REVIEW
マーティン・シャーマンが『BENT』より前に書いたラブリーなゲイカップルの演劇作品『パッシング・バイ』
映画や舞台で『BENT』をご覧になった方、いらっしゃるかと思いますが、その『BENT』より前にマーティン・シャーマンが書いたゲイカップルの物語で、とある事情から長年封印されていた『パッシング・バイ』という作品が新国立劇場で上演されました。とてもラブリーで胸キュンなお芝居でした

(撮影:阿部章仁 提供:新国立劇場)
新国立劇場の演劇『20の物語 -週末を、劇場で- 』という古今東西の演劇作品を短編・中編を中心に集めた20の多彩な物語を上演するアンソロジー企画の一環で、マーティン・シャーマンが『BENT』より前、1972年に書いた『パッシング・バイ(通りすがり)』という中編作品が上演されました。GAY解放運動が始まったばかりでアメリカ社会がまだまだ寛容ではなかった時代、NYで二人のゲイが偶然出会い、短くて濃密な時間を過ごし、人生の一瞬が鮮やかに輝き、やがて爽やかに過ぎ去るというシンプルなラブコメです。不幸なことに、たまたま主人公が肝炎にかかってしまうというお話だったことから、80年代のエイズ危機に際し、マーティン・シャーマンは、ゲイへの偏見を助長してしまうかもしれないというおそれから、この作品を封印してしまい、2010年代まで再び世に出ることはありませんでした。そんな隠れた名作『パッシング・バイ』が(リーディング公演ではありますが)『プライド』をはじめ数々のゲイ演劇の名作を手がけてきた広田敦郎さんの翻訳によって新国立劇場で上演されたのでした。
<あらすじ>
1972年のニューヨーク。映画館で偶然出会った画家のトビーと元飛込選手のサイモンは、短い時間を共に過ごすうちに心を通わせる。仕事や恋に傷つき、そろって肝炎にかかり寝込んだ二人は、互いの看病の日々を通して、図らずも濃密な時間を共有することになる。ぶつかり合い、語り合う中で深まっていく絆。しかし、快方に向かうとともに、将来への価値観の違いが明らかになり…
真夏の暑い日でしたが、8月2日の日曜日に(Miss International Queen Japan 第一部の後に)新国立劇場で観劇しました。ゲイの友人・知人にも会えました。とても素敵な時間でした。
『BENT』のマーティン・シャーマンが、こんなにほのぼのとしたラブリーな作品を書いてたなんて!という新鮮な驚き。二人の幸せを祈らずにはいられないような胸キュンなラブコメで、宝箱にしまっておきたい、ひとかけらの夏の思い出のような作品でした。
時代は1972年のニューヨーク。ストーンウォールから3年が経ち、世の中の空気は少し変わったかもしれないけれども、まだまだゲイが大手を振って出会ったり公共の場所でイチャイチャしたりは難しかった頃です。二人はクラシックな映画を上映するような映画館で、とある(そんな映画を観るのはゲイだけというような)フランスの映画を観ているときに偶然、知り合いました。画家のトビーは少しぽっちゃりしてて、ふだんはワインを売るお店でバイトをしています。元飛び込み選手のサイモンはめっちゃマッチョでイケメンですが、NYに知り合いがいなくて、仕事を見つけたいといろいろ動いている最中。よくしゃべる(割と典型的なゲイの)トビーと、ちょっと不器用なスポーツマンタイプで酔っ払うと厄介なサイモン。互いに惹かれあってはいるものの、小さな喧嘩をしたり、ハラハラさせる一幕も。しかし突然、トビーは肝炎にかかり、パリでの個展がオジャンに。やがてサイモンも肝炎で倒れ、二人はトビーの自宅で治療することに。四六時中一緒にいるなか、「怪我の功名」で二人の間にはお互いを思いやる心(それこそが愛と言えます)、確かなパートナーシップが芽生えます。しかし…というお話です。
おそらく、当時としてはゲイの恋愛を屈託なく描くこと自体がスゴいことで(『真夜中のパーティ』なんて屈託だらけでしたからね)、意義深い作品だと思います。
考えてみれば、『BENT』でも、ゲイを捕まえて収容所に送り虐殺するというナチスの非道を告発するというテーマはありつつも、そんな極限状況の下でも言葉でお互いを愛撫し、愛を交わすというこの上なく崇高なシーンを描くことによって、ゲイの恋愛を美しく、胸を打つものとして礼賛したところが涙を誘い、共感を呼んだんですよね。そういう意味では、『パッシング・バイ』も『BENT』も、同じスピリットに貫かれていると思います。
特筆すべきは、肝炎というモチーフが描かれたことです。これまで何百ものゲイの映画やドラマや演劇を観てきましたが、肝炎が出てきたのは初めてです。当時から肝炎がゲイの間で流行していたことがわかって興味深かったです(私自身、B型肝炎で入院したことがあるので、目が黄色くなって、おしっこがオレンジ色で、といった描写がリアルに感じられました)。だいたいは1ヵ月くらい安静にしていれば寛解するので、それほど深刻に悲壮感をもって描かれていたわけではなく、むしろ、二人とも寝込んでしまったがゆえに、じっくりとお互いに向き合い、絆が強くなったというポジティブな描かれ方でした。(しかし、実は今、何度目かのA型肝炎の流行が危惧されています。2026年は8月16日時点で感染報告数が221例に上っているそうです(詳細はこちら)。長期入院って生活への影響が多大ですし、稀に劇症化して亡くなる方もいらっしゃるので、気をつけましょうね…)
1時間ほどの二人芝居で、リーディング公演ということでしたが、演じていた役者さん(長井健一さん、森かなたさん)、お二人ともしっかりセリフが入っていて、ほぼ台本を見ずに演じていらっしゃいましたし、ゲイだからといって過剰にオネエになったりせず、かといって全くゲイに見えないほどガサツでもなく、ちょうどよく自然に演じられていてよかったです。ラブシーンとかはありませんでしたが、二人の親密さや好きという気持ちがちゃんと伝わってくる演技で、引き込まれました。この二人が本当のカップルだと言われても信じてしまうようなリアルさ。最後のカーテンコールでも二人が手をつないでくれてて、よかったです(夢の続きという感じで)
封印されていたがゆえに、『BENT』とは対照的に、ずっと日本での上演もされてこなかった作品ですが、今後、またぜひ、上演の機会がめぐってくることを期待します。
パッシング・バイ【上演記録】
作:マーティン・シャーマン
翻訳:広田敦郎
日時:2026年7月31日(金)18:30-、8月2日(日)15:15-
会場:新国立劇場
演出:山田由梨
出演:長井健一、森かなた
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