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17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』

フランスのゲイの監督クリストフ・オノレの反自伝的な映画『Winter boy』。17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらします。凄い演技を見せてくれたポール・キルシェの初来日トークセッションもご紹介します

17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』

 『Winter boy』は、『ジョルジュ・バタイユ ママン』『美しいひと』『愛のあしあと』などの監督として知られるフランスのクリストフ・オノレ監督が、自身の少年時代の経験に基づき、思春期のゲイの男の子の不安定な愛と性や父の死による喪失と再生を描いた半自伝的映画です。新星ポール・キルシェが主人公リュカを演じ(2022年のサン・セバスチャン国際映画祭において史上最年少で主演俳優賞を受賞)、『ポンヌフの恋人』『トリコロール/青の愛』『イングリッシュ・ペイシェント』など数々の伝説的な作品に出演してきた名優ジュリエット・ビノシュがリュカの母親役を演じています。ちなみにポール・キルシェは『トリコロール/赤の愛』に主演したイレーヌ・ジャコブの息子だそうです(お父さんも俳優だそう。映画界のサラブレッドですね)
 
<あらすじ>
冬のある夜。寄宿舎で暮らす17歳の少年リュカは父が事故死したとの連絡を受け、アルプス山麓の実家に帰る。愛する父の死に直面し、大きな悲しみと喪失感にさいなまれるリュカ。葬儀の後、兄に連れられて初めてパリを訪れたリュカは、兄の同居人である年上のアーティスト、リリオと出会う。優しいリリオに心惹かれるリュカだったが、リリオには、リュカに知られたくない秘密があった──。






 凄い映画でした。いろんな意味で。
 画面に緊張感や生気が漲っています。

 突然お父さんが交通事故で亡くなり、まだ17歳のリュカは、自分でも気づかないくらい精神的なダメージを受け、損なわれます。そして、見かねたお兄さんが、気分転換にと、自分が暮らすパリにリュカを呼ぶことにするのです。
 途中まで観客は全くわからないと思いますが、リュカはゲイで、それはセックスのシーンでわかります。それ以外は本当に、ストレートの男の子と変わらない感じです。ですが、家族はゲイであるリュカのことを繊細に気遣っていて、それ以上に高校生であるリュカの将来や、父親を亡くしたショックに打ちひしがれていることを気遣っています。
 お兄さんのパリの部屋のルームメイトであるリリオもゲイで、リュカは同じゲイとして彼の話を聞いたり、親しみを覚えるのですが、リリオがまだ子どもであるリュカに隠していた、ある事実が発端となり、リュカは…。パリに住むゲイにとっては(あるいは日本でも)ありがちなことなのでしょうが、まだ幼い(しかも父の死という心のダメージを負った)リュカにとっては、それはちょっと…。リセットや心の癒しになればと思って家族が気遣ってくれたのに、ある意味「失敗」してしまい、事態は予想外の方向に進んでいきます。

 なかなかにヘビーな物語なのですが、リュカ役のポール・キルシェが実にリアルな、迫真の、凄い演技を見せています。感服させられました。
 セックスのシーンも何度も出てきます。セックスがリュカの高校生活や家族との日常や親戚たちが政治的な話で揉めるシーンと等価に描かれているところがスゴいと思います。それは17歳のゲイの少年にとってのリアルであり、隠すべきことではないという、ゲイの監督のメッセージだと受け止めました(素晴らしい)
 そのこととも関連するのですが、リュカだけでなく、リリオもまた、苦しみを抱えていて、そのことがリュカの人生に大きな影響を与えるといいますか、人と人とのつながり、共感、心通わせる瞬間こそが回復や癒しにつながるというメッセージになっていたところに、深く感動させられました。

 ぼくらはともすると、セックスによって「心の穴」を埋めようとしてしまうし、満たされたような気になってしまうこともあるけど、本当の癒しはもっと…言葉とか、信頼とか、リスペクトとか、全人的なコミュニケーションによってもたらされるものなんですよね(それを愛と言い換えてもよいのかもしれない)。特に、揺れ動き、傷つきやすい思春期の男の子にとっては、とても重要なのです。
 
 クリストフ・オノレ監督の作品は初めて観たのですが、スゴい方だと感じました(実は事故で亡くなるリュカのお父さんの役を演じています)
 監督が実際に少年時代に体験した実話に基づいているそうですが(監督は1970年生まれなので、体験したのは80年代だったはず)、時代は現代に移されています(スマホがないと、あの展開にはならないと思います)。なので、実体験をそのまま描くというよりは、今のゲイの少年に置き換えた物語になっていて、そういう今のゲイのリアリティ、痛み、そして、回復や癒しが描かれています、と言ってしまうと簡単な感じがしてもどかしいのですが、たぶん、(そういうことが映画で描かれているわけではないのですが)依存症や自暴自棄なセックス、メンタルヘルスの問題ともつながっているような、ゲイに対する世間の偏見や見下しゆえに小さい頃から傷ついてきて、自分ではどうすることもできないような「心の穴」のことに触れている気がして、それはこの少年に限らず、本当にたくさんのゲイのみんなが多かれ少なかれ抱えていることだと思いますし、もしかしたら、ゲイにとっての生きづらさの根源にあるようなことなんじゃないかと思い、その苦しさやしんどさを描くだけじゃなく、どのようにして回復や本当の意味での癒しがありうるのかというところを描いたところがスゴいし、素晴らしいと感じました。

 こんなに心ふるえる、魂に響く作品は『BPM』以来かもしれません。(偶然か必然かわかりませんが、『BPM』もフランス映画でした。フランス映画といえば、『Winter boy』も音楽やアートの話、人種差別や政治的な話がふつうに入ってくるのがフランス映画らしいと思いました)

 ポール・キルシェの存在感や「演技」を超えたリアルさは本当にスゴいと思いましたが、お母さん役のジュリエット・ビノシュの、かつて『ポンヌフの恋人』や『トリコロール/青の愛』に主演してあの時代のフランス映画で最も輝きを放っていた女優が、すっかり大成して今はノーメイクでゲイの息子を気遣う母親を優しく熱く演じている姿にも魅了されました。お兄さん役のヴァンサン・ラコストもイイ男。唇がセクシーです。
 
 アルプス山麓の寒そうな町の風景とパリの街並みも美しいです。
 
Winter boy
原題:Le lyceen
2022年/フランス/122分/R15+/監督:クリストフ・オノレ/出演:ポール・キルシェ、ジュリエット・ビノシュ、ヴァンサン・ラコスト、エルヴァン・ケポア・ファレほか
12月8日よりシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開




ポール・キルシェ初来日トークセッション

 11月に開催された『Winter boy』プレミア試写会の、ポール・キルシェ、フィリップ・マルタン(プロデューサー)、半野喜弘(音楽)によるトークセッションの模様をお伝えします。ポール・キルシェの長身のスタイルのよさ、そして映画とはまたイメージが違う、無邪気でちょっとシャイな感じの男の子という感じの雰囲気、短めな髪型が印象的でした。


 「来日は初めてですよね?」と聞かれたポールは「とても感謝しています」と語りました。役作りに関しては、「確かにオノレ監督の自伝だけど、監督の興味は今日の若者を語ることだったと思う。監督は自分の本や手袋を僕にくれて、違うかたちで人生を継承してくれた。現場ではよい関係を築いてたよ」と教えてくれました。
 主役のオーディションについてプロデューサーのフィリップ・マルタンは「ポールがオーディションに来たのは遅いタイミングで、すでに200人くらいを見ていた」「テストビデオを見た。演技じゃなくて、彼が家にいる様子のビデオ。センセーションを感じた。見つかった!と明白にわかった」と明かしました。ポールも「演技してない。音楽を聴いたりギター弾いたり、家にいる姿。監督が見せたかった思春期の少年そのままだと言われました」と話しました。
 それから、ジュリエット・ビノシュについてポールは、「偉大な女優。感銘を受けた。初日から強烈な存在感を放っていた。料理をつくってくれたりしたよ」と語りました。最後に、「今日ご覧いただきありがとうございました。悲劇乗り越える若いエネルギーと家族のエネルギーをこの映画から感じとっていただければ幸いです」と語りました。
 たった今、その凄い演技に圧倒されたばかりの観客のみなさんから熱い拍手が送られました。


(取材・文:後藤純一)

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