REVIEW
ストーンウォール以前にゲイとして生き、歴史に残る偉業を成し遂げた人物の伝記映画『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』
米国史上最大の20万人超が参加したデモであり公民権運動のピークとなった1963年のワシントン大行進。これを発案し、成功させた立役者でありながら、ゲイであるがゆえに歴史の闇に埋もれてきたバイヤード・ラスティンの伝記映画です。ゲイとしての苦悩や葛藤、直面する差別や困難、愛と生き様が隠さずに描かれているところが魅力的で、素晴らしいです。泣けます

1963年8月28日、20万人超が参加し、マーティン・ルーサー・キングJr.が「I Have a Dream」という伝説的な演説を行ない、公民権運動の象徴となっているワシントン大行進を企画し、成功させた人がバイヤード・ラスティンです。彼は芸であったがゆえに歴史の表舞台にはあまり出ず、知る人も少ないのですが、その功績を称えられ、2013年にオバマ大統領から大統領自由勲章を授与されています。
そのバイヤード・ラスティンの生涯を描いた作品が『ラスティン:ワシントンの『あの日』を作った男』です。バイヤード・ラスティンを演じたコールマン・ドミンゴはアカデミー主演男優賞やゴールデングローブ賞にノミネートされたほか、全米映画放送批評家協会賞(クリティック・チョイス・アワード)においてマイノリティのタレントに送られる賞を受賞しています(コールマン・ドミンゴはゲイの俳優です)
Neflixは「プライド月間」の特集を組んでいますが(LGBTQで検索すると出てきます)、その中に『ラスティン:ワシントンの『あの日』を作った男』も入っていました。
<あらすじ>
1963年8月28日、リンカーン大統領による奴隷解放宣言から100年を経てもなお根強く続く人種差別の撤廃を求め、20万人以上が参加したワシントン大行進。「I Have a Dream」の歴史的演説を残したキング牧師や、アダム・クレイトン・パウエル・Jr.、エラ・ベイカーらとともに自由への行進を先導しながらも、長らくスポットの当たることがなかったバイヤード・ラスティンは、公民権の歴史の流れを変えるべく尽力し、人種差別や同性愛への偏見に真っ向から立ち向かうのだった…。
マーティンとバイヤードの友情には泣かされました。
エンドロールでエグゼクティブ・プロデューサーとしてバラク&ミシェル・オバマの名前が出てきたのにも泣かされました。
バイヤードは知的で、ユーモアがあり、人々を魅了し、動かす言葉を持つ人、そしてガンジーのように非暴力を貫きながら社会を変えていこうとする信念に基づき、勇敢に行動する人でした。バイヤードの人間性や、語り口や、人々に未来を信じさせる力、カリスマ性に魅了され、彼の周りには多くの若者が集まっていました。その若者の中に、マーティン・ルーサー・キングJr.もいました。しかし、公民権法の制定(人種差別撤廃)という大きな目標のために、権力を恐れず、信念を持って活動するバイヤードは保守派の黒人議員を敵に回し、ついには、彼が最も恐れていたある事実を「アウティング」されるのです…。
公民権運動の活動家としてワシントン大行進という米国史上最大規模の平和的なデモを成功させるという奇跡を起こした人物は、ゲイであるがゆえに同じ黒人の活動家仲間からも差別され、表舞台に出ることなく、歴史の闇に埋もれてきました。
1960年代前半という、ストーンウォールのずっと前、同性間の性交渉が違法とされ逮捕される可能性もあった時代に、ゲイであることを隠さずに生きたというだけも本当にスゴいことです。それがどんなにつらく、厳しい、茨の道だったかということが、この映画でリアルに描かれています。
この映画に登場するゲイはバイヤードだけではなく、クローゼットの中にいたゲイもいて、本当の自分を生きるか、妻子や社会的地位を取るか悩む姿が描かれます。その彼の姿との対比からも、バイヤードがどれだけプライド(という言葉もない時代ですが)を持って信念を貫いたかということがよくわかります。
保守派の(すでに地位や権力を得ている)議員らがバイヤードを攻撃し、分断を図り、運動を潰そうとします。敵は黒人コミュニティの中にもいたのです。その描写はとても示唆的です。そのシーンを観てLGBTQコミュニティとて例外ではないと感じる方は少なくないはずです。
一方、白人の中にも、アライとしてワシントン大行進に貢献してくれた人たちもたくさんいたことがわかります。
印象的だったのは、バイヤードの家に居候している若い白人の男の子・トムのエピソードです。トムは16歳の時に黒人の友達を家に招いたのですが、そのことで父親の怒りを買い、親と絶縁し、家出したのです。アライとして毅然と行動した少年トムの行動に感銘を受け、バイヤードは世話をすることにしたのです。(『POSE』に出てくる、行き場を失ったクィアの子たちを家に招き入れて面倒を見る「ハウスマザー」を思い出しました)
ゲイバーの摘発のシーンや、ハッテン公園と思しき場所のシーンもあり、当時のゲイのニューヨーカーのリアリティが伝わってきました。
そんなシーンも含めて、実に展開が早く、情報量が多いです。
ワシントン大行進のファンドレイジング(資金集め)コンサートに出演してくれた歌手の名前が映し出されるシーンとかも一瞬でした(かろうじてトニー・ベネットの名前は確認できました。レディ・ガガともデュエットした粋な紳士。あの時代の公民権運動にも協力してたなんて、本当に素敵な人だなぁと思いました)
コールマン・ドミンゴ、たぶんですが、バイヤードに生き写し。そっくりです。
『エンジェルス・イン・アメリカ』でヒーロー的な役回りのゲイの看護師を演じ、『アメリカン・フィクション』では人好きのする冴えない小説家を演じたジェフリー・ライトが(最初気づかなかったのですが)悪役を演じていて、面白いです。
マーティンを演じた俳優さん(アムル・アミーン。『センス8』にも出てました)、イケメンでした。
ほかにも見たことのある俳優がたくさん出演していました。何しろ出演者がとても多いです。
この映画は『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』のような音楽映画ではないのですが(主人公がミュージシャンじゃないので)、劇中に流れる音楽が実に素晴らしいです。
いろんな面から楽しめる、何度となく見返したくなる作品です。
プライドパレードに関わる方たちはぜひ観ていただきたいです。
きっと『パレードへようこそ』と並んで、忘れられない映画になるはずです。
ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男
原題:Rustin
2023年/米国/108分/監督:ジョージ・C・ウルフ/出演:コールマン・ドミンゴ、クリス・ロック、グリン・ターマン、アムル・アミーン、CCH・パウンダー、ジェフリー・ライト、ビル・アーウィンほか
Netflixで配信中
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