REVIEW
マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
アカデミー賞で5部門にノミネートされ、脚色賞を受賞した映画『アメリカン・フィクション』。アメリカという国の根深い人種差別ゆえの芸術表現の「今」をコメディタッチながらほろ苦く描いた名作です。主人公の弟がゲイで、結構重要な役柄で登場します
『アメリカン・フィクション』は、ドラマ『ウォッチメン』など人気ドラマの脚本家として活躍してきたコード・ジェファーソンが、パーシバル・エベレットの小説『イレイジャー』を原作として初メガホンをとった監督デビュー作。世間からどうしても黒人としての色眼鏡で見られてしまう小説家のモンクが半ばやけになってペンネームでいかにも黒人的でステレオタイプな小説を書き、まさかのベストセラー&文学賞候補に…という皮肉を通して出版業界や黒人作家の扱われ方を風刺したコメディドラマ映画です。アカデミー賞の前哨戦として重要視されるカナダのトロント国際映画祭で最高賞にあたる観客賞を受賞して注目を集め、アカデミー賞では作品賞ほか5部門にノミネートされ、脚色賞を受賞しました。ゲイ役を演じたスターリング・K・ブラウンは助演男優賞にノミネートされています。
<あらすじ>
黒人の書き手が侮辱的な表現に頼る“黒人のエンタメ”から利益を得ている世間の風潮にうんざりし、不満を覚えていた小説家・モンクは、半ばやけになり、いかにも“黒人的な”作品を書き殴るが、出版社に高値で売れただけでなく、あれよあれよとヒットし、ベストセラーになり、文学賞の候補にまでなってしまい…モンクは、自身が軽蔑している偽善の核心に迫ることになる。
ベタベタな展開の、とても笑えるコメディだと思って観はじめたのですが、どうしてどうして、マイノリティが現実社会を生き抜くために「魂を売る」ことの是非という一筋縄ではいかない問題が実にリアルにシビアに掘り下げられていましたし(どういう結果になったかは、ぜひ映画をご覧になって確かめてみてください)、人生、家族、愛の物語でもあり、とてもしみじみとした余韻の残る、味わい深い、上質な作品でした。トロント国際映画祭最高賞受賞やオスカー受賞も納得のクオリティです。
黒人という色眼鏡で見られることに辟易する(PRIDEを持った)小説家のモンクは、作品に「黒人らしさが足りない」と評されたり、自作が本屋で「黒人文学」の棚に並べられたりすることをいやがり、また、教えている大学で表層的なポリコレ白人生徒に(南部の黒人文学の授業なのに)Nワードを使ってるとクレームをつけられてうんざりしたり。そんななか、ずっと帰っていなかった故郷のマサチューセッツ州に帰郷し、ずっと母親のケアを押し付けていた姉のリサや家政婦のロレインにお礼をしたりするのですが、まさかの事態が次々に起こり、まとまったお金が必要に…しかし、何年も新作を発表していない、書いた作品も売れるかどうかわからない現状で、そしてシンタラという新人作家が意識の高い白人層に受けそうな「いかにも」な黒人女性文学をベストセラーにしている様子を見るにつけ、モンクは半ばやけくそでザ・ステレオタイプな黒人の男たちの小説を書き殴り、出版社に物申そうとしたのですが、逆に白人の編集者たちにひどく気に入られ、あれよあれよという間に大ヒットしてしまう…という皮肉を描いています。
その間に、家族の複雑な事情が描かれ、モンクにも出会いがあり、家族のなかでも出会いや別れがあり、そして、弟のクリフが登場します。
この映画のクィアなところを一手に引き受け、代表しているのがクリフです。クリフは『グリーンブック』のような芸術家として生きるゲイや、『ムーンライト』のシャロンともまた違う、割と身近にいそうなタイプのゲイです。友達とパーティしたり、クスリをやったり、プールで泳いだり、一見、享楽的に見えますが、子ども時代、この家でどれほどつらい思いをしてきたかということが容易に想像できますし、今なお母親の言葉に傷つき、打ちひしがれたりもしていて、身につまされます。苦労人でありながら、みんなに優しく感じよく接する気のいいあんちゃん的なキャラクターです(ちゃんと筋トレしてる様子がうかがえるマッチョなボディもリアリティを感じさせます)。とある結婚式で花嫁が投げたブーケをクリフが受け取ったのですが、その時の表情からいろんな思いが伝わってきて、とても印象的でした。
大昔は黒人が映画に登場する際、決して主役ではなくメイドや執事として登場したり、おどけたキャラクターだったり。“バック”と呼ばれる腕力と性的魅力を備え白人社会の脅威となる男というステレオタイプもありました。70年代にはブラックスプロイテーションと呼ばれる作品群が生まれますが、ハリウッドのメジャー作品で黒人が監督として起用されることはありませんでした。その歴史を変えたのがスパイク・リーの『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989年)で、パブリック・エネミーの「ファイト・ザ・パワー」が鳴り響くパワフルな作品は世界にセンセーションを巻き起こしました。そこからアフロアメリカンコミュニティが自分たちの手で自分たちを描く流れが生まれ、BLMの運動とも合流し、今に至っているわけですが、それでもなお、『アメリカン・フィクション』で描かれているような白人社会に迎合するステレオタイプな作品の問題は今なお続いている、現実は厳しく、一筋縄ではいかない――といった話は、LGBTQに関してはもっともっと深刻で、現在進行中の問題です(なにしろ当事者が当事者の役を演じるという当たり前のことすらままなりませんし、メジャーで活躍する当事者の作家や監督、俳優なども圧倒的に少ないという現実があります)。映画やドラマ、演劇、文学などにおけるLGBTQの表象、描かれ方も、どんどんいい方向に変わってきているとは思いますが、今後、当事者の作家や監督がもっとたくさん活躍するようになってほしいですし、そういう時代になったとき、『アメリカン・フィクション』と同じような話も出てくるのではないかと思いますし、そういう意味で、この作品はプロの作家や監督を目指すLGBTQの方たちにとって参考になるような作品でもあるのかな、と思いました。
主役のモンクを演じているのは、『エンジェルス・イン・アメリカ』で重要な役割を果たすゲイの看護師ベリーズを演じ、トニー賞を受賞したジェフリー・ライトです。今作では、ちょっとお腹がたるんだいかにもなノンケのおじさんで、堅物で理屈っぽくてシニカルな、いろんなことがうまくいかない小説家という役どころです。
音楽を担当しているのが、同性のパートナーと結婚しているローラ・カープマンという作曲家で、映画、テレビ、ビデオゲーム、劇場、コンサートホールの音楽などを手がけ、エミー賞なども受賞してますし、今回はアカデミー作曲賞にノミネートされています。
アメリカン・フィクション
原題:American Fiction
2023年/米国/118分/監督:コード・ジェファーソン/出演:ジェフリー・ライト、トレイシー・エリス・ロス、エリカ・アレクサンダー、イッサ・レイ、スターリング・K・ブラウンほか
amazon Prime videoにて配信中
(c)2023-MRC-II-Distribution-Company-L.P.-All-Rights-Reserved.
INDEX
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