REVIEW
若い時にエイズ禍の時代を過ごしたゲイの心の傷を癒しながら魂の救済としての愛を描いた名作映画『異人たち』
山田太一さんの小説で80年代に大林宣彦さんが映画化したことでも知られる『異人たちとの夏』を、アンドリュー・ヘイが現代のゲイの映画としてリメイクしました。いろんな意味で本当に素晴らしい、心に残る名作です

こんなに観るのが楽しみだった映画もひさしぶりです。
『異人たちとの夏』は、僕にとって忘れられない映画の一つです。『転校生』『時をかける少女』の大林宣彦さんが監督ということで観に行ったんだと思います。こんなストーリーです。40代?のシナリオライター・原田(風間杜夫)は妻子と別れ、マンションに一人暮らし。ある日原田は幼い頃に住んでいた浅草で、彼が12歳のときに交通事故死したはずの両親に出会う。原田は少年だった頃のように二人の元へ通い出す。その頃、同じマンションに住むケイという女性(名取裕子)が酔っ払って部屋に訪ねてきたことをきっかけに、愛し合うようになる。しかし、両親と会えば会うほど、原田の身体は衰弱していくのだった…。この両親の役を片岡鶴太郎さんと秋吉久美子さんが演じていて、絵に描いたような下町のお父さん・お母さん像で、昭和の幸せな家庭がそこにありました。最後に三人で浅草の街に出かけ、『今半』ですき焼きを食べるという最高に幸せなシチュエーションで、両親はお別れを言って、だんだん消えて行く…という、その場面が本当に切なくて悲しくて、ボロボロ泣いたのを今でも憶えています。
この名作を、なんと、『WEEKEND ウィークエンド』『Looking/ルッキング』のアンドリュー・ヘイがリメイクするという心躍るニュースが飛び込んできて、それは絶対に名作になるに違いないと確信しました。元の映画もエモーショナルでしたが、等身大のゲイの親密な情愛を繊細に描く、ずっと心の中で暖かい灯火のように輝き続けるような作品を作ってきた監督が撮るゲイ版の『異人たち』。早く観たい、待ちきれないという思いが募っていました。
そうしてようやく、その『異人たち』を観ることができました。レビューをお届けします。
(後藤純一)
<あらすじ>
12歳の時に交通事故で両親を亡くし、孤独な人生を歩んできた40歳の脚本家アダム。ロンドンのタワーマンションに住む彼は、両親の思い出をもとにした脚本の執筆に取り組んでいる。ある日、幼少期を過ごした郊外の家を訪れると、そこには30年前に他界した父と母が当時のままの姿で暮らしていた。それ以来、アダムは足しげく実家に通っては両親のもとで安らぎの時を過ごし、心が解きほぐされていく。その一方で、彼は同じマンションの住人である謎めいた青年ハリーと恋に落ちるが……。






期待以上に素晴らしかったです。
元の映画は(松竹から夏に観客をぞっとさせるゾンビ映画を、との要望で始まっただけに)ホラー的な要素もある映画だったわけですが、アンドリュー・ヘイは、12歳の時に事故死した両親と会い、同時に恋も始まるという設定は借りながら、これを、幼少期に心に傷を受けた(若い時にエイズ禍の時代を過ごした)ゲイの恐怖やトラウマを癒していく魂の救済のような作品として生まれ変わらせました。そして、同性婚が認められた現在であってもなお、ゲイが無条件にハッピーに生きられるわけでは決してなく、今なお孤独と隣り合わせであるという現実をも描いていました。中年世代と若い世代、二人の生きた時代やリアリティは異なれど、家族から離れて寂しく暮らしているところは同じで、本当はもっと家族に愛されたかったという思いが、『異人たちとの夏』の切なくエモーショナルなストーリーテリングとの見事なマリアージュによって、深い余情をもたらします。
自分の幼少期に遡って親と対話したり、ずっと気にかかっていたことの答えを得たり、トラウマを克服したり、人生を生き直したりということができたらどんなにいいだろうと思いますが、この映画ではそれをファンタジーとして追体験することができます。亡くなった両親との対話は、実はアダム自身が心の中で「パパやママだったらこんなふうに言うに違いない」と想像して作り上げたものかもしれません。でもそのやりとりはゲイであるアンドリュー(監督や主演俳優、どちらもゲイのアンドリューです)が実際に同じようなことを経験したのではないかと思わせる、実にリアルなものでした。時代はエイズパニックの80年代前半です。そのことも大きな影を落としています。世の中に見捨てられはしなかったかもしれないが「大丈夫、僕は生きていける」と自信を持てるようになるまでにずいぶん心にチクチクと傷を負ってきた、そんな40代のゲイです。
一方、アダムのもとにやってくるハリーは若く、エイズ禍も身近には感じていない、「ゲイ」よりも「クィア」という言い方を好むような(その辺りの語りも実にリアルでした)青年です。英国ではとっくに同性婚も実現していますが、それでもなお、ハリーはゲイであるがゆえに真綿で首を絞められるようなやんわりとした差別に直面し、砂を嚙むような日々を過ごし、孤独感に苛まれていました。
二つの孤独な魂が寄り添う様は、僕らの姿そのものです。偶然始まった恋かもしれませんが、その愛には必然性があり、かけがえのないものだと感じさせます。
僕らは、いろんなことに阻まれて、なかなか真実の愛を見つけることができない――それは両親との関係だったりもする(ゲイとしての愛と家族愛との間で葛藤することもある)――ということも示唆しつつ、でも、だからこそ、ようやくめぐりあえた彼氏との愛は、奇跡のようなかけがえのないもので、生きる意味ですらある、なのに…というストーリー展開も、ものすごく切なく、心ふるわせるものがあります。ゲイだからこその真実味があります。『異人たちとの夏』という名作は、今を生きるゲイの物語として描かれてこそ最高に素晴らしくなるのだと、アンドリュー・ヘイが示してくれました。『異人たちとの夏』もリアタイで観ていた方はきっと、そのようにさらに深い味わいや感動を得られることでしょう。『異人たち』はリメイクでより素晴らしくなった作品の好例としても語り継がれていくかもしれません。
主人公のアダムを演じているのは英国のトップ俳優であり『パレードへようこそ』『ぼくたちのチーム』などにも出演してきたアンドリュー・スコットです(2013年にゲイであることをカミングアウト)。お父さん役は『リトル・ダンサー』『ロケットマン』のジェイミー・ベルが演じているのですが、あのビリー・エリオットがお父さん役をやるまでに大きくなったのか…という感慨がありました。ハリーを演じたポール・メスカルもとてもラブリーで魅力的でしたし、お母さん役のクレア・フォイも「ザ・80年代英国の労働者階級のお母さん」って感じでよかったです。
それから、音楽です。80年代UKポップを愛する方は間違いなくこの映画を十二分に楽しんでいただけるはずです。
フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド(『Relax』というあからさまにゲイセックスのことを歌って世界に衝撃を与えたバンド)の『パワー・オブ・ラブ』という曲が、切なく響き渡ります。町山智浩さんによると、『パワー・オブ・ラブ』は「1984年のクリスマスソングで、エイズパニックの時代にオープンリー・ゲイのホリー・ジョンソンが「君を守るよ」と歌った愛の賛歌」です。アダムは自室でホリー・ジョンソンが『パワー・オブ・ラブ』を歌うライブ映像を何度も観ていますが、そこには様々な意味が込められているのです。
また、ペット・ショップ・ボーイズの大ヒット曲『Always On My Mind』が、ハッとさせらるような、ちょっとスゴい使われ方をしていて、あんなに明るい曲調なのに(そんな人ほかにいないと思いますが)泣けてしまいました。あのシーンは本当に、みんなに観てほしいです。この興奮と感動を共有したいです。
子ども時代のアダムの部屋にはレコードジャケットもいろいろ飾られていて、イレイジャーの『The Circus』とかもありました。
80年代UKの、あの輝かしい時代のポップソング。この映画では、単にそれらを懐かしむのではなく、ホリー・ジョンソン、PSBのニール・テナント、イレイジャーのアンディ・ベルといったゲイアーティストへのリスペクトも込めながら、音楽と時代とを重ね合わせながら、巧みに映画に活かしていたと思います(アンドリュー・ヘイは1973年生まれなので、個人的にも思い入れがあるのでしょうし、アダムの幼少期の描写には実体験が反映されているんだと思います)
『異人たち』はゲイにとってポップソングがどういう意味を持つものなのか?ということを見事に有機的に描いた映画でもあるのです(ドラマでは『POSE』がそういう場面を描いていたと思います)
余談ですが、この映画は『フル・モンティ』『ボーイズ・ドント・クライ』『愛についてのキンゼイ・レポート』『リトル・ミス・サンシャイン』『ブラック・スワン』『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』『シェイプ・オブ・ウォーター』『女王陛下のお気に入り』といったLGBTQ(クィア)的に重要な名作を手がけてきたサーチライト・ピクチャーズが配給しています(現在はウォルト・ディズニー・スタジオの傘下なので、配給:ディズニーとクレジットされています。ていうかディズニーがこのリアルなゲイ・セックス・シーンもある映画を配給してるってスゴいかも?)
偶然なのか意図してなのかわかりませんが、公開がTRPの初日(4月19日)と同じ日というのも素敵だと思います。
いろんな意味で観る価値のある、心からおすすめできる映画です。ぜひ、家族、友人、同僚などとお誘い合わせのうえ、映画館でご覧になってください。
異人たち
原題:All of Us Strangers
2023年/英国・米国合作/105分/R15+/配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン/原作:「異人たちとの夏」山田太一著(新潮社刊)/脚本・監督:アンドリュー・ヘイ/出演:アンドリュー・スコット、ポール・メスカル、ジェイミー・ベル、クレア・フォイほか
4月19日よりロードショー公開
INDEX
- 「第三の性」「文化の盗用」そして…1秒たりとも目が離せない映画『フィンランディア』(レインボー・リール東京2022)
- バンドやってる男子高校生たちの胸キュン青春ドラマ『サブライム 初恋の歌』(レインボー・リール東京2022)
- 雄大な自然を背景に、世界と人間、生と死を繊細に描いた『遠地』(レインボー・リール東京2022)
- 父娘の葛藤を描きながらも後味さわやかな、美しくもドラマチックなロードムービー『海に向かうローラ』
- 「絶対に同性愛者と言われへん」時代を孤独に生きてきた大阪・西成の長谷さんの人生を追った感動のドキュメンタリー「93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて~」
- アジア系ゲイが主役の素晴らしくゲイテイストなラブコメ映画『ファイアー・アイランド』
- ミュージシャンとしてもゲイとしても偉大だったジョージ・マイケルが生前最後に手がけたドキュメンタリー映画『ジョージ・マイケル:フリーダム <アンカット完全版>』
- プライド月間にふさわしい名作! 笑いあり感動ありのドラァグクイーン演劇『リプシンカ』
- ゲイクラブのシーンでまさかの号泣…ゲイのアフガニスタン難民を描いた映画『FLEE フリー』
- 男二人のロマンス“未満”を美味しく描いた田亀さんの読切グルメ漫画『魚と水』
- LGBTQの高校生のリアリティや喜びを描いた記念碑的な名作ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』
- LGBTQユースの実体験をもとに野原くろさんが描き下した胸キュン青春漫画とリアルなエッセイ『トビタテ!LGBTQ+ 6人のハイスクール・ストーリー』
- 台湾での同性婚実現への道のりを詳細に総覧し、日本でも必ず実現できるはずと確信させてくれる唯一無二の名著『台湾同性婚法の誕生: アジアLGBTQ+燈台への歴程』
- 地下鉄で捨てられていた赤ちゃんを見つけ、家族として迎え入れることを決意したゲイカップルの実話を描いた絵本『ぼくらのサブウェイベイビー』
- 永易さんがLGBTQの様々なトピックを網羅的に綴った事典的な本『「LGBT」ヒストリー そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』
- Netflixで今月いっぱい観ることができる貴重なインドのゲイ映画:週末の数日間を描いたロマンチックな恋愛映画『ラ(ブ)』
- トランスジェンダーのリアルを描いた舞台『イッショウガイ』の記録映像が期間限定公開
- 宮沢賢治の保阪嘉内への思いをテーマにしたパフォーマンス公演「OM-2×柴田恵美×bug-depayse『椅子に座る』-Mの心象スケッチ-」
- 絶望の淵に立たされた同性愛者たちを何とか救おうと奮闘する支援者たちの姿に胸が熱くなる映画『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』
- スピルバーグ監督が世紀の名作をリメイク、新たにトランスジェンダーのキャラクターも加わったミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』
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