REVIEW
トランス男性を主演に迎え、当事者の日常や親子関係をリアルに描いた画期的な映画『息子と呼ぶ日まで』
『手のひらのパズル』の黒川鮎美監督が、トランス男性を主人公とした短編映画を撮りました。主人公を演じるのはパンテーンの広告で話題を呼んだ合田貴将さんです。映画のレビューと、監督&合田さんのトークもお伝えします
2022年のレインボーマリッジフィルムフェスティバルで『手のひらのパズル』をご覧になった方もいらっしゃるかと思います。主人公の女性は、異性との結婚を周囲から期待されていながら、途中から同性への思い(自身の性的指向)に気づきます。自分は異性愛者だと思い込んでいる方もハッとさせられ、否応なしに同性婚への関心を持つことになるような作品でした。この『手のひらのパズル』を手がけた黒川鮎美さんが、トランス男性を主人公とする短編映画を製作しました。
主人公の翔太役を、パンテーンの広告で反響を呼んだ合田貴将さんが演じています(トランスジェンダーを対象にした一般オーディションで選ばれました)。『片袖の魚』はトランス女性の役をトランス女性が演じた記念碑的な作品でしたが、これはそれに続く作品ということになります。ベテラン俳優の升毅さんが翔太の父を演じているのも素敵です。
<あらすじ>
不動産屋で働くトランスジェンダー男性の翔太は、カミングアウトをきっかけに故郷の父と疎遠になっていた。翔太は、社会で生きていくなかで感じる偏見と違和感に悩み、家族との関係に葛藤を抱えながらも、パートナーの絵美とともに自分らしい生き方を見いだしていく。
冒頭、よくある田舎の民家の縁側が映し出され、“娘”としてこの世に生を受けた主人公とその両親が登場します。しかしそれは、向田邦子の『阿修羅のごとく』のように、一見幸せで円満な家族を象徴しているように見えながら本当は不穏で地獄が潜んでいる、そんな縁側でした。
トランス男性である主人公は、会社でバリバリ働き、家には素敵な女性のパートナーがいて、幸せそうですが、職場では「先輩は女の気持ちもわかるからいいっすよね」と後輩の男性社員に言われ、病院に行けば(まだ女性名のままである)フルネームを呼ばれてしまい…といった有象無象の心ない発言やマイクロアグレッションに直面する日々です。トランス男性が経験しがちな「あるある」がふんだんに盛り込まれている作品であり、当事者が関わっていなければ撮りえない作品です。
そして、いかにも「田舎の親父」的なキャラクターで、初めは拒絶していたのに、次第に変わっていく、この映画のキー(泣かせどころ)となる役柄を、升毅さんが見事に演じています。言葉少ないながらも、優しさがにじみ出るようなたたずまいが本当に良いです。
トランスジェンダーだからゲイにはあまり関係ないと思われるかもしれません。が、愛する人に面会することができない悲しみは、ゲイも(戸籍上パートナーと同性である)トランスジェンダーも変わりありません。
この映画はシスジェンダーである同性愛者(やバイセクシュアル)の人たちにも共感を呼ぶはずです。もちろん、ストレートの方にも、多くの気づきを与え、目からウロコだったり、見方や考え方を変えるきっかけとなるような作品です。
池袋シネマ・ロサにて11月1日(金)〜11月14日(木)に開催される「Diversity CINEMA WEEK」で上映されます。その後もきっと、各地で上映されていくことでしょう。ぜひご覧ください。
息子と呼ぶ日まで
2024年製作/日本/25分/G/監督:黒川鮎美/出演:合田貴将、正木佐和、鮎川桃果、秋吉織栄、黒川鮎美、升毅ほか
11月1日(金)〜11月14日(木)19:00、池袋シネマ・ロサにて上映。11月1日・3日・8日・9日・11日・14日はトークショー付き(登壇者は追って発表)
<アフタートーク>
9月の試写会で、合田さんと黒川監督が登壇するアフタートークが行なわれました。その模様をダイジェストでお伝えします。
――なぜトランスジェンダーの映画を?
黒川:前作では自分のセクシュアリティの移り変わりを描きました。100名近い当事者の方にヒアリングを行ない、性的指向と性自認が大きく違うことを知り、当事者の方たちの苦しさにも触れることができました。その後、トランスジェンダー関連のニュースで、“男性”が女風呂に入って来るんじゃないかとか、女性が危険だとか、歪められた情報が伝わってきて。周りの友人は身体にコンプレックスを持っていて、トイレさえも躊躇している人たちが圧倒的に多いのに。そんな歪んだニュースを真実にせず、当事者の気持ちを理解してほしいと思いました。
――日本で初めて一般のトランスジェンダーの当事者を起用した作品だそうですね。
黒川:『片袖の魚』はモデルで俳優のイシヅカユウさんが主演していましたが、今回は、一般公募でなおかつ俳優でなくても誰でも応募できるようにしました。結果、15名のトランス男性から応募が来ました。当事者の方たちにヒアリングしていろいろ話を聞いていたにもかかわらず、僕だったらこう思うと話してくださり、プロの俳優も当事者には敵わないと感じました。当事者でやってよかったと思いました。オーディションのとき、合田さんが「トランスを題材にしてくださって、ありがとう。自分が受からないにしても、うれしいです」と言ってくださって、「二度と会えないかもしれないから、感謝の気持ちを伝えたくて」と言ってくださって。合田さんも泣いてて、その場でハグして…。
合田:トランスの映画は本当に少ないので、当事者としてうれしかったです。そう感じたのは僕だけじゃないはず。秋吉さんと黒川さんのお二人にお礼を申し上げたくて。
――合田さんはなぜオーディションを受けようと思ったんですか?
合田:SNSで募集要項を見て、アラサーのトランスジェンダーで不動産屋で働いているという設定が全く自分と同じだったんです。演技に対しては不安しかありませんでしたが、配役がピッタリすぎだと思いました。出合えてよかったです。
――当事者としての苦労についてお聞かせください。
合田:今はそんなに辛いことはないですが、自分自身を受け容れることができていない10代の頃は辛かったです。身体が女性である自分から離れられない。10代中盤からは引き裂かれていました。どうして自分は女性の身体で生まれてきてしまったんだろう…と。精神的な障害だと言われるけど、僕は身体が障害だと思っていて。20歳になるまで誰にも言えなかったんです。小学校のときから好きな女の子がいて、それは普通じゃないと感じた。インターネットもない時代でしたし。
――社会に出てからは?
合田:かなり就職で苦労しました。結局、就職活動せずに大学を卒業し、職もなく、取り残された気持ちになりました。周りが生き生きしているなか、自分も働きたいと思い、女性として就職活動することにして、金融機関に内定をもらい、怖かったですが、入社してから男性として働きたいと話しました。弊社はトランスジェンダーがいないので、話を聞きたいと言ってもらえて、男性として働くことができましたし、社内で研修もやってくれて。その後、転職し、不動産屋の面接を受けて、カミングアウトしたところ、合田さんは素晴らしいと言ってくれて。普通に働けます、むしろ強みにしましょうとまで言ってくれて。企業がこんなに変わったんだと感慨を覚え、伝えていきたいと思いました。
――この映画をどんな方に観てほしいですか?
黒川:主人公の周りの人の心境の変化をぜひ観てほしいですね。「今の時代にトランスの映画って挑戦だよね」「好き嫌い分かれるよ」と言われたりしましたけど、私はトランスの日常を伝えたかった。特別じゃない。これが日常だって。LGBTQだけじゃなく、誰もが何かのマイノリティなんだと思いますし、小さな作品ではありますが、世の中が変わるよう願っています。
INDEX
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