<あらすじ>
テキサス州エルパソで母と二人で暮らしているサウル。ふだんは洗濯屋の母の仕事を手伝ったり、自動車工場で働いたりしていますが、週末にはメキシコのフアレスでの小さな興行に参加しています。しかし、体も小さく、エル・トポ(やられ役)に甘んじ、パッとしません。ある日、女子プロレスのトレーナー、サブリナに出会い、コーチをしてもらえることになり、修行に励みます。彼女は女装のレスラー「エキゾティコ」として出場すべきだとアドバイスします。当時、エキゾティコは観客から「オカマ」と罵られ、あっさり負けてしまうのが「お約束」で、サウルは納得がいきませんでした。しかし、試合に勝つようなエキゾティコならやる価値があると思い直し、カサンドロが誕生します。カサンドロは首尾よく人気を博し、サウルは、母のために家を買い、楽をさせてあげたいと望みます。しかし…。
いやあ、よかったです。泣けました。これは本当にいい映画です。
実在のゲイの生き様を描いた伝記映画としては『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』にも匹敵するような素晴らしさじゃないかと思います(もちろんクイーンやエルトン・ジョンのようにライブで魅せるわけではないのですが、その代わりルチャリブレの試合があります。プロレスにあまり関心がない方でも大丈夫です)
ルチャリブレとは、メキシコの国民的なエンターテインメントで、劇中でとある興行主が「現実がドン底だから、ルチャを見て、善が悪を倒す様に興奮して、スッキリする」とその本質を語っていたように、善玉(ベビーフェイス)と悪玉(ヒール)がきっちり分けられています。女装のレスラー「エキゾティコ」は、“悪”ではないものの、「オカマ」と嘲笑されながら、ベビーフェイスにもヒールにも負けることが「お約束」でした。いわば、現実社会のゲイ(やトランス女性などのクィア)の立場をそのまま反映した存在でした。「そこにいてもいいが、ただし、“異端”で弱っちいキャラとしてなら許す、間違っても俺たちに勝てるなんて思うなよ」と思ってるノンケ男たちが支配する社会です。
ですから、サウルは悩んだのです。そして、女性トレーナーの力を借りながら、この屈辱的な「お約束」をひっくり返すベビーフェイスの新たな女装ルチャドールとしてやっていく道を選び、カサンドロが誕生しました。ただ派手にやるというのではなく、地道にトレーニングに励み、実力を身につけながら、前代未聞の偉業に挑戦したのです。
観客が「オカマ!」「オカマ!」と大合唱し、「早くオカマを叩き潰せ」「リングに沈めちまえ」と言う様は、サッカーで相手チームをホモフォビックなチャントで罵ったりするのとはわけが違い、自分が本当にゲイであるだけに、本当に心折れそうになるような、残酷な響きを持っています。これに立ち向かい、心を強く持ち、なおかつ、笑顔で、華麗にリングというステージを盛り上げていくのは並大抵のことではありません。
たぶん自分のためだけだったら、この厳しさを乗り越えることはできなかったと思うのですが、サウルは有名レスラーになってお母さんに家を買い、楽をさせてあげたいという思いを原動力にして踏ん張ります。ある意味『タイガーマスク』を地で行く人ような人だったのです。
お母さんを愛する気持ちを表現するガエル・ガルシア・ベルナルの演技は素晴らしく(『エゴイスト』の鈴木亮平さんを思い出しました)、さすがだと思いました。
いろんな意味で、サウルにとってこのチャレンジは「負けられない闘い」であり、リングは彼にとってゲイとしての生き様や思いやプライドをぶつける場であり、その試合の一つひとつが感動的です。
ガエル・ガルシア・ベルナルはペドロ・アルモドバルの映画『バッド・エデュケーション』で主役の美青年を演じた名優です。
それから、サウルの恋人の役で、『インスペクション ここで生きる』で優しくセクシーな(フレンチが好きになってしまう)教官を演じたラウル・カスティーロが登場するのも見どころです。脱いでるシーンやセックスのシーンもあります。
また、今年のGLAADメディア賞でアライシップを称える「ヴァンガード賞」を受賞したバッド・バニーも出演しています。
エル・イホ・デル・サントというレジェンドなレスラー(日本で言うと力道山とかジャイアント馬場みたいな?)が本人役で登場しているのもスゴいと思います。
物哀しい旋律のシャンソンみたいな歌や、随所に散りばめられたラテンテイストな音楽も、とてもいいです。
プロレス好きな方も、そうでない方も、ぜひご覧ください。
カサンドロ リング上のドラァグクイーン
原題:Cassandro
2023年/米国/107分/監督:Roger Ross Williams
Amazon Prime Videoで配信中
INDEX
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』
- ホモフォビアゆえの悲劇的な実話にもとづく、重くてしんどい…けど、素晴らしく美しい映画『蟻の王』
- 映画『パトリシア・ハイスミスに恋して』
- アート展レポート:shinji horimura個展「神と生きる漢たち」
- アート展レポート:moriuo個展「IN MY LIFE2023」
- 「神回」続出! ドラマ『きのう何食べた?』season2
- 女性たちが主役のオシャレでポップで素晴らしくゲイテイストな傑作ミステリー・コメディ映画『私がやりました』
- これは傑作! ドラマ『ゆりあ先生の赤い糸』
- シンコイへの“セカンドラブ”――『シンバシコイ物語 -最終章-』
- 台湾華僑でトランスジェンダーのおばあさんを主人公にした舞台『ミラクルライフ歌舞伎町』
- ミュージカルを愛するすべての人に観てほしい、傑作コメディ映画『シアターキャンプ』
SCHEDULE
記事はありません。