REVIEW
かつてこんなにゲイゲイしいバレエがあったでしょうか…ベルリン国立バレエ『ヌレエフ』レビュー
世界のバレエ史を塗り替えた世紀の舞踊家であり、不世出の天才ゲイダンサーと言われるルドルフ・ヌレエフの半生を描いたバレエ作品『ヌレエフ』。本国ロシアでは上演禁止となっていましたが、今年3月、ベルリン国立バレエが再演し、たいへんな評判を呼び、NHK BSのプレミアムシアターで放送されました。レビューをお送りします

ルドルフ・ヌレエフとは
世界のバレエ史を塗り替えたと言われる世紀の舞踊家。不世出の天才ゲイダンサー。
1938年生まれ。バシキール共和国ウファに暮らしていた子どもの頃、元ディアギレフ・バレエ団のアンナ・ウデルソヴァにバレエの手ほどきを受け、才能を見出されました。ロシアの名門校、ワガノワ・キーロフバレエ学院に進み、プーシキンに師事した後、ソリストとしてキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)に入団、ニジンスキーの再来とまで言われるように。1961年に、海外公演の途中に亡命。1963年ごろから英国ロイヤル・バレエのゲストとして20近く年上のマーゴ・フォンテインとペアを組み、後に伝説のパートナー・シップとまで言われるように。80年代にはパリ・オペラ座バレエ芸術監督に就任、シルヴィ・ギエム、シャルル・ジュド、ローラン・イレール、マニュエル・ルグリなどを見出した。また、レパートリーを一新して、ウィリアム・フォーサイスなど現代作品を積極的に採用、現在のオペラ座の隆盛の礎を築きました。(なお、こちらの記事にもあるように、日本の国際的バレリーナの草分けである森下洋子さんは77年、エリザベス女王即位25周年記念公演でヌレエフの相手役に抜擢され、83年には「白鳥の湖」「ジゼル」で共演し、ヌレエフとのカップリングで世界的な評価を獲得しています。200回近く一緒に舞台に立ち、身体の使い方や美しいステップなど多くの手ほどきを受けたといいます。パリ・オペラ座で行なわれた葬儀にも参列した森下さんは、「ヌレエフからもらったたくさんの愛情と教えを大切にして、今も舞台に立っています」と語っています)
ヌレエフは1993年、エイズによる合併症で亡くなりました。80年代から90年代にかけて本当に多くのゲイのアーティストの命がエイズ(の対策を怠っていた政府)によって失われましたが、ヌレエフもその一人だったのです。
ベルリン国立バレエ『ヌレエフ』レビュー
こちらの記事でもお伝えしていたように、『ヌレエフ』はもともと、舞台演出家/映画監督でもあるキリル・セレブレンニコフがボリショイ劇場のために制作した作品でした。劇場側から提案された当初はヌレエフについて、亡命したダンサーで反ソ連的な人物だったという以上のことは知らず、その後多くの文献や資料を読み、パリで一緒に仕事をした人々と話をしていくうちに、複雑なヌレエフの人生を垣間見たそうです。こうして完成した『ヌレエフ』は2017年、ボリショイ劇場でゲネプロ(総稽古)にかけられましたが、公演が中止されるらしいというニュースが飛び込んできて、劇場の総監督は少し手直しをして後日上演すると発表しました。
公式サイトのインタビューでセレブレニコフは、「当時ロシアでは、攻撃的で保守的な勢力と、よりリベラルな人々との間で権力闘争が繰り広げられていて、『ヌレエフ』は、その争点となってしまいました。この作品は、クィアで反ソ連的、親ヨーロッパ的な移民を描く、象徴的な意味合いを持つものでしたから」と語っています。
その後、『ヌレエフ』は、少しだけリベラル勢力が優勢となったタイミングで無事に初演を迎え(しかし、セレブレニコフは横領容疑をかけられて自宅で軟禁され、観ることができなかったそうです)、観客からは熱狂的な喝采で迎えられたものの、ロシアの急激な政策転換の影響を受け、「LGBTQプロパガンダ」「伝統的価値観への冒涜」として2023年に上演を禁じられてしまいました。(フィガロジャポン「差別、亡命、政治的抑圧......不世出の天才が蘇る、バレエ『ヌレエフ』がベルリンで開幕。」より)
熱狂的な喝采で迎えられながら本国の政治状況によってお蔵入りとなってしまっていた『ヌレエフ』を、ベルリン国立バレエ団が救い上げ、今年3月に上演しました。ロシア国外での上演は初でした。主演はブラジル出身のダヴィッド・ソアレス。チケットは発売と同時に完売し、4月末までの全公演がソールドアウト。その反響を受け、2027年には追加公演も行なわれます(すでにチケットが発売されています)。そしてこのベルリン国立バレエ団による公演が、世界の名作オペラやクラシックコンサートの模様をお茶の間に届けるNHK BSのプレミアムシアターによって7月26日に放送されました。
<あらすじ>
1995年、クリスティーズのオークション会場。ヌレエフの遺品が競売にかけられるところから、彼の人生がひもとかれていく。1950年代の白いソ連製のレオタード、リチャード・アヴェドンが1961年に撮影したヌード写真、マリア・カラス愛用のソファ、豪華絢爛な刺繍を施したシルクやベルベットの衣装、そして1989年に購入したル・コルビュジェ・ヴィラのあるイタリアの小島……彼の人生を描く中で『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『ドン・キホーテ』などさまざまな作品が織り込まれる。




いやあ、素晴らしかった。観れてよかったです。バレエの古風なイメージを脱却した現代的な意匠が随所に盛り込まれていて面白かったですし、音楽も衣装もとてもよかったし、ダンサーたちの、鍛え上げられた肉体と技術を惜しみなく披露するような見せ場も用意されていて、何よりもゲイテイストで(やたらと男性ダンサーの裸のシーンが多くて)本当によかったです。
サザビーズかクリスティーズかみたいなオークションハウスで伝説のルドルフ・ヌレエフの遺品や、ヌレエフが着た衣装がオークションにかけられていき、その品から当時の様子がよみがえる、という演出。初めてヌレエフがキーロフ・バレエに来た時の、長身で、手足が本当に長く、誰よりも美しく、突出したオーラを放つ様が、同時に、他の団員と違ってプリマや女性ダンサーといちゃついたりしない(ゲイである)ことも最初に描かれ、ヌレエフというダンサーの本質が最初に提示されました。それから、伝説のフォトグラファー、リチャード・アヴェドンがヌレエフを撮影したシーンや(ヌード写真が有名になりました)、パリ公演の際、夜中に抜け出してゲイバー?ショーパブ?に足を運んだ際のシーン(ドラァグクイーンというより女装した男性たちが多数、登場)、フランスへの亡命、パリでの活躍(『白鳥の湖』、『眠れる森の美女』、『ドン・キホーテ』などが再現されます)、ヌレエフを慕っていた生徒や、恋人、マーゴ・フォンテインによる回想シーン(素晴らしく美しい、神聖さやバレエに対する敬意を感じさせるソロ、そして永遠の別れ…(HIVのことは直接表現せず、ただ世紀の天才ダンサーの死を悼むような、静謐で美しいシーンでした)
ヌレエフが自宅に所有していた男性の裸の絵が何枚もオークションにかけられるシーンで(ちゃんとそのフルヌードの絵を客席に見せてました)、その絵を再現するかのように男性ダンサーたちが服を脱いでポーズをとっていくのがとてもセクシーでした。細身の方だけでなく肉厚な方もいたのがよかったです。(カンパニーがベルリン国立バレエなので、ベルリン周辺のゲイの方たちも登場していたのでは?と思ったり)
いわゆるバレエダンサーだけでなく、舞台を進行していくナレーションの方や(髭のがっちりした男性)、オペラ歌手(なかにはカストラートのように高音で歌う髭の男性も)、ご高齢な(かつて現役だったと思われる)ダンサーなど、多様な方たちが参加していたのもよかったです。バレエとしては珍しく(マシュー・ボーンの『白鳥の湖』などの例外はありますが)、全体的に男性ダンサーのほうがメインを張ってる感がありました。
ロシアでは残念ながら上演禁止とされましたが、そもそもこんなにもゲイゲイしくて裸がたくさん出てくる作品がロシアで作られたということ自体が驚きですし(日本ではこういう作品ってまだないですよね)、上演が実現したことが奇跡だと思います。同時に、ルドルフ・ヌレエフという世界的なロシア人ダンサーに対するリスペクトや誇り、チャイコフスキーやストラヴィンスキー、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ、ショスタコーヴィッチ、プロコフィエフらの偉大な作曲家を多数輩出してきたロシア音楽界や、ロシアバレエ界の輝かしい伝統をしっかり感じさせる作品でもあって、多方面への目配せやバランスを感じさせながら幾重にも「愛」や「敬意」に貫かれた、実によく考え抜かれた作品だったとも言えます。
こんな素晴らしい作品を再演し、世に知らしめてくれた(こうして日本にいる私たちも観れるようになった)ベルリン国立バレエに感謝!ですし、放送してくれたNHKにも感謝です。再放送はないようですが、NHKオンデマンドで今月末まで視聴できるようなので、気になる方はぜひ、ご覧ください。
ベルリン国立バレエ『ヌレエフ』
振付:ユーリ・ポソコフ
演出・台本・舞台美術:キリル・セレブレンニコフ
音楽:イリヤ・デムツキー
管弦楽:ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
指揮:ドミニク・リンブルク
出演:ダヴィッド・ソアレス、アンソニー・テッテ、ポリーナ・セミオノワ、マリーナ・ドゥアルテ、マーティン・テン・コルテナール、ヤーナ・サレンコほかベルリン国立バレエ団
NHKオンデマンドでご視聴いただけます
INDEX
- おじさん好きなゲイにはとても気になるであろう映画『ベ・ラ・ミ 気になるあなた』
- 韓国から届いた、ひたひたと感動が押し寄せる名作ゲイ映画『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』
- 心ふるえる凄まじい傑作! 史実に基づいたクィア映画『ブルーボーイ事件』
- 当事者の真実の物語とアライによる丁寧な解説が心に沁み込むような本:「トランスジェンダー、クィア、アライ、仲間たちの声」
- ぜひ観てください:『ザ・ノンフィクション』30周年特別企画『キャンディさんの人生』最期の日々
- こういう人がいたということをみんなに話したくなる映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』
- アート展レポート:NUDE 礼賛ーおとこのからだ IN Praise of Nudity - Male Bodies Ⅱ
- 『FEEL YOUNG』で新連載がスタートしたクィアの学生を主人公とした作品『道端葉のいる世界』がとてもよいです
- クィアでメランコリックなスリラー映画『テレビの中に入りたい』
- それはいつかの僕らだったかもしれない――全力で応援し、抱きしめたくなる短編映画『サラバ、さらんへ、サラバ』
- 愛と知恵と勇気があればドラゴンとも共生できる――ゲイが作った名作映画『ヒックとドラゴン』
- アート展レポート:TORAJIRO 個展「NO DEAD END」
- ジャン=ポール・ゴルチエの自伝的ミュージカル『ファッションフリークショー』プレミア公演レポート
- 転落死から10年、あの痛ましい事件を風化させず、悲劇を繰り返さないために――との願いで編まれた本『一橋大学アウティング事件がつむいだ変化と希望 一〇年の軌跡」
- とんでもなくクィアで痛快でマッチョでハードなロマンス・スリラー映画『愛はステロイド』
- 日本で子育てをしていたり、子どもを授かりたいと望む4組の同性カップルのリアリティを映し出した感動のドキュメンタリー映画『ふたりのまま』
- 手に汗握る迫真のドキュメンタリー『ジャシー・スモレットの不可解な真実』
- 休日課長さんがゲイ役をつとめたドラマ『FOGDOG』第4話「泣きっ面に熊」
- 長年のパートナーががんを患っていることがわかり…涙なしに観ることができない、実話に基づくゲイのラブコメ映画『スポイラー・アラート 君と過ごした13年と最後の11か月』
- 驚愕のクオリティ、全編泣ける究極のゲイドラマ『Ours』
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